【Become a Hero】

七乃はふと

第1話

 俺の住んでいる世界では毎週のように怪獣と呼ばれる超巨大モンスターが現れては人工密度の高い場所で暴れ回っていた。

 俺が小学生の時、親父は怪獣に殺された。

 それからずっと母さんと二人で暮らしている。

 そんな俺のスマホにある通知が届いたのは、高校から帰宅している途中だった。

「母さん! これ見て!」

 ただいまも言わずに玄関を開けるなり、リビングでテレビを見ていた母さんにスマホを突きつける。

「ちょっと、土足で上がらない」

「そんな事より、これ、スマホの画面見てよ」

 エプロンを着けた母さんは渋々と言った様子でスマホに表示された文面を読む。

 目を細めて読んでいた母さんの瞳が大きく見開かれた。

「これって、まさか選ばれたの」

「そうだよ。俺が次の【ヒーロー】に選ばれたんだよ!」

 母さんが見ていたテレビからワイドショーの音声が聞こえてくる。

『先週、突如光の粒子となって消滅したヒーローの後任は果たして誰になるのでしょうか?』

 俺はテレビのキャスターに向かって、次のヒーローは俺だと叫びたい気分だった。


 正体不明の怪獣に対抗するための存在ヒーローを選出するのは、スマホにインストールされたアプリ【Become a Hero】の役目だ。

 スマホを買うと必ずインストールされていて、警察のサイバー犯罪対策室の調査でも誰が作り、どうやってスマホにインストールしているか掴めないらしい。

 そんな正体不明のアプリだが、選んだ人間に超人的な力を与えることだけは確かだった。

 これまでに世界中で何十人もの人間がヒーローになり、中にはアイドルのようにファンがつくほど人気の女性ヒーローもいる。

 日本は一人の中年男性が怪獣と戦って街を守ってくれていた。

 でも、一週間前四十八体目の怪獣を倒した直後に全身から光を放って消えてしまった。

 その白髪の男性は表舞台に出る事はほとんどなかったが、いつも猫背で疲れたような表情が印象的だった。

「ねえ本当にヒーローになるの。母さんあなたに何かあったら心配だわ」

 浮かれる俺とは対照的に母さんは暗い表情だ。

「大丈夫だよ。ヒーローになれば生身で宇宙にも行けるし、弾丸も弾くし、全長百メートルもある怪獣をパンチ一発でぶっ飛ばせるんだよ」

 俺の言う通り、怪獣との戦いで負けたヒーローの話は聞かない。

 ヒーローの交代もここ日本くらいではないだろうか。

 早速、ヒーローになる事を了承すると返信した。

「もっとよく考えた方がよかったんじゃないかしら」

「心配しすぎ。俺がヒーローになったらもう母さんが悲しむ事なんてなくなるからね」

 俺は怪獣を憎んでいる。怪獣のせいで父さんは殺された。

 母さんは女手一つで俺を育ててくれたんだ。

 これからは楽させてあげたい。

 メールを返して数分もせずにアプリ側からメールが返ってきた。

 そこにはヒーローになる事を承認する内容が書かれていた。

 その最後の一文が気になって声に出す。

「新たなヒーローよ。小の虫を殺して大の虫を生かせ? どう言う事?」

「故事の一つよ。大きなものを助けるために小さなものを犠牲にしろって意味よ」

「つまり。母さんや世界中の人を救うためにヒーローの俺が頑張ればいいって事だな。よーしやってやるぜ!」

 俄然ヒーローになってやる気に満ちていた俺は、そう楽観的に考えていた。


 突然テレビとスマホから警報が鳴り響く。

 テレビのキャスターが怪獣が出現した事を早口で告げていた。

 場所は俺達がいるマンションのすぐ近くだ。

「早く避難しましょう」

 母さんは今まで通りに避難しようと催促する。

「避難しなくていいよ。俺が怪獣をぶっ飛ばしてくるからさ」

 俺は握り拳を作ってみせるが、はじめての戦いを前に震えが止まらなかった。

 それを見た母さんが俺の拳をそっと両手で包み込んでくれる。

 すると自然と震えがおさまった。

「あなたにこんな事頼みたくないけれど、怪獣を倒してくれるのね?」

「すぐ終わらせる。だから母さんはここで待ってて」

 母さんは精一杯の笑みで応えてくれた。

「分かった。夕飯にあなたの大好きなカレー作っておくから怪我しないで戻ってくるのよ」

「分かってる。じゃあいってきます」

「いってらっしゃい」

 母さんの言葉を背中に受けながら、家を飛び出した。


 外を出るとそいつはいた。

 全長はビル三十階ほどで二本の足で歩き、頭からはワカメのような白髪が伸びた猫背の怪獣だった。

「やい怪獣。ここから先には一歩も行かせないぞ」

 足元で叫ぶも、怪獣は止まらず俺に向けて上げた足を下ろしてきた。

 俺はその足を咄嗟に伸ばした両腕で支える。

 そのまま押し上げるとバランスを崩した怪獣は仰向けに倒れた。

 倒れた拍子に何棟ものビルが巻き込まれて倒壊していく。

 怪獣の体に登ると足首から胴体まで走り、胸のあたりで跳躍した。

 太陽に照らされた怪獣の顔はどこか疲れたような表情をしていた。

 その顔面に必殺の拳を叩きつけると、怪獣は一撃で消滅した。


 怪獣を倒した俺は一躍人気者になった。

 土埃で汚れた人達が俺の周りに集まり、次々に称賛の言葉をかけてくれる。

 お礼を言いながら、すぐに家に向かった。

 母さんに早く勝利の報告をしたかったからだ。

「ただいま!」

 家に帰ると返事はない。

 避難したのかと思ったが、微かにカレーのいい匂いがする。

 約束通り作ってくれていたみたいだ。

「あの怪獣、図体がデカいだけで大した事、なかった……母さん?」

 母さんが着ていた服とエプロンが床に落ちている。

 まるで身体だけ消えて、服だけその場に残ったかのように……。


 ー完ー

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