2-13節「没落貴族クロイツ」


クロイツ家の当主『ウォレス・クロイツ』、オズの父はそれは厳しい昔の気質かたぎの人物だった。


玄武貴族のクロイツ家は代々国家元首「アストラル」家系の護衛を任される栄誉ある一族だ。当主ウォレスが現役だった当時は玄武では知らない者は居ないほどに高名な、誇りと使命を胸にアストラル家を支える守護者。


しかし二年前。現大統領「シリウス・アストラル」の時代となった頃には、国民からクロイツの名はいる。


きっかけは父の“ある禁忌”の黒魔術の研究。父は貴族であるとともに魔法に関する研究を専門とする学者でもあった。オズも幼少の時分から研究室に出入りし、よく魔法の研磨に付き合っていた。


しかし徐々に父は研究や調査に傾倒するあまり、クロイツ家としての本職や領地経営を蔑ろにしていくごとに領民からの暴動も起こるようになってゆく。 


一度揺らいだ信頼を取り戻すのは容易ではなかった。


ついに反貴族勢力の計略によって力を失い、守護職を解かれ、一族の者は僻地へ飛ばされ、やがて闇に葬られたのだ。


これがファイルで閲覧可能な、また歴史的概要として一般に知れるクロイツの過去である。


だが―――。


実際には公にされていない幾つかの闇が、この事件にはあるのだとオズは語り始めた。


なぜ自分の父親、ウォレスが長年奉職し、若い頃は魔道で鳴らした腕を捨ててまで「研究」に執着したのか。オズもクロイツが滅びる十五歳まで自分の進む道に迷いはなかった。父に学んだ魔道は好きだったし、周囲の期待に応えることが何より嬉しかった。父や母、姉や使用人のメイドたちに褒められたいために死に物狂いで勉強もした。


しかし、二年前。父が憑りつかれたようにクロイツの使命を無視し始めた頃。当時二十歳になったばかりの姉が当主代行としてなんとか暴動を収めていた時期。オズは偶然、来客していた人物から衝撃の内容を聴いてしまう。


ウォレスを金で唆し、クロイツの黒魔術を得ようとしていたのは玄武の他家の貴族の策略などではなく、


主戦派なる勢力が敵国である玄武の弱みを握るためか。理由は分からないが全て裏で糸を引いていたのは白虎軍、中でも《鉄血の柱》という異名の宰相が仕向けた段取りであることをオズは家族が崩壊寸前で知る。今にして思えば、来客者は鉄血側の使者だったのだろう。


ほどなくして、クロイツ家は爵位と領地を返上。


このままではクロイツが……。そう思ったのも後の祭り。


父はいずこへ金と一緒に出奔。重圧に耐えられず姉のフィーナは失脚。母は心労から屋敷に籠るようになった。徐々に衰弱していった母が玄武王都の大規模病院に収容されて、姉弟で初めて見舞いに行った日。


ベッドの上で、たくさんの器具に拘束され、禍々しい治癒魔法陣を刻まれ昏睡する母の姿。大好きだった、いつも僕がテストで満点を取って帰るたびに抱きしめてくれた、自慢の母さんの変わりきった姿を眼にした時、オズは生まれてはじめてと言ってもいいほど号泣した。母の体にすがってわんわんと泣いた。


そして数ヵ月後―――母の危篤が伝えられ、オズとフィーナは病室へ。言葉は交わせなかった。そこには「使者」もいた。


(……お前が……お前が母さんを、父様を……家族をォ!!!)


衝突する幾つもの感情を抱えたまま、オズは懸命に殺意を抑えて叫んだ。ここでこの男を殺したとして何も変わりはしない。損なわれるものなどなにも残ってはいない。真実を知る前も、知った後も、自分にはもう


だがフィーナは違う。彼女は未来を諦めずに足掻き、今は教会のシスターとして孤児院を回ったりして働いているのだ。姉の、クロイツの、名誉をこれ以上血で汚させないためにもオズは堪えた。


ただ、使者が去り際に言った言葉を僕は生涯忘れないだろう。


(これが我々のやり方、白虎の誇りなのです……ははは!!!)


オズの魂から発される強烈な魂が闇となった。白いカーテンの向こうにたゆたう金色の光が、やがて薄闇に染まる。


使命や目標の全てを失ったオズ・クロイツが選んだ道、それが四大国の若者が集う《四聖秩序機関》であった―――。行き場のない悲しみと怒り、虚無感をバケモノにぶつけるため。




※※※




結局あの後、オズとシャルロッテは取っ組み合いの喧嘩になる寸前まで言い争った。ギリギリの所で使用人のメイドが帰宅して場を収めたのだが、それ以降の二人は一言も口を利かずになってしまう。客人の自分たちを玄関先まで送迎してくれたメイドの女性も「どうかオズ坊っちゃんをよろしくお願いします」と健気に担当指揮官の俺にお辞儀しては仕事に戻る。


シエラと夜々は一度コーネリア市のホテルに戻ると言って別れた後、改めて屋敷の外で午後の演習内容について皆で話し合おうとしても彼らの間に生じた軋轢のせいで暗い雰囲気だ。


すると流石に停滞する空気を察したのか、オズは単身で教会の支援活動に赴くと俺に切り出してくる。最初に部下に行動指針を任せると仰ったのは貴方ですよねと痛いところを突かれてしまった。


俺は暫く考えたあとに、口を開いた。


「悪いが君個人としての訪問は許可できない。身内がいるようだが今は機関の特務活動中だ。しかし《ロストゼロ》としてならそれは範囲内になるな?」 


意味ありげな指揮官の口調に苛ついた素振りのオズが肩を竦めて不本意そうに返答。


「……成程、あくまで全員でなら……というわけですか。分かりました。では仲良く7人で教会に寄ったあとに例のネメシスが顕れた湿地帯の調査、この段取りで」


「いいや、ネメシスの件は俺ひとりでやるから省いてくれて構わないぞ」


それを聞いた途端オズや他のメンバーはさっと顔を上げ、辻本を正面から見つめた。


「ここからは別行動を取ることにする。いくら君達が機関で選別された子たちであっても―――を死地に連れていくわけにはいかない」


「ぐっ……」


思わず口籠るオズ。少し離れた所にいるシャルロッテもはっと息を呑んだ。


「……クロイツの魔術、僕の力では不足だと?貴方はそう言いたいのですか」


怪訝そうな顔でオズは指揮官に訊ねる。心の奥底に隠していた白虎への憎悪とよく似たものをいつの間にか辻本にもぶつけるような、そんな鋭い口調だった。


「ああ……では足手まといだろう。」


「ッ…………失礼します…………!」


あくまで冷静な、冷酷ともいえる返しにオズは痺れを切らしたか憮然とした表情で一瞥後、教会のある山道へと駆け出してしまう。アルビトルの街から1キロ程離れたところにある教会。


「―――オズ!」


俺はつい大声で彼を呼び止める。


「自分の中身を過去で埋めても強くはなれないぞ。君が何のために戦うのか、教会で己の心に問い直してくるといい」


指揮官の忠告にオズは僅かに硬直するも、構うことなく黒金色の制服を震わせて走り去った。


「…………ふん。さ、あたし達も行きましょ」


腑に落ちない顔ながらシャルロッテも、教会方面にうっそうと繁る木立の奥を見据えて歩き始めた。


「…………はあ…………みんな、悪いがオズのことを頼む。シャルロッテも白虎主戦派の件で相当ショックを受けているようだ」


緊張感を解いて不吉な冷気を溜め息で吐き出すと、俺は残った4名の部下たちに二人について改めて確認した。


「なんとか我らでわだかまりを解消できれば良いのだが」


「ボクも白虎人としてシャルロッテさんの誇りも分かるよ。でもオズくんの家族の話も真実で……難しい問題だよね」


「はい……ですがお二人とも大切な《ロストゼロ》の仲間ですから、放っておけないです……!」


アーシャ、朔夜、玲がそれぞれ強く頷いてくれては、軋轢ある二人が先行した山道の方角へと向かう。辻本も部下達を見送りながら、2年前の零組時代を思い返していた。


(俺達も最初から仲が良かった訳じゃない。ロストゼロは零組に比べて更にな分、色々な確執や行き違いはあるだろうが……きっと彼らなら)


ねえ。と少女の声が聴こえた。我に帰った辻本は声のした方を見下ろすとメアラミスがまだ立ち止まっている。クロイツ家の時のような眉を上げた不機嫌さは消えていたが、どこか訴えるような眼で俺に呟いてくる。


「ウチはキミのサポートで一緒にいた方がよくない?」


「いや……例外はない。経緯はどうあれ今の君は機関のロストゼロに所属する生徒だ。それにクラスメイトだからこそ気づける部分もある」


メアラミスの気遣わしげな視線は、やがて拗ねるようなものに変化していく。俺は言葉を締め括った。


「これも良い機会だ、シャルロッテ達と行動してくれ」


「…………心の持たないウチが、あの子らの気持ちなんて分かるはずないでしょ。キミも意地が悪いね、ほんと……」


「あ、はは……」


眼を細めて遠くにいるロストゼロを見据えた少女。瞳には憧憬にも似た色が浮かんでいる。太陽の光と心地よい風が同時に流れ込むなか、俺は少女の台詞に思わず照れ笑いを浮かべた。


メアラミスにとっては俺はあくまで「上官」であり、朱雀サイドとして辻本ダイキという存在を監視しているに過ぎないのだろうが、その姿と言動は俺を動揺させるに充分なほど愛らしい少女のものであって―――


「ああ。だって俺はメアラミス、君を信頼しているからな。だから任せたぞ―――相棒」


だが無論俺は気恥ずかしさを脇に押しやって、メアラミスに大人の対応で頷きかける。


「…………はいはい、ダイキくんもがんばれ?絶対独りで無茶するのは禁止だよ」


差し出された小さな右手。長い銀髪と制服の裾がふわりとたなびき、仄かな芳香が宙を漂う。俺とメアラミスはぱちんと手のひらを打ち付けあって、互いに目的地の方角へと進みだす。


(……ふぅ、シエラにも笑われたが、部下に……ましてや一回りも幼いメアラミスに叱られたり釘を刺されたりで指揮官としてはかなり面目ないよな……)


湿地帯へ向かうため、街の中央区を歩むなかでそんな風に思うと一度振り返る。もう部下達の姿は見えなくなっていた。


オズ―――。シャルロッテ―――。


この時の選択を、俺は夕刻には後悔することになる。


どうして監督責任を放棄して、自分の都合で部下たちと別行動を取ってしまったのか。


どうして教会方面ならば安全だと考えてしまったのか、メアラミスがいるから大丈夫だと安易に思考を止めてしまったのか。


玄武演習1日目も午後の部へ。傾き始めた太陽に照らされて金緑色に輝く髪の少年『幽谷狂善』が、森の彼方にある礼拝堂へと姿を現しつつあった。

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