第十一話 決断

「集団自殺?」


「そう。この薬、三つあるだろ。君のと合わせて六つ。死にたい奴を集めて一人一つずつこれを飲めば、十分な集団自殺だ」


 伊達の表情はその快活さを崩さない。水彩で塗ったような白い歯をちらつかせ、例の封筒を宝物のように見つめている。

 青年は伊達への不気味さが身体中を巡ったが、それ以上に伊達の語る死に心惹かれた。


「な、なんでそんな死を望むんだ。その、さっきみたいな理屈じゃなくて」


 伊達は青年の反応に感触を得たのか、悠々とその半生を語った。


 伊達一郎という男の生涯は、青年とは全くの対照だった。

 無遠慮に人から蔑まれることはまずなく、むしろその顔立ち、家柄の良さから人によく懐かれ、疎まれていた。

 我が利故に自分を持ち上げる者、我が利故に自分を敵視する者が伊達の周りには溢れ、その反動か伊達には他者への優しさと見下しが内在していた。

 多くの人間は本質よりも表面、悠久よりも刹那を優先する。さながら欲の広い猿のように扱うべしというのが伊達が築き上げた倫理だった。


「———だけど、ふと思うんだ。じゃあ俺は大衆じゃないのかってね。表面よりも本質を、刹那よりも悠久を取れる人間なのか。そこを問いたかった。そんな最中見つけたのがこの薬。これを見た瞬間、自殺が浮かんだね」


 集団自殺の案は間もなく浮かび共犯者を探していると青年の噂を聞いたらしい。

 友人の自殺を公然と語る彼らも彼らだが、そんな薄い関係を築く君も君だと伊達は鼻で笑った。

 青年はもはや好奇心や苛立ちや奇妙さで訳の分からない気持ちに陥る。

 伊達の飛躍気味であまりにも主観的な理論、それを実行しようとする思考、何よりも軽々しすぎる「死」。その全てが青年の感情を雑に揺さぶった。


「い、いや、言いたいことは色々あるんだけども、君には生へのプライドとかは無いのか?その、ほら、生きてきたことの自負というか……」


 青年は先日向井が口にした言葉を今度は肯定の形で使った。声にした瞬間、舌の痺れを感じたが伊達のより深層を知りたかった。


 伊達は笑う。


「生へのプライド!生きてきたことの自負!アハハ!無いよ、そんなの。いいかい、俺は今まで人からみたら中々良い人生に違いないけど、だから何だっていうんだ。下らない。どう生きるかよりもどう死ぬかの方が遥かに大切で、本質的だ」


 青年は伊達をじっと見つめ、悩んだ。この男の案に乗るべきか否か。

 青年は目の前の男を全く理解できない。性格もおよそ好みでは無い。しかし、理解できないが故の、好みでないが故の惹きつけられるものを感じる。


———私はこの男が嫌いだ。風貌も仕草も思考も、性に合わない。しかし一方で果てしない魅力を感じる。こいつの言う頭ごなしで軽々しい「死」に何故かこうも惹かれる……

 もし、ここで私が案に乗らなければ私はいつ死ねるのだろう。ここで些細な理屈をこねて案に乗らないことが、私をより一層死から遠ざける気さえする———


 青年は決断した。この男の案に乗り、早くこの人生に幕を下ろそうと。

 青年にとっては人間の好き嫌いよりも死との距離の方がよっぽど貴重だった。

 どこか、自分を死へと近づける人間が欲しかったのかもしれない。

 

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