第33話 引きこもりが掴んだ世界がここにある。

「それでは、開けるね~」


 我が家に帰ってくると、優月が率先して玄関の戸を開けてくれた。なんだかずっと気を遣わせているようで、はやく完全に怪我を直さなければと思う。


 でも、今だけはまだ甘えよう。

 彼女の優しさを拒む理由もまた。どこにもないのだから。

 久しぶりの我が家へ。歩みを進める。


「あまっち~! 退院おめでと~う! めでてえ! めでてえ! そしてぇ~おかえり~!!」


「……へ?」


 玄関に足を踏みいれた瞬間、クラッカーが降りかかった。アイナの他、桜庭さんや佑璃先輩、村上君もいる。ちゃっかり優月もそっちに加わっていた。


「そしてそして~! ゆづっち、誕生日おめでとう~!」


「え? えぇ? わ、わたしも!? それは聞いてないよ!?」


「サプラ~イズ! そしてそしてそして~の~!?」


「ま、まだあるの……!?」


 俺と優月以外のみんなの声が重なる。



「「「「ようこそ夜桜学園へ!!」」」」



「少しどころじゃなく遅れまくりだが、あまっちとゆづっちの歓迎会じゃ~!」


 わーっとクラッカーや拍手が咲き誇る。アイナと村上君が率先して、みんなを盛り上げてくれている。


 まさかこんなサプライズが用意してあるなんて思っていなくて。俺は放心するしかなかった。優月もまた同じで、嬉しいやら驚くやらよく分からない表情を浮かべていた。


 一瞬、佑璃先輩と目が合う。彼女は得意そうに微笑んで、可愛らしくウィンクをした。


「は、はは……」


「なんか、すごいことになってるねぇ」


「……だね」


「でも、嬉しいね。翡翠くん」


 やっとのことで事態を飲み込むと、俺たちは気恥ずかしくも笑い合った。


「おい甘党おおおおおお!! おまえなぁ! おまえ、なんで……なんでさぁ! うわああああああああああああああああああああ……っ!?」


「な、なに!? どうしたの!? なんで泣いてるの!?」


 村上君が鼻水ダラダラで抱き着いてくる。


「村上はねえ、あまっちの危機に駆け付けられなかったことがショックだったらしいさねぇ。もううるさくって仕方ないから鼻水は甘んじて受け止めてやってくれい」


「ええ!?」


「オレがいればそんなヤンキー連中一瞬でのしてやったのによぉ……っ?!」


「い、いや三人いたしさすがにそれは無理なんじゃ……」


「そういう話じゃねえ! できるかできないかじゃねえんだ! 気持ちなんだよぉ! なんでオレはみんなが戦ってるときにパシリやってたんだぁぁぁ……! なにウキウキでイチゴ選んでたんだよぉオレぇ……」


 聞くところによると、村上君はアイナの命によって足りていなかった食材の買い出しに行っていたらしい。その間に、あの事件は起こったのだ。


「ていうかさ、なんでみんなオレに連絡してくれなかったん……!? 野中ぁ?」


「あ、あははーわたし村上くんの連絡先知らない……」


 気まずそうに優月は顔をそむける。


「ワタシも知るわけないわ」


「ごめんなさい、私も……」


「知ってたけど敢えて忘れた!」


 むふんと胸をはるアイナ。


「おいてめえ聖ヶ丘!? おめえが戦犯か!?」


「いや、実際村上いらんかったし? なんならあたしもいる必要皆無だったし? 気持ちは村上と一緒、だよ?」


「そこで聖女スマイルいらねえんだよバカ野郎! 駆けつけたやつと何も知らずにるんるん気分で買い物してたやつじゃ分かり合えねえんだよおおお……ぉぉぉ……!」


 村上君は涙と鼻水で俺のTシャツを濡らしていく。汚すのは本当に勘弁してほしいが、それは本心から悔やんでいるからこそに見えた。


 それからアイナは見かねたようになははと笑うと、スマホを弄り始める。そして辻の瞬間、全員のスマホが鳴った。


「ほれほれみんな参加して~。グループ作ったから。これで村上を慰めてやってくれ~」


 スマホを開くと、ひとつの招待メッセージが届いていた。迷わずそれに参加する。それにみんなの名前もすぐ連なっていった。


「お、おおおお……これがオレのハーレムグループ……っ!」


「キモチワルイ……」


「いやハーレムじゃないぞ? あとハーレム言うとゆいにゃがものすごい嫌悪感にじませるから気を付けぇ?」


 アイナに肩を叩かれて、村上君はまた涙を流した。


「てか、このグループの中心はあまっちっしょ~」


「え、俺?」


 突然白羽の矢が立って戸惑うが、みんなが肯定するように頷いた。それから村上君が何かを悟って項垂れる。


「まさかオレがヒロインのひとりだったとは……な。盲点だったぜ……」


「いやそれは絶対ないから」


 さすがにツッコミを入れた。


 リビングにやってくると、まず飾りつけに驚いた。優月のサプライズパーティー計画から考えていたことだが、想像よりもずっと丁寧に、綺麗に装飾がされていた。


 そしてテーブルにはたくさんの料理。半分は佑璃先輩が手配したもので、もう半分が優月と桜庭さんが作ったものらしい。アイナは作らなかったのかなと少し思ったが野暮なことは聞かないことにした。おそらくは飾りつけに注力してくれたのだろう。


「さて、であであ。まずは乾杯と参りやしょう。ドリンクはもちろ~ん、これだ~!」


 でんっとテーブル下に隠されていた大きな瓶をアイナが取り出す。


 それが何なのかは一目で分かった。


「梅酒!?」


「自家製だぞ?」


 どうだすごいだろうと胸を張るアイナ。


「いやいやいや!? お酒は二十歳になってから!」


「そうだよアイナちゃん! さすがにダメだよ!?」


 慌てて、優月と共に止めに入る。


「え~、美味しいのになぁ。甘くてぇトロトロでぇ飲むと頭がジーンとしてねぇ……」


「美味しいとかそんな問題じゃないから! てかそれもう明らかに飲んだことある人の感想なんだけど!?」


 俺思わずが叫ぶと、直後アイナがまたなははと笑った。その笑みは安心できるものだ。


「うそうそ~。飲んだことないでーす。はやく二十歳になって梅酒を飲むことがアイナの夢なのでした……飲めたらもう死んでもいい! ってことでこれはあまっちのご家族にどうぞ~。たぶん美味い! 飲んだことないけど!」


「ああ、そういう……」


「ってことであたしらは当然このシャンパンを――――」


「いやそれもお酒ぇ!?」


 金ピカの包装がされたシャンパンがまたしてもテーブル下から飛び出す。


 安心もつかの間慌てだすが、ふいに肩をちょんと叩かれた。振り向けばそこには桜庭さんの顔が。


「あんまりあの子の言うことを真に受けちゃダメよ。適当言って遊んでるだけなんだから」


「へ?」


「ノンアル」


「……ああ、そういう……」


 見れば、アイナは今度こそ本当にグラスへシャンパンをつぎ始めている。佑璃先輩もそれを快く受け取っていた。先輩の場合は大人びているためお酒を呑んでいても違和感がないのだが、会長である彼女が受け入れているのなら問題ないのだろう。


「あまっち。どうぞ~。ゆづっちも~」


 グラスを受け取る。


 気づけば飲み物を行き渡り、パーティー会場は完全に出来上がっていた。


 みんながグラスを構えている。夢のような光景だ。自分の家に、こんなふうに誰かが集まってくれるなんて。何かを祝ってくれるなんて。少し前まで想像もできなかった。


「それでは、乾杯の音頭を主役のお二人お願いしまーす。アイナの本日の業務は終了いたしました。あとは食って飲む。以上」


「え? え? わたしたち?」


「主役はあんたらしかいねーっつーの」


「私もふたりが良いと思うわ」


 アイナと村上君、それから佑璃先輩にまで促されて僕らは立ち上がる。


「ど、どどどどうしよぉ翡翠くん……わたし何も言うこと考えてないよぉ……」


「俺もだよ……でもさ、なんでもいいんじゃないかな」


 俺は一歩優月より前に出る。こんな時くらいは引っ張ってあげなくては。もう、優月に手を引いてもらうばかりではいられないのだ。


「えー、みなさん今日は俺たちのためにお集まりいただきありがとうございます」


「あ、ありがとうございましゅ!」


 俺に続いて優月がペコペコと頭を下げる。


 それから少しずつ少しずつ、この一ヶ月あまりの感謝を。受け取ったたくさんのものを伝えるように。今度は俺から、届けられるように。


 拙いながらも語り始めた。その時――――


「――――かんぱーい!」


「いえ~い! ひゃっほ~!」


「は?」


 アイナと村上君がフライングした。


「ちょ、ちょっとぉ!?」


「なんか長そうだったからキャンセール! もう待てねえ!」


「あーもう!? 優月!」


「う、うん!」


 優月とふたり、目を合わせる。それだけで伝わった。


 ふたりのグラスを高く掲げる。


「せーのっ」


「「かんぱーい!」」


 心行くままに、叫んだ。そこには輝かしいまでの、彩り溢れる光景が広がっていた。

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