第6話 引きこもりは級友とランチを過ごす。

「あまっちー。お昼食べよ」


 昼休み前の授業が終わると、アイナがこちらを振り返ってそう言った。


「あ、学食? それともおべんと?」


「お弁当だけど……」


「じゃあ一緒できるね」


 アイナは無邪気に笑う。そんな彼女をつい唖然と見つめてしまった。


「どしたんあまっち。またアイナに甘えたいのかい?」


 アイナは聖女のような笑みを浮かべて両手を広げる。彼女の周囲は心なしかキラキラと輝いているように見えた。


「い、いやそうじゃないけど……、えっと……いいのかなって」


「ん~? なにが?」


「だから、お昼。僕なんかが一緒していいものかと」


 朝の様子からもわかるように、アイナには友人がたくさんいる。そんな中、ポッと出の不登校児が昼食を共にするなんて……。


「いんじゃん?」


「え?」


「だって、あたしたち、もう友達っしょ?」


 きょとんとした顔で、アイナは答える。


 それは本当に、アイナにとっては当然の受け答えだったのだろう。アイナの頭上には疑問符が浮かんでるようにさえ見えた。


「あ、あの~。イイ感じのところ申し訳ないんだけど~」


「あ、ゆづっち。ゆづっちも一緒に食べる?」


「うんうん! 食べる~!」


 お弁当を抱えて、控えめに話に入ってきた優月はアイナに誘われると嬉しそうに頷いた。


 3人となると机がひとつでは小さいので、アイナの机とその隣の机を借りて島を作ることにした。そうすると当然、4つの島の一角である桜庭さんの机が目に入る。彼女はひとりで小さなお弁当を口に運んでいた。


「あの、……桜庭さんも一緒にどうかな」


 朝のやり直しのつもりで、わずかな勇気を振り絞る。


「けっこうよ。ワタシはひとりで静かに食べたいから」


 ツンとしながらそっぽを向く桜庭さん。その視線は一瞬だけアイナを捉えていた。


「お? お~? あたし今、視線でおめえがうるせえんだよ黙ってろこのビチクソ女がって言われた? 言われちゃった? ゆいにゃ酷いんだ~、そんなこと言われたらアイナ泣いちゃうぞ~?」


「そ、そんなこと言ってないでしょう!? それと……」


 桜庭さんは今度こそアイナをはっきりと睨む。 


「そのゆいにゃっていうの、やめてっていつも言ってるでしょ」


「え~、なんで~? かわわだにゃ~、ゆいにゃ! ゆいにゃ~! にゃ! にゃ~?」


 にゃ~にゃ~、と楽しそうに繰り返しながら桜庭さんの席の周りを駆け回るアイナ。


 傍から見ればアイナの無邪気な様子はとても可愛らしいのだが、当事者からしたらそれなりにウザいかもしれない。


「だからっ、うるさいわよにゃんにゃんにゃんにゃん! ワタシは静かに食べたいの!」


「お~、マジ拒絶。マッジでうるさいらしい。ウケる~。でも?でもでも~? アイナ、知ってるぞ~?」


「な、なによ」


「ゆいにゃは基本恥ずかしがり屋さんなだけなのでこういうときはむりやりが一番なのだ~! やっておしまいなさい! ゆづっち! あまっち!」


「あいあいさ~!」


「お、おう……?」


 なぜかノリノリな優月に倣うように、協力して4つの机全てをくっ付けていく。


「なっ、ちょっと!? やめなさいあなたたち! 優月さんまで何やってるのよ!?」


「ごめんね~。今日の優月ちゃんはこういう気分なの~。悪いのは全部翡翠くん!」


「僕なの!?」


 あらぬ罪の擦り付けを食らった。


 その後も桜庭さんは抵抗の意思を見せたが、多勢に無勢。一瞬にして4つの机を合わせた島が出来上がった。


 とんでもない状況だ。男子1人に、女子3人というだけでもすごいのに、そのうちの男子1人は元引きこもりの不登校児。女3人はそれぞれが違うタイプの美少女――穏やかな優月に、派手なアイナ、クールな桜庭さん。


 緊張しすぎて、口に運ぶお弁当の味はほとんどわからなかった。お弁当は優月の手作りだというのに、本当に勿体ない。


「まったく……相変わらずおせっかいなおバカね……」


 桜庭さんはお弁当のおかずのひとつであるらしいたこさんウィンナーを摘まみながら呟く。


「ん? 今のもあたしのことかにゃ?」


「にゃってやめなさい。バカにしてるの?」


「そんなことにゃいって~」


「ほんとうに調子のいい子……」


 あきれ果てたように、桜庭さんはため息をつく。ここまでの会話だけでふたりの関係性はだいたい見えた気がした。

 喧嘩するほど仲が良い、のだろうか? 少なくともアイナはそう思っていそうだ。


 それから優月がふと呟く。


「あの~、気になってたんだけど。朝、アイナちゃんと翡翠くんが抱き合ってたって本当?」


「抱き合ってない!」


 アイナが何かを言うよりも早く、僕は叫んだ。 

 ホームルームが始まるギリギリまで教室にいなかった優月は今朝のことを知らないらしい。


 自分で話すのは非常に恥ずかしいのだが、アイナに説明してもらうのはその比ではない。桜庭さんは我関せずでお弁当を突き始めている。


 羞恥に悶えながらも、優月に今朝の出来事を話した。


「わ、わたしがいない間にそんなことが……ア、アイナちゃん!」


「は、はにゃ!?」


 優月はダンっと机を叩いて立ち上がる。さすがに驚いたのかアイナは素っ頓狂な声を上げた。


「翡翠くんをナデナデするのも抱きしめるのも幼馴染であるわたしの特権なんだよ!?」


「にゃ、にゃんと!?」


「ね、翡翠くん!」


「いやそんな特権ないから」


 冷静にツッコミを入れる。今朝もそういうことをするのはやめてと言ったばかりだ。


 それからしばらく、和気藹々(?)とランチタイムは進みほどなくして、校内放送が鳴り響いた。



『――――えー、こほん。2年A組、甘党翡翠くん。今すぐ生徒会室に来てください。繰り返します。2年A組、甘党翡翠くん……」



「……え? 僕?」 


 

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