第7話 生徒会長は空回り気味のおせっかいである。

「どうぞ」


「……し、失礼しまーす」


 声に促されて、生徒会室の扉をゆっくりと開く。


 校内放送に従って大人しくやって来たはいいが、内心は穏やかでなかった。それもそのはず。生徒会室に呼び出されるいわれなどない。

 職員室なら不登校だった生徒を呼び出すのもわかるような気がするが、生徒会が呼び出すような理由などあるだろうか。


「あら、早かったわね。ようこそ、生徒会室へ」


 生徒会室にいたのはひとりの女生徒だった。

 鎖骨ほどまで伸ばしたブラウンのセミロングは軽くウェーブしていて、あか抜けているように見える。おそらくは高等部の3年生なのだろう。

 くりんと大きな瞳や女性にしては高めの身長、スタイルの良さからは相当な美人であることも窺えた。


 ――違う世界の住人。


 引きこもりだった僕にとっては卑屈も何もなくとも、そんなふうに思えてしまった。


 その女生徒はにっこりと、人当たりのよさそうな笑みをうかべる。


「初めまして。夜桜ちゅうちょっ――――むぅ。相変わらず長いし言いにくいわね」


(噛んだ……そこまで言いにくくもないのに)


 女生徒は意に介した様子もなく自信満々な様子で続ける。


「夜桜学園高等部、生徒会長の音羽佑璃おとわゆうりです。あなたは甘党翡翠あまとうひすいくん、ですね?」


「は、はい……そうですけど……」


「そう。それならよかったわ」


 おずおずと肯定すると、生徒会長は再びにっこりと微笑む。その笑みは吸い込まれそうなほどに完璧で、淀みのないものだった。


「昼食はもちろんまだよね? 実はたくさん準備しておいたのよ?」


「え? いえ、あの……?」


 口を挟もうとするが、会長はあらかじめ用意しておいたかのようにすらすらと続ける。


「甘党っていうくらいだから甘いものが好きだろうと思ってスイーツと、それから美味しい紅茶も――――」


「あの、生徒会長? ちょっといいですか?」


「どうしたのかしら? 今準備するから少し待ってもらえる?」


「いえそうではなくて。その……もうお昼は食べて来たんですが……」


「え゛? い、今、なんて言ったの?」


「だから、昼食はもう済ませました」


「そ、そんな……」


 ばっさりと告げると、会長はがっくりとうなだれて膝を折った。


「え!? ちょ、ちょっと!? そ、そんなに落ち込むようなことなんですか!?」


 初対面でいきなりご馳走になるわけにもいかないと思っただけなのだが、どうやら選択を間違えたらしい。しかしそもそも、この生徒会室に呼び出された理由が未だ不透明だ。少々の警戒心は忘れていなかった。


「だっで……だっでぇ……もう昼食は済ませたって……それは……それはつまり、ボッチ飯というのをしたということでしょう!?」


「え?」


「ああ!? もしかしたらトイレで……っ!? 世の中にはそんなふうにランチタイムを過ごしている高校生もたくさんいると聞くわ! でも……そんなの、そんなの悲しすぎるじゃない! せっかく勇気を出して甘党君は登校してくれたのに、そんなのぉ……グスッ……ヒグゥッ……」


「な、泣いた!? ええ!?」


 大粒の涙を流す会長。つい今朝がた、アイナのウソ泣きを見たから分かる。


(これは……ガチ泣きだ……)


「ぶえーーーーん!」


 泣き声をあげる会長に、そっと歩み寄る。そうしなければならないと思った。


「あの……会長?」


「ぐすっ……なあに? ヒグっ……」


「えっとですね……あの、大丈夫です。ボッチ飯はしてません。トイレにも籠ってません」


「ぶぇ? そ、そうなの? ほんとーに?」


「はい。どうやらクラスメイトに恵まれたらしいです」


「……そっか。そうなのね……さ、さすが我が校の生徒たちだわ……っ!」


「あ、そ、そうだ。ハンカチ、使いますか?」


 今更かとも思うが、そんな余裕もなかったのだ。慌ててポケットからハンカチを取り出す。それから、涙がしぼみ始めた会長にハンカチを渡そうと手を伸ばした。


「ど、どうぞ。よかったら」


 すると会長も手を伸ばし――――しかし、その手は僕の手元をすり抜ける。


「え……なにを……?」


「嬉しい。嬉しい。本当に、自分のことのように嬉しいわ」


 会長はギュッと、俺を抱きしめていた。


 それは本日3回目、3人目の抱擁。先の2人と異なるのは、胸元ではなく真正面からの抱擁であること。会長の顔が、すぐ横にあるのが分かる。


「……安心していいのよ」


「え? 何が、ですか?」


「甘党君が何を抱えているのか、私は知りません。でも、何かがあったのでしょう」


「それは……はい」


 何があったのか、その詳しい話は優月以外にしていない。


「何もかもを私なんかが理解できるとは思わない。話してほしいとも、言わないわ。でも、でも……キミはここにいる。こうして登校して来てくれた。そうなればこっちのものです」


 抱擁が、さらに強くなる。また、知らない香りがした。どこか落ち着く匂いだ。


「ここには、私がいるわ。私が生徒会長である限り、いえ、もしそうでなくとも。私の目の黒いうちは甘党君、キミをもう誰にも傷つけさせません。私が、キミを守ってみせます。だから安心してください」


「っ……」


 何も言うことが出来なかった。自然とチカラが抜けて、その抱擁を受け入れていた。


(ああ、なんだろう。これは……)


 ふいに頭に浮かんだのは必死に説得してくれた幼馴染の姿。ここへ連れ出してくれた女の子の姿だった。


 優しさに包まれているような、そんな気がした。



 数分後、生徒会室の椅子に座っていた。テーブルに向かいには会長がいる。泣きすぎた故にその目元は少し腫れていた。


 そして目の前には、用意してくれたというスイーツと紅茶。お腹は十分に満たされているが、せっかくだから少しだけ頂くことにしたのだ。


「ところで、結局何の用事だったんですか?」


「え? キミと一緒に昼食を食べようと思っただけよ?」


「……マジですか。そのためにわざわざ校内放送を? 生徒会室とかも私用で使っちゃまずいんじゃ……」


「大丈夫よ。私、信用されてますから」


 むふんと胸を張る会長。優月といい勝負のたわわな胸が揺れた。

 さっきは意識する余裕もなかったが、あの胸が押し付けられてたのだと思うと胸が熱くなるのを感じる。


 誤魔化すように、俺はスイーツを口に運んだ。


「こ、これ美味しいですね」


「そう? 良かった。やっぱり甘党なのね。私の目論見通りだわ」


「あ、いえ。甘党ではないです。むしろ普段はあまり食べませんね」


「え゛? あら、そう。そう……なのね……がっくし……」


 またしてもがっくりと項垂れた会長の調子を取り戻すために、僕は残りの昼休みを使ったのだった。


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