第32話 生徒会長は頼もしく、可愛らしい。

「甘党君っ、背中拭きましょうか? それともリンゴ食べる? 切りますよ? あとあと……えーと、な、何でも言っていいのよっ?」


「そんな簡単に何でもとか言わない方がいいですよ、会長」


「そ、そうかしら? わかりました。気を付けます。でも甘党君になら本当に何でもしますよ?」


「いや、何にも分かってないじゃないですか……」


 夕方の病室。会長がお見舞いに来てくれている。

 ベッドで寝転がりながら、ひとつ軽いため息をついた。世話焼きすぎる会長にも少し心配になってくる。他の人にもこんなふうに、生徒会長としてかいがいしく回っているのだろうか。


(と言っても、あれだけ腕が立つなら問題ないのか……いやいや、会長だって女の子だぞ?)


 懸念を抱きつつも、何かしら頼まないと収まりがつかないためとりあえずはリンゴをお願いすることにした。病院のご飯はそれほど美味しくないというわけでもなかったが、男子高校生にはいかんせん量が少ない。小腹が減るのだ。


「リンゴねっ。すぐに切るから待って頂戴。ウサギさんがいいかしら――――って痛ぁっ!?」


「会長!?」


「だ、だだだ大丈夫よ……ちょ、ちょっと手が滑っただけ。安心して甘党君は待っていて……アッ」


 プシュッと細い指から鮮血が噴き出る。果物ナイフが見事に会長の指を切り裂いていた。


「ちょ、マジで何やってるんですか会長!?」


「ご、ごめんなさいリンゴ切るのなんて初めてで! 初めてでぇぇえ! 見栄張ってごめんなさいいいいい!?」


「そんなこといいですからはやく止血! 止血!」


「ああああ止まらないぃ! ぜんぜん血止まらないんだけどどうするのこれぇ!?」


 一通り騒いだ後、この場所が病院であることに気づく。ナースさんを呼ぶことによって事なきを得たのだった。



「会長、けっこう不器用なんですね……」


「ま、まぁ? それなりに? 私にだってできないことはあります」


 処置を終えた会長はすでに開き直ったらしく、大きな胸を張った。やっぱり意外と可愛らしい人だと思う。それでもあの時は正義のヒーロー、いや正義のヒロインかというくらいに頼もしく見えたのだから不思議なものだ。初めて逢ったときに言ってくれた言葉も、ずっと胸の内を満たしていた。それがきっと、諦めない理由でもあった。


「会長、今回は本当に――――」


「待った」


「え?」


「ずっと気になっていたんですけど。その会長って言うのやめませんか? なんだか、すごく他人行儀だわ」


「え、でも……」


 みんな会長と呼んでいる気が……。


「でもも何もありません」


「わ、わかりました。わかりましたよ……」


 勢いに押されて、俺は頷いた。しかしいきなり呼び方を変えろというのも難しい。


 でも、それでも、変わるのだ。きっと、色々なことを変えていくんだ。


「じゃあその……音羽先輩、ですか?」


「むぅ……」


 明らかに不機嫌になった。頬を膨らませている。


「えっと……佑璃、先輩……」


「よろしい。よく出来ました」


 嬉しそうにころっと表情を変えた会長――――佑璃先輩は満足そうに俺の頭を撫でた。優しく、強く、おせっかいで、しかしどこか危なっかしい生徒会長。この人が生徒会長の時に引きこもりをやめたのはとても運のいいことだったのかもしれない。


 結局、先日のお礼は言わせてもらえなかった。気になっていたこともあったのだが、やはり聞けなかった。


 ただ、この恩だけは間違いがないから。これから、何かの形で返せればと思う。俺なんかでも佑璃先輩に出来ることがあるのならば、だが。


 それから、サプライズパーティーについてもようやく話すことが出来た。やはりパーティーはまだできていないらしい。俺の退院を待たずにしちゃってくれと、伝えておいた。誕生日パーティーなんて、過ぎ去れば過ぎ去るほど意味を失っていくのだから。祝える期間は限られている。


「それじゃあ、また来るわ」


「はい。みんなにもよろしくお伝えください」


「それはキミが自分で言うことよ。みなさん来るだろうから」


 微笑んで、佑璃先輩は病室を去った。


 

 言われた通り、次の日にはさっそくアイナと桜庭さんが来た。村上君はナースさんに色目を向けるから出禁らしい。桜庭さんはむりやりアイナに連れてこられたふうを装っていたが、それなりに心配してくれているように感じた。


 アイナがいると途端ににぎやかになって、日常の眩しさを感じた。今はまだ、病室だけれど。彼女がきっと、もう僕の日常に欠かせない彩りになっていた。


 桜庭さんにはまたひとつ、謝ることがあった。アイナにバイト先がバレてしまっただろうから。しかし桜庭さんには逆に「私が勝手にしたことだから。謝らないで」と怒られた。彼女があの時、バイト中であるにも関わらず駆けつけてくれたことを僕はきっと忘れないのだろう。


 そして――――退院の日がやってきた。


「ようやく退院だねぇ。長かった長かった~」


「そんなに長くないよ。たった一週間だ」


 そうは言っても、優月は長かった長かったと繰り返していた。こういうのって、意外と本人よりも家族や友人の方がヤキモキするものらしい。でもそれは、それだけ本当に心配してくれていたということで。やっぱり感謝の気持ちは絶えない。

 ふいに、今も仕事をしているであろう父の顔が浮かぶ。今日くらいは来てくれると言っていたのだが、優月がいれば大丈夫だからとやんわり断ったのだ。


 幼馴染とふたりで、歩きたい気分だった。


 俺たちのデートはまだ、終わっていないのかもしれない。


「さ、行こっか。お家へ帰りましょう~」


「うん、帰ろう」


 まだ怪我が治ったわけではない。ゆっくりと、歩調を合わせてくれる優月と並んで、帰り道を歩いた。瞳に映る景色は今までと変わって見えた気がした。

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