第33話 さとこの疑問

月曜日 朝



「ふっふふーん」

綾は上機嫌に冷蔵庫から野菜ジュースを取り出しコップに注いでそれを一気に飲む。


「ぷはぁ、…むふふ」

その顔はニヤけており、真顔になれない。

「勝った勝ったー。勝ったもんねー」

綾はスマホで結婚式を上げる場所を探している。


昨日の決勝。

オニオンのエクスプロージョンよりフージンの波動弾の方が早く届き、フージン勝利でイベントが終わった。


つまり綾が主導権を握る形でこれからの二人の道が続いていく。 


「もう、今日結婚するって会社で発表しちゃおうかしら」

わかりやすく浮かれている。



貴俊の部屋


「…そっか、敗けたのか」

貴俊は目は覚めたが起き上がることが出来ない。


「約束だったしなぁ、…ううん」

右肘で体を支えつつ重々しく体を起こした。


スマホを確認する。


「何も連絡無いのがまた怖いんだよ……」

スマホの画面をオフにしてキッチンへ向かう。


「……うーん、悔しいなぁ。なんで真正面から撃ち合っちゃったんだろう。いつもなら避けてたのに、なんかあれは真正面からって思っちゃったんだよなぁ」

昨日の自分の行動や思考を思い返しては後頭部を掻きむしった。




オフィス


「おはようございまーす。…って誰もいないか」

さとこはいつも通り一番早くに出勤した。


いつもならすぐにパソコンを立ち上げ仕事を始めるが

「これであの二人が結婚かぁ…」

何もせずただデスクに座っていた。



「おはよう、さっちゃん」

綾が出勤してきた。


「おはようございます!おめでとうございます!!」

さとこはすぐに綾の方を向きながら立ち上がり頭を下げた。


「ちょ!さっちゃん!?…誰か見てたらどうするの」

「あっ、すみません!」

「でも、ありがと。これであいつを支配出来るわ」

綾は握り拳を作りながらニヤけている。


「…ハハ」

さとこは少し引きながら

「で、この後どうするんですか?」


「私の中では決まってるけど、あいつにはまだ何も話してないわよ。今日皆に発表しようと思ったけど、うーん」

さとこは耳を疑った。

「…き、昨日の今日でそれはやめておいた方が」

「そう思う?」

「はい、二人で具体的な事を何も決めてないんですよね?」

「そうなの、今日あいつと話そうとは思うんだけど」

「全部決まってからの方がいいですよ」

「…それもそうね」

「はい……」

さとこは貴俊に少し同情した。



数人が出勤してきた後に貴俊が出勤した。

「おはようございます」


「おはよう」

「おー、おはよう」

周りから返された後に綾の方を向き

「おはようございます」

と改めて挨拶した。


「……おはよう」

その他人行儀な態度にちょっと綾は苛ついた。



「野間さん、今のはダメですって…」

さとこは見て見ぬ振りをする。



始業


朝一番に綾の怒号が鳴り響く。

「野間ぁぁ!!」

「は!はい!!」

「ちょっと来なさい」

綾は廊下を指差す。


「はい…」

綾の後ろをついていく貴俊。


「…なんかやらかしてたか?あいつ」

「いや、わからない。けどなんかストレスのはけ口になってる可能性あるな」

「だな、野間は最近目立ったミスはしてないし。むしろ成長してるよ。何かあったのかな」

「頑張る理由が出来た?」

「…彼女?」

「うーん…」


そんなヒソヒソ話を聞きながらさとこは貴俊が呼ばれた理由をわかっていた。

「(多分これからの事を話す前にさっきの態度を問い詰める気だ…)」

少しだけ寒気がした。




「呼ばれた理由わかる?」

綾は腕を組み、見下すように貴俊を睨みつけている。


「い、いや…。そこまで怒らせるような事は」

「さっきの何?」

「…さっきの?」

「わざわざ私の方に頭下げておはようございますって」

「…ん?今までもやってなかった?」

「やってなかった。なんか昨日の今日であれは傷付いたなぁ」

「…ごめん」

「んん?何がぁ?」

綾は臨戦態勢だ。


「ごめん、今までもやってたよ……」

「ん!?」

「ずっとやってたよ。毎朝……」

「………え?」

綾は焦る、そんな記憶は一つも無かった。


「いつもやってたけど綾はずっとパソコン見てたから、僕に興味無いんだろうなって思いながらそれでも毎日やってたよ」

「そ、そうなの?」

「うん」

「……ま、まぁその話は置いといて」

「綾?」

貴俊の低い声が綾の心を貫く。


「ご、ごめん…」

「それから?」

「あ?調子に乗るなよ?」

しかし効果持続時間は短かった。



今度は貴俊が話を変えたかった。

「決勝お疲れ様でした」

「あっ、お疲れ様でした。…で?私の支配でいいのよね?」

「言い方」

「私に支配されたいんだろ?」

ニヤけながら貴俊の顎を触る。


「僕の敗けだから綾の好きにしていいよ」

「よし、じゃあこの後皆に発表するよ」

「…ん?何を?」

「何って、結婚」

「まだ早いでしょ!何も決まってないよ!?」

「…さっちゃんにも全部決まってからにした方がいいって言われた」

「でしょうね!」

「で?」

「ん?」

「まず何をすればいいの?」

「………」

「………」


二人は沈黙した。


「とりあえずあとで両親に連絡するよ……」

「そっか!まずはそこからか。じゃあ私も連絡しとく!」

「あとは両家顔合わせとか結納とかなんか色々」

「……めんどくさいわね」

「それ言っちゃう?」


その前に綾にはしておきたいことがあった。

「…ねぇ」

「結婚してからね」

「まだ何も言ってないんだけど!?」

「なんか色々めんどくさいからとりあえず一緒に住もうって言おうとしたんでしょ?」

「…あぁー、腹立つ」

自分の言おうとしたことを貴俊が全てわかっていたことを嬉しく思いながらも腹が立った。


「でも住む所も決めないとね」

「だからとりあえず私の家で良いじゃない!明日から」

「無理」

「何でよ!」


するとそこに一人の女性が割って入った。

「はい、そこまで」

さとこだった。


「速水さん、まずは落ち着きましょう。野間さん、受け身だけでは何も進みませんよ」

「…さっちゃん、いつから?」

「野間さんのそこまで怒らせるような事はって所から」

「結構序盤からですね………」

心配になったさとこはトイレに行くと言って、陰から見張っていた。



「野間さんはまず両親に会わせたい女性がいるからと連絡して日にちを決めてください。速水さんも同じように両親に連絡を。もちろん結婚したい相手として」

「う、うん」

「はい…」


「お互いに両親に会ってから次は顔合わせで予定を組んでください。速水さんは結納をやるかどうかを両親に事前に確認、あと同棲しなくてもお互いの部屋に行き来して半同棲でもいいでしょ」


「さ、さっちゃん?」

「詳しいですね…」

二人は頼るような目でさとこを見始めた。


「なんか二人のやり取り見てたら苛ついちゃって」

「もしかして常識?」

「ちょっとでも結婚調べてたら常識です」

「…ごめん」



「私が敗けての二人の結婚なんですから、きっちり決めてもらわないと私も納得しませんよ?」

さとこは貴俊を睨みつける。


「…はい」

「偶然で勝ちやがって」

「恨みがすごい…」

「でも弱点バレちゃったからまた考え直さなきゃ」

さとこは背を伸ばしながら吹っ切れたという言い方をした。


「ん?さっちゃんの弱点?」

「はい、背後が弱いんです」

「あぁ、そういえばこいつそれを狙ってたね」

貴俊を指差す。


「そうなんです、…ヒャ!?ちょっと!!」

貴俊はさとこの背中を突いてみた。


「あっ、すみません…。そこまでの反応が来るとは」

「さっちゃん!セクハラで倫理委員会に報告!」

「はい、すぐに!」

「待った!ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!」

「じゃあランチ奢りですね」

「あっ、私もー」

「そこに便乗してくるの!?」


「さっちゃん何食べたい?」

「んー、ハンバーグ食べたいですね」

「よし!じゃあ近くのファミレス行こ!」


「はいはい、じゃあ奢りますよ」

「あれ?態度がおかしいな。ちょっと倫理委員会にメールしてきますね」

さとこはオフィスに戻ろうとする。


「是非奢らせてください!美味しい食事を楽しんでいただきたいです!」

「…仕方無い、奢られてあげましょう」

「はい、是非」

貴俊はうなだれた。




貴俊は会社の外にいた。

「まだかなぁ」

先に外行ってろと綾から連絡が来た為、会社からほんの少し離れた所に立っていた。


「結婚……、結婚?今、人生でとんでもないところにいるんじゃ……」

貴俊は少しづつ実感し始め、嬉しくも不安な複雑な気持ちだった。


「濱口さん詳しそうだったし色々聞いてみよ」

「…何がですか?」

「わぁ!びっくりした!」

さとこは貴俊のすぐ横に立っていた。


その後ろには綾もいた。

「二人で来たの?」

「そうよ、私がさっちゃん誘う感じでね」

「色々聞くって何ですか?」

「結婚までにまず何をしたらいいのかなと思いまして」

「それ、独身の私に聞きます?」

「詳しそうだったので…」

「結婚情報誌を買って二人で読んでください」

「あっ、そっか。そういうのありましたね」


「ん?何それ?」

綾は知らなかった。


「テレビコマーシャルでやってるじゃん」

「…テレビ、あまり、見ない」

「何故片言?」


「本屋に行けば普通に売ってますよ」

「じゃあまずは本屋に行こう」

「綾、それは昼食後。濱口さんにハンバーグ食べてもらうんでしょ?」

「そうだった、じゃあ行こう。私、カレーね」

「はいはい、じゃあ行こう」

「………」

さとこはそんな二人のやり取りを見ながら関係性を不思議に思った。



ファミレス


貴俊と綾は隣に座り、対面にさとこが座った。


「濱口さん、ハンバーグめっちゃ種類あるから選んてください」

さとこはメニューを見ながらすぐに下に記載のあるセットに目が行った。

「…セットも」

「一番高いセットにしましょう」

「あ、いや。ライスとスープのでいいです」

「サラダはいいんですか?」

「そこまでは食べられないんで…」


「じゃあ私が一番高いセットにしよう」

「綾はカレーでしょ?サラダかデザートにしておいたら?」

「そうね、じゃあこのケーキ食べよう。さっちゃんも食べよ?」

「良いんですか?」

さとこは貴俊を見る。

「大丈夫ですよ」

貴俊はそれに微笑み返す。


注文が終わったあとにさとこは何か考え事をしている。


「濱口さん、どうしました?」

「…え?」

「いや、店に入る前から何か考えているような腑に落ちてないような」

「……いや、なんか、二人の関係性が」

さとこの言葉に二人が反応する。

「何かおかしいですか?」

「え?皆にバレてる?」


「い、いえ!バレてはないと思いますけど。仕事の時とプライベートだと関係性が逆転するんだなぁって……」


貴俊と綾は目を合わせる。

「逆転?」

綾はさとこの方を向き、問いかける。


「はい、決めるのも諭すのも野間さんがやってるんだなぁって」

「あんた、二度と主導権握ろうとするなって言ったよな?」

貴俊を睨みつける。

「濡れ衣って言葉しか見つからないよ……」


「すみません!なんか変な事を言ってしまって」

「いえ、何となくですけど言いたいことはわかりますので」

「何がよ」

まだ睨んでいる。


「食事に行くって言ってるのに本屋に行こうとしたり」

「……」

「カレー食べるって言ってたのに対象じゃないセット頼もうとしたり」

「……」

綾はとりあえず貴俊の足を踏みつけた。


「濱口さん、今、テーブルの下を見ないでくださいね」

「は、はい…」

「ダーリンったら何を言ってるのかしら、ねぇ?さっちゃん」

「…ちょっとセットのスープを取ってきますね、セルフみたいなので」

「はーい、行ってらっしゃい」

笑顔の綾に数回会釈しながらテーブルを離れるさとこ。



「…やっぱヤバい、いや逆に野間さんの方がヤバいのかも」

スープを注ぎながら呟いた。



二人残ったテーブル席。

「綾」

「ん?」

「濱口さん困ってるよ」

「あんたが余計な事を言ったからね」


数秒の沈黙の後

「…今日、両親に連絡するよ」

「……うん、私も連絡しとく」

「今日帰りは?」

「あんた次第」

「本屋、行こうか」

「…うん」

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