第6話 綾の悩殺大作戦

土曜日 三連休初日 午前中


休日出勤となった貴俊はあくびをしながら、会社に向かった。

オフィスの扉を開けるとそこにいた人物に驚く。


そこには今まで見たことのないメイクと服装の綾が座っており、その姿はとても綺麗で一瞬で目を奪われてしまった。


「お、おは、おはようざざ、……す」

あからさまに動揺している貴俊に綾も挨拶を返す。

「…おはよう」


貴俊はデスクに着くまで綾を見て、座ってからもチラチラと見てしまった。


その視線に気付いた綾。

「…何!?」

「い!いえ!」


綾が強めに言うと貴俊はすぐにデスクを向き、パソコンの電源をつけた。


「(ふふっ、うろたえてるうろたえてる。どうだ?いつもと違う私を見て)」

綾は考え事をする感じで右手を口元に置いていたがその口元は右の口角だけ上がっていた。


「(あっ!そうだ!)」

と席を立った綾は貴俊の元へ近付いていった。


「野間!」

「は、はい!」

少し遠めから呼び、自分の全身を見せる作戦を仕掛けた。


ゆっくり近付く綾、恥ずかしいのか目線をそらしている貴俊。

その表情に綾は更ににやけた。


「どこ直すか、わかってるわよね?」

貴俊の視界に入るように立つ位置を考え、話しかけた。


「はい…」

しかし貴俊はパソコンへと視線を移す。

が、綾が近付いてきたことで感じた甘い香りに意識が持っていかれそうになった。


そんな貴俊の肩に手を置き、顔を近付けた綾は

「じゃあすぐにやりなさい?」

と優しく話した。


「はい!すぐに!」

「よろしい」

もう綾はにやけ顔が抑えられない。


「…あ、あの速水さん」

「ん?何?」

「今日、この後に何かご予定でもあるんですか?」

「何で?」

「いや、その、あの」


綾は

「(何か褒め言葉を言え!)」

と心の中で強く思った。


「いつもよりもその……」

「うん?(ほら!言え!)」

「……何でもないです」

「あっそ!!」


結局何も言わなかった貴俊に怒った綾はすぐにデスクに戻っていった。


「(言うべきなんだろうけど、どうしよう。でも言っても良いのかな、ダメだよな)」

貴俊は額に手をあて、目を瞑った。


綾はそんな貴俊を見て

「(まぁ、ああいう反応でもいっか)」

とそれはそれで作戦は成功ということにした。


綾は今日貴俊と会うのでいつも見せていない自分を見せようと、いつもよりも早く起きて身嗜みを整えていた。



しばらくすると貴俊が綾のデスクに近付く。


「フー…、速水さん」

貴俊は天然なのかわざとなのかフージンと呼ぼうとした。


「それ絶対に禁句ね」

「すみません。書類チェックお願いします」

「はい。………オッケー。私もそろそろ終わるから待ってて」

書類を受け取った綾はパソコンに視線を移す。


「……あっ、はい」

「ん?何?今の間は」

妙に思い、貴俊を見る。


「いや、…今日いつもの数十倍き、綺麗だなと…思いまして」

たじろぎながらも貴俊は勇気を出して綾に話した。


「…褒められてる気がしないなぁ。いつもの私を何だと思ってる?」

綾は腕と足を組み、顎を上げて貴俊を見た。


「す、数十倍は言い過ぎました。数倍…」

その圧に貴俊は戸惑う。


「へー、数倍。今日の私はいつもの数倍なだけかぁ…」

「す、数百倍……」

貴俊は使う言葉がよくわからなくなった。



「あんた女性を褒めるの下手ね。慣れてないでしょ」

「…そういうのしたことないですから」

「え?本気で言ってる?」

「はい…、だからこういうこと言ったのは速水さんが初めてです……」


それを聞いた綾はとても嬉しく思った。


「…じゃあそういうことなら良しとしましょう、私が初めての女ね」

「それだと語弊しかないような…」

「何か文句ある?」

「…無いです」

綾に睨まれた貴俊は全力で首を振った。



数分後

綾は仕事が終わったのでデスクにいる貴俊へ声をかける。


「野間、行くよ!」

「あっ、はい。何を食べたいですか?」


不意に貴俊から言われた言葉を綾は嬉しく感じた。


「え?私の食べたいのでいいの?」

「はい、いいですよ」

「んー、じゃあパスタにしましょうか」

「そういえば近くに新しく店が出来ましたね」

「うん、そこに行こう!」

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