とある僕の通学路

ぺる

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東京の夜は、夜といっても明るいのだがそれでも住宅街となれば、それなりに夜が顔を見せる。


タクシー運転手の僕は愛車のタクシーで、とある住宅街へと向かった。男女の乗客をのせて走り始めると、社内は重苦しい雰囲気へ包まれる。ミラー越しに見た二人はどちらもうなだれて、ひどく疲れた顔をしていた。


男性はスーツ、女性は可愛らしいワンピースを着ている。見るからにカップルであろう二人の間に言葉はない。


「お客さん、目的地までずいぶん距離がありますが、体調の方は問題ないですか?」


特に男性の方が顔色が悪い。最悪どこか病院に運ぼうか考えた時、男性はクビを横に振って否定した。


「大丈夫です。それより、なにか話をしてくれませんか?」


「話、ですか?」


「えぇ、すみません。今話せる気力もないのですが、何分沈黙が痛くて。」


男性は苦笑いを浮かべた。どうやら口下手のようだ。タクシー運転手足るもの雑談のひとつや二つ持ち合わせている。こうした無茶ぶりにも対応はできる。


さて、この男女に受けのよい話しなどあっただろうか?


少し間を置いてから、ぴったりの話を思い出し口を開いた。


「それなら僕が昔体験した、奇妙なお話をひとつ。」


「奇妙……ですか。」


「安心してください、怖い話ではないですから。」


女性もいる手前、夜に怖い話をするものではない。僕の言葉に男性は安堵のため息をこぼすと先を促し始めた。


「今からもうずいぶん前、僕がまだランドセルを背負っていた頃の話しなんですがね。僕の通学路には、決まって振り返ると、とあるタクシーが止まっていたんです」


ポツポツと雨が降り始めた道中で、僕は自分の昔話を語り始めたのだった。


当時の僕はあまり友達がいなくて一人で帰宅していた。回りにははしゃいでいる他学年の生徒がいるなか、よくうつむいて帰っていた。


大きな交差点の信号待ちをしているとき、僕は決まっていつも視線を感じる。


そして振り返ると、小さな脇道が見えてそこに一台のタクシーが止まっていた。誰もそのタクシーに気づかず、見えているのは僕だけ。


僕ははじめてそのタクシーを見つけたとき、直感で幽霊だと悟った。というのも、タクシーに誰かのっているのはわかるのに、運転手の顔が全く見えないのだ。


一度不思議に思い近づいたら、音もなく消えてしまって近づけなかった。けれど、必ず視線は感じる。奇妙なことだが、その視線に悪意はないため、不思議に思いながらも僕はそれを放置していた。


最初の頃はどこか気味が悪かったが、だからといって何かあるわけでもなければ、こちらから干渉することも出来ない。この奇妙な出来事は一年くらい続いたため、僕としても日常のヒトコマとなってしまった頃。


事件は起こる。


その日も相変わらずうつむいて信号待ちをしていた。一年間クラスに馴染めず友達もできなかった僕は一人だったが、その日はタクシーからの視線を感じず、振り返るもタクシーはいなかった。


いつもあるものがないと不安に感じるもので、いったい何かあったのか? と幽霊相手に心配をしながら、交差点を歩いていた。不安が足を重くしたのか普段よりもゆっくり交差点を歩いていたとき……


突然大きなクラクションが鳴り響き、僕の頭を揺らした。世界が終わってしまったかのような変化に尻餅をついてしまう。


何事かと気づくまもなく、僕の目の前ギリギリで大型トラックが止まった。どうやら、わき見運転をしていて交差点に侵入してしまったらしい。それに気づいたのは、運転手が降りて僕のところに来たころだった。


「坊主、大丈夫かっ!? 」


「え……あ、はい……。」


半ば放心状態だった僕は運転手に助け起こしてもらうと、運転手のおじさんは辺りをキョロキョロ見渡していた。


「坊主……タクシーをみなかったか?」


「タクシー?」


不思議に思い首をかしげると、これまた不思議そうにおじさんが僕に訪ねてきた。


「実はさっき、突然反対車線からタクシーが突っ込んできて危ないと思ってブレーキを掛けたんだよ。おじさんは君に気づいていなくて、そのタクシーが居なかったら危なかったよ……怖い思いをさせてすまない」


おじさんいわく、クラクションもブレーキも僕のためじゃなく、そのタクシーが原因だったらしい。僕は慌てていつも幽霊タクシーが止まっている場所をみると、走り去る一台のタクシーを見つけた。ナンバープレートの隠れた、半透明なタクシーを………。


それから数日たった頃。

僕は夢を見た。


真っ白な空間に僕一人だけが立っていて、歩き始めると例の幽霊タクシーが姿を表した。


僕は迷うことなく近づくと、今回は消えないで待っていてくれた。運転席のフロントガラスをノックすると、相変わらず、顔の見えない運転手さんが窓を開けてくれた。


「あのとき助けてくれたんだよね」


そういうと、運転手は小さく頷いた。


「ありがとう! ずっと心配して見に来てくれて。僕嬉しかったよ、一人だったから余計に。でも、心配ばっかりかけさせたダメだよね。」


運転手はなにも言わない。ただ、僕は一人で話し続ける。


「もうすぐ新学年に上がるんだ。そうしたら、今度は友達たくさんつくって、皆で帰るんだ。だからもう、心配しないで。……父さんが僕を守ってくれたように、今度は僕が立派になって母さんを守るから。」


運転手の顔を隠していた黒い影が、スッと消えて見覚えのある顔がそこに現れる。


僕の父さんだ。

ちょうど二年前に失くなった、僕の父親。


心配性だった父さんは僕のことをずっと見守っていてくれたんだ。だけど、ずっと心配をかけさせるのはよくないから、こうして大丈夫といいに来た。


父さんは嬉しそうに笑うと、窓を閉めてタクシーを走らせる。きっと天国にいったに違いない。


「優、何してるの?」


突然声かけられて我に返った。

もうそこは真っ白な空間ではなく現実で、目の前には父さんのお墓があった。


あぁ、そうだ。僕はお墓参りに来ていて、母さんが住職さんと話してる合いだに先に来ちゃったんだ。


父さんと話がしたくて。


「父さんにもう心配しないでっていってきた」


「あらあら、逞しくなったわねぇ」


母さんは僕の頭を撫でると二人で手を繋いでその場を後にした。


それからというもの、僕は通学路をうつむいてあるかなくなった。またうつむいていたら、きっと心配性の父がタクシーに乗ってやってきてしまう。新学年に上がってからは友達もできて、毎日楽しく登下校を繰り返した。


それでもたまに、ふと振り返ることがある。

じっと僕を見つめる人たちの目に。

こっちに来いと叫ぶ透明な人たちの声に。

怖いこともあったけど、その時はどこからともなくクラクションがなって、僕を勇気づけてくれた。


「だから僕はタクシー運転手になったんです。誰かをのせるだけの仕事ですが、寄り添えることもあるんですよ」


一頻り僕の昔話をしてから、ふとミラーで確認すると男性客はポロポロ泣き出していた。


「運転手さん……どうしてその話を……僕一人にしてくれたんですか……」


男性はハンカチで涙をぬぐうと、そのハンカチの中から小さな数珠が出てきた。格好からして、葬式の帰りだろう。


「さぁ、どうしてでしょう。あなたを勇気付けたい誰かの声が聞こえたのかもしれません」


僕はできるだけ静かに、男性をなだめるように話しかけました。男は一人号泣していたが、その声は雨にかき消され、僕の耳には聞こえない。


そこから僕とお客さん二人との会話はなく、ようやく目的地の駅へとだとりついた。男性は泣き止むと僕に二人分の運賃を渡してくれた。


「どうか受け取ってください。話を聞かせてくれたお礼です。」


雨の上がって濡れたアスファルトを踏みしめながら、晴れたような顔で笑った男性はタクシーを降りていった。


あとに残った女性客も、どこか安心したように静かに微笑むと、音もなく消えていった。


誰もいなくなったことを確認し、また夜の街を走り出す。それが僕の、タクシー運転手の仕事だ。


でも車を運転するときは気を付けて。

ふとしたときに、乗っていることがありますから。


振り向いたら、そこに、ね?

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