第18話 焼き肉はサバイバル

両国駅


「…ねぇ、今日は泊まっていく?」

綾が貴俊に迫る。


しかしそれには作戦があった。


「いや、明日も会社だけど………」

「いいじゃない!泊まっていきなさい!」

「いや、インしないと………」

「だから!いいじゃない!」


貴俊は察した。

「…何となくわかった。今日ログインさせないつもりだね?」

「…そ、そんな酷いこと考えるわけないじゃない!」

「よく考えたらリアルでこうやって会わなくてもネットで会えばいいんじゃ?」

「あんたから今夜会いたいって言ったんでしょうが!!」

綾は貴俊の胸ぐらを掴む。


「ご、ごめんなさい………。そうでした」

「ふん!!」

貴俊はボディーブローを食らった。


「…今日泊まっていい?」

腹部を押さえながら綾に聞いた。


「はぁ!?明日会社だけど!?」

「それ、さっき言った………」



焼肉屋


「はい、かんぱーい!」

「かんぱい」

「…つまんねぇ男」

綾はぶすっとした表情をしている。


「今日、機嫌悪い?」

「昨日から機嫌悪い、原因はわかってるわよね?」

「………わかってる」

「はぁ………」

綾は大きくため息をついた。


「そんな感じで来ても僕は綾を愛してるよ?」

「あんた、そんなんだと悪い女に騙されるよ?」

「もう騙されてる」

「あぁ!?」

「言葉間違えた……」

「何と間違えたのかしら?」

テーブルの下で綾の足が貴俊の足の上に乗る。


「心奪われてる」

「……ちっ」

綾は足を引っ込めて首の後ろを手で擦っている。


「…さて、帰ろうか」

「まだ何も食べてねぇよ!!」

「いや、インしないと」


貴俊の言葉に綾は考える。

「………そこって結構私達の障害かもね」


「うん、僕もそう思った」

「…ふーん、で?思った上で解決方法は?」

綾はニヤニヤしている。


言わせたいことを貴俊はわかっていた。


「一緒に住もうか」

「え!?ちょ!……え?」

綾はまさかそう答えてくるとは思わなかった為に戸惑っている。


「結婚したら一緒に住もう」

「………」

綾は店の金属製の箸を持ち、網の上に当てはじめた。


「ちょっと待った!どうするつもり?」

「………」

綾は何も答えず箸を見続けていた。


「ごめん、からかうのはもうやめる」

「やっぱりからかってたんだな!」

「茶化すのもやめる」

「………」

「綾を愛してる」

「なんか、それはそれでつまんないな。私があんたを攻撃出来ないじゃない」

「どうしたい……、やめておこう」

「言わせなさいよ!」

「僕から言っていい?」

「ん?あんたも私をどうしたいとかあるの?」

「うん、ずっと一緒にいてほしい」


そんな言葉にドキッとした綾だがそれを隠そうと必死になる。

「…何を言ってるの?そんなの当たり前じゃない。その上でどうするかでしょ?私はねー…」

早口だった。


綾が話を続ける前に貴俊は言いたいことがあった。


「待って、その前に箸を戻して。っていうか熱くないの?」

ずっと箸の事が気が気ではなかった。


「全然?こういうのって熱が伝わらない素材なんじゃないの?」

「そんなのあるの?」

「いや、知らないけど」

「…あっ、てことはその箸は全然熱くならないんじゃ?」

「…え?」

「だってそうでしょ、先だけ熱くなったら口の中が火傷するじゃん」

「……ちょっと試してみて?」

「嫌だ」

「何でよ!?」

「仮説言っただけだもん」

「じゃあ証明しないと」

綾はニヤリと笑う。


「綾は理系?」

「文系、あんたは?」

「文系」

「何を理系っぽいこと言い出してんの?」

「いや、綾の方こそ……」

「…えい!」

綾は箸を貴俊の右手の甲にあてる。


咄嗟に右手を引き、箸があてられたであろう箇所を見る。

「…っ!!熱っ!!…くない!」

何ともなってなかった。


「残念………」

「いやいや、今、未来の夫の手の甲が火傷するかもしれなかったんだけど?」

「してないからいいじゃない。してないでしょ?してないよね!?」

睨まれた貴俊。


「してない……」

「まぁ、やりすぎたかなとは思ってるよ」

「自覚はあるんだね」

「思っただけね」

「…あ、なるほど。反省はしてないと」

「あぁ!?」

「何でもない」



頼んだ肉が運ばれてきたので綾はどんどん網に乗せ始める。

「……はい!どんどん食べなさい!」

そしてトングを貴俊に渡した。


「え?…うん、わかった」

「ほら!それ!もうひっくり返さないと!」

「うん」


「…それ、もう食べられるんじゃない?」

「うん、そのお皿でいい?」

「うん、はい、ありがと。えーっと甘口のタレは…」

「何それ可愛い」

「…からかうのやめるって言わなかったか?」

「からかってないよ、綾は可愛いから真実を言っただけ」

「…なんかそういうところは私の計算違いだわ」

「ん?」

「そういうこと言ってくる男とは思ってなかった」

「言われたくない?」

「………時と場所による」

「…へー」

貴俊はニヤついた。


「あっ!ちょっと!?今何を考えた?」

綾は嫌な予感がした。


「別に?綾の弱いところを見つけたとか公衆の面前で言おうとか考えてないよ?」

「それ!それはやめろ!」

「わかった。じゃあこれから絶対に言わないでおくよ」

貴俊が決めた事に綾は何とも言えないもどかしさを感じた。

「……言えよ!!」


「どっち?」

「二人きりの時に言え」

「じゃあ今は言っていい?」

「周りに人がいるだろ」

「誰も僕らの会話は聞いてないよ。綾、今日も綺麗だね」

「……あぁ、何だろう。腹立つ」

綾は両手で顔を覆い、ニヤけ顔を隠しながら貴俊の脛をつま先で蹴った。



「はい、これ食べられるよ」

貴俊は綾の皿に肉を置く。

「うん」

「はい、これも」

「…うん」

「あっ、これ焦げちゃってるから僕が食べるね」

「………」

「はい、これも食べられるよ」


綾の皿は肉でいっぱいになった。


「罪悪感が凄いわ!!」

「え?」

「ちょうど良い焼き加減のを私の方に置いて自分は焦げた肉って!食べる量も私の方が多いし」

「僕なんかはカリカリに焦げた肉でいいんだよ」

「卑屈!!急に何!?」


「綾、そもそも網に乗せすぎ」

「え?う、うん…。ごめん」

「ちょうど良い焼き加減で食べられるように焼く枚数も考えないと」

「う、うん…」

「僕が給仕するから綾は食べてて」

「給仕って言い出したよ!あんた、結構性格悪いわね」

「焼肉はサバイバルだからね?」

「…まぁ、あんたの中ではそうなんでしょうね、何を言ってるのか理解できないけど」

「今のはすごく傷付いた……。わかってくれないんだ」

下を向き、背もたれによたれかかった。


「ご!ごめん!!…ほら!トング貸しなさい。私が今から焼くから!」

「えぇ!?で、出来る、の?えぇ?」


「私を出来ない子扱いするな!」

「子?」

「あ?」

「何でもない…。今、皿に乗ってるの食べてからね。あっ、そうそう網に乗せる肉は四枚までね」

「う、うん」



二人とも肉を食べた後に綾は肉を焼こうとした。

「あっ、その厚目の肉は端の方に置いてね」

「うん…」

綾は戸惑っている。


「炭が中央に集まってるから、遠火で焼かないと」

「うん………」

イライラしてきた。


「それも端ね、脂質多いから中央に置くと火が燃え盛るから、あっ、氷貰っておこうかな」

「めんどくせぇ!!あんたやりなさいよ!!」

綾は細かく言ってくる貴俊にキレた。


「だから僕が給仕するって言ってるじゃん」

「給仕って言い方やめろ」

「……奉仕」

「…まぁ、いいでしょう」

「いいの!?」

「個人戦、私が勝ったら結婚後に目一杯ご奉仕してもらうつもりだったから」


「…どんな?」

「家事は全部あんたでしょ?あとは毎日のマッサージ、風呂上がりにはドライヤーで髪を乾かしてもらって、私がしたい時にはあんたは黙って仰向け」

「結構本気でとんでもないこと考えてるね!」

「ほら、肉を焼きなさい!」

「マジで負けられない………」

そう言いながら貴俊は肉を網に乗せた。

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