或る研究者の手記より

ねこK・T

或る研究者の手記より

『言うなれば、そこには「神」は居なかったのだ。』



『私がそこを訪れたのは何時頃であったのか。正確な事は最早覚えていないが、今尚その情景は私の頭の中に焼き付き、消える事が無い。』



『そこは手付かずの自然が残り、人々の生活も牧歌的なものであった。私が暮らしていた場所とは大きく異なるその様子に、私は大きな安堵感を抱いた。

 彼らは自然と共に暮らしていた。暁と共に起き、夕闇と共に眠る。季節の移り変わりを身体中で読み解き、生活をそれに合わせて変えてゆく。そのように日々を過ごしていたのだ。

 ある日、彼らの祭りに参加した時、私はふと思った。この祭りは誰の為に――何の為に行われているのかと。彼らに聞くと、答えは明確に返って来た。

 曰く、「わたし達を生かしてくれている、全てのものに」と。

 彼ららしい答えだった。

 ――言うなれば、そこに「神」は居なかったのだ。

 少なくとも、私はそう感じた。』



『そこに、私以外の訪問者がやって来たのは、その祭りの後の頃だったと思う。訪問者はやはり私同様、好意的に彼らに受け入れられ、そこに留まる事になった。

 ただ、訪問者が私と異なっていたのは、一冊の本を持って来ていた事だ。訪問者や私がかつて住んでいた場所に居た、「神」についての本を。

 彼らは、それまでは全く知らなかったその「神」について知りたがった。そこでその好奇心に答える様に、訪問者はその本の内容について語り出した。

 ――そして、「神」はその地に急速に姿を現していったのだ。

 彼らが、水を吸い込む様にその知識を得るにつれて。

 彼らが、水を求める様にその知識を渇望するにつれて。』



『何時しかそこで祭りは行われなくなった。彼らが望んだのは、曖昧で気紛れな「全て」ではなく、祈れば必ず報いてくれると言う「神」であったのだ。

 そして彼らはそこを離れていった。「神」により多くの祈りを捧げる為、訪問者と共に、何処かへと。

 ――そして、そこには誰も居なくなった。』



『しかし今日も日は昇り、風が吹く。

 花は咲き、季節が巡る。

 変わったのは何であり、変わらないのは何であったのか。

 悪いものは何であり、良いものは何であったのか。

 ――私は未だに分からずに居るのである。』

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