好き。それは必要のない言葉。

ブリル・バーナード

言葉にする必要ある?

 

「ユッケ氏。昨今、デブでブスなおじさんと綺麗で可愛いJKがイチャコラする大人アダルトなビデオが多く出回っているというのに、何故吾輩たちはDTなのだろうか? 何故えっちができないのだろうか!?」

「いや、俺に聞かれても。そもそも、そういうのは本当のJKじゃないと思うけど」

「神田氏! 金か? やはりお金か!? 顔面よりもやはりお金なのか!? ならばそれがしたちもチャンスはあると思わぬかっ!?」

「いや、知らないし。高校生のお小遣いの金額ならダメだと……って、犯罪行為だよ、それは!」


 俺、神田裕介かんだゆうすけは、犯罪行為を行おうとしている友人たちを慌てて止める。

 友人の逮捕される姿は見たくない。せめて妄想で止まって欲しい。妄想までなら日本国憲法で保障されているから。

 青春ならぬ性春がしたい、と血の涙を流しながら叫ぶ友人たちを尻目に、こそっとため息をついた。

 二人に全力で言いたい。


 多くのクラスメイトがいる昼休みの教室で叫ぶ内容じゃないだろ!


 二人とは無関係ですよ、という顔を作り、机から教科書を取り出して顔を隠した。

 コソコソと女子が蔑んだ眼差しを向け、男子たちが興味深そうに聞き耳を立てている気がする。

 僅かに聞こえる、馬鹿、最低、という罵る声と、勇者、気持ちはわかるぞ、という同意の声。

 はぁ……。弁当を食べた後のお腹が痛い。

 その時、ガラガラと教室のドアが開いて、一気に騒がしくなった。女子の一部が歯磨きから戻ってきたのだ。

 女子の一団は、ワイワイと喋りながら俺の席の近く……というか、目の前に集合した。彼女の中の一人の机が俺の目の前だから。

 急に女子が集まったので、友人の松井と岐部が押し黙る。陰キャ男子は陽キャ女子の前では喋れなくなるのだ。

 香水だか制汗剤だか何だかわからないけど、甘い香りがふわっと漂う。

 女子の一人、スカートを校則ギリギリアウトまで短くしたごく普通のJK、男子からの人気が高い郡山美里こおりやまみさとが俺に向かって片手をあげた。


「よっすぅー、神田」

「……どうも」

「今日も机借りるね」


 了承を待たずに、俺の机に軽く腰掛ける郡山。僅かにわかる彼女のお尻の形。実に目に毒だ。

 彼女は友達と喋っている。『今日も許可取ったの? 律儀だねー』とか言われているようだ。話が丸聞こえである。


「ねぇねぇ! 今週末、カラオケ行かない? 皆でパーッと!」

「いいねー」

「さんせー! 場所はいつものところー」


 皆が口々に賛成する中、たった一人だけ反対した女子がいた。郡山だ。


「ごっめ~ん! 週末、彼氏とデートなんだ」


 どうやら彼女には彼氏がいるらしい。まあ、不思議ではない。むしろ納得する。


「そっかー。じゃあ仕方がないね」

「また今度ねー」

「ごめんね~! 埋め合わせはまた今度!」

「いや、今して! 彼氏とのお惚気エピソードでいいから!」

「あっ、ウチも聞きた~い! 美里って全然教えてくれないんだもん」

「ぶっちゃけ、どこまで行った? この際だから全部教えろ~! さあ、吐け吐け~!」

「えぇ~! じゃあ……ひ・み・つ!」


 目の前で女子たちがじゃれている。もったいぶって教えない郡山をビシバシと叩く女子たち。結構力が強そうなのは気のせいじゃないだろう。女子の羨望と嫉妬は恐ろしい。

 このままだと長話になりそうだ。昼休みの残り時間は約20分。座ったほうが彼女たちも尋も……お喋りしやすいだろう。

 俺は目の前、郡山の背中……というより腰に手を伸ばす。


「郡山」

「うひゃんっ!? な、なに……って、神田?」


 ビクンと身体をのけ反らせ、可愛らしい悲鳴をあげた郡山が振り返った。若干瞳に怒りがあるのは気のせいだと思いたい。


「んっ」

「あ、椅子。さんきゅー」

「それじゃ」


 そそくさと逃げ出す俺。背後から聞こえたのは、『えーっと、彼氏の家でお家デートが多いかな。後はご想像にお任せ!』という郡山の声と爆発的な黄色い歓声だった。

 近くに居なくてよかった。危うく鼓膜が破れるところだった。

 席を立った俺が向かうのは男子トイレ。中学や高校の男子はトイレの前に集まるから、ここに来れば何故か安心感がする。トイレ前に集まる理由は俺でもわからないが。

 教室を出た途端、ついてきた友人二人が一気に喋り出す。


「ユッケ氏、ユッケ氏! よく会話に割り込めましたな!?」

「某たちには無理!」

「あぁまあ、慣れ? 席替えしてからずっとあんな感じだし。つーか、一つ言っていいか? いつまでそのキャラを続けるつもりだ?」

「それもそうだな。戻すか」

「ついノリで? 意外と楽しかった」


 素に戻った親友二人。かと思いきや、再びテンションがぶっ壊れる。もはや精神が壊れていると言っても過言ではない。


「くっ! 俺は何故教卓の前なんだ……。目の前が先生だなんてどこの罰ゲーム……せめて新任の美人な女教師がいい……」

「毎日昼休みになったら目の前に現れる美少女……羨ましい! 机に突っ伏して寝ていたら、頭が触れてしまったり……くぅー! オレっちは触れるのは髪の毛だけでもいい! いや、彼女の甘い香りを嗅ぐだけでいい!」

「……変態っぽいぞ」

「「 変態ですが何か? 」」


 この変態ども、開き直ってやがる。まあ、気持ちはわからなくもない。

 残念ながら岐部の妄想は叶ったことはない……とは言い切れない。少なくとも、甘い香りは漂ってくる。


「あの女性陣は可愛らしいからな。顔が可愛くてスタイルも良くていい香りがして可愛い! あと、スカートが短い!」

「太もも最高! 美脚最高! 実にすばらしい! エロティィイイイックゥ!」


 変態どもは手遅れらしい。末期。まあ、気持ちはわからなくもない。


「しかし、残念なのはスカートの下に体育服を着ていることですな」

「そうですな! 邪道! スカートの下はショーツ! これ鉄則! アニメやマンガ、ラノベみたいにパンチラが見たい! なのに何故、現実はこんなにも残酷なのだぁあああああ!」


 知らねぇーよ! まあ、気持ちはわからなくもないが!

 現実の女子たちは、二次元とは違って鉄壁の防御を固めている。目の前でこけることも、男子が転んでスカートの中に突っ込んでいくことも、風でスカートが捲れ上がることもほぼ無い!

 全ては幻想ファンタジーなのだ!


「それはそうとユッケ氏。ユッケ氏は郡山さんに触れていた気が……」

「確かに。この眼でもしっかりと見たでござる。背中をツンツンして『神田氏、死ね!』と思ったが、彼女の可愛らしい悲鳴が聞けたので『グッジョブ!』と言いたい」

「そりゃどーも」

「それで? 触った感じはどうだった?」

「残り香が指先に付いてないか?」


 キモい! 考え方が変態だ! だけど、そうだな……。

 俺は触った指をじっと眺め、その時の感触を思い出す。


「―――まあ、彼女の腰は細そうだったな」


 その後、血の涙を流して悔しがる男二人に殴られたことは言うまでもない。

 待て待て! 指の匂いを嗅ごうとするな、変態どもぉぉおおおおおおおお!




 ▼▲▼




 その週末。土曜日。

 昨晩夜更かしして昼近くに目覚めた俺は、遅い朝食を取り、寝ぼけた頭を覚ますためにシャワーを浴びた。髪を乾かし、ラフな格好で自分の部屋へと向かう。

 ドアを開けると、そこには先客がいた。


「よっすぅー。お邪魔~」

「ああ、邪魔だな」


 勝手に人のベッドに寝そべる女に本心を隠すことなく言い放った。

 でも、彼女は傷ついた様子はない。本棚から取った本を読み、足をパタパタと動かしている。


「ひっど~い。邪魔にならないようにベッドに避難してるのに」

「出てけ」

「嫌」

「出ろ」

「嫌」


 思わず深いため息が出てしまう。

 人のベッドを我が物顔で占領してくつろいているのは私服姿の郡山美里。本人だ。

 俺と彼女の関係は、幼馴染。ただそれだけ。

 普通、思春期の男女は疎遠になることが多い。しかし、彼女は別だった。俺が距離を取ろうとしても、彼女はスッポンのように離れない。今のように。

 中学になっても、高校になっても、仲が良い幼馴染は珍しいのではないだろうか。


「……わかった。好きにしろ」

「好きにしてま~す!」

「せめて、スカートに気を付けろ! パンツ見えてる!」


 スカートが捲れて、肉付きの良い白い太ももと、隠されていた黒いショーツ、形の良いお尻が丸見えだ。

 くっ! 大人っぽい下着を穿きやがって!

 学校では防御は完璧だろ! 何故ここではしない?


「きゃー! ユウのえっち~!」

「はんっ!」

「は、鼻で笑われたぁ!? ひど~い! 私の繊細なステンドグラスの心が砕け散りました。故に、スカートをどうにかするのです!」

「……本音は?」

「自分でするのが面倒くさい」

「……だと思ったよ」


 学校ではこんなじゃないのに。猫被りやがって!

 彼女、郡山美里は家ではぐーたらの面倒くさがりだ。そして、俺には横暴で我儘。よくある典型的な幼馴染。


「ユウが私のパンツを見たいならそのままでいいよー」

「うっせぇ! 襲うぞ!」

「襲えないくせに。ヘタレのDT」

「だ・ま・れ!」


 怒りに任せて彼女のスカートを引っ張り、お尻をペチンと一発平手打ち。


「ひゃうんっ!?」


 予想外の一撃だったのか、可愛らしい悲鳴を上げて身体を跳ねさせる美里。ざまぁみろ。

 でも、一瞬とは言え、柔らかかったなぁ……。

 キッと涙目で睨んでくるのを俺はあっさりと無視する。

 あんな奴無視して勉強だ、勉強! 今週も宿題が多い。頑張らねば。


「おーい。私を無視するなー!」

「……」

「話を聞けー! かまえー! 遊べー!」

「……」

「抗議します! デモだデモー!」

「……」

「ほ、ほらー。パンツだよ……ユウの。ふむふむ。こんなのを穿いて……」

「……」

「あっは~ん! いやぁ~ん! うっふ~ん! あぁんっ!」

「さっきからうるせー!」


 とうとう堪えきれずに叫んでしまった。

 ベッドの上では、乱れた布団と着崩れた美里。一体何をして暴れたんだ。

 一瞬キョトンとした彼女は、嬉しそうに起き上がる。


「ユウが無視するのが悪い!」

「こっちは勉強してるんだよ!」

「保健? 性教育の勉強?」

「古文だ古文! 女子がいるのに性教育の勉強をする馬鹿はいないだろ! やるなら一人の時にするわ!」

「女子がいても出来るよ? 性教育の実践!」

「そんなにしたいのならお望み通りにしてやる!」


 俺は、起き上がったばかりの彼女をベッドに押し倒した。

 きゃあ、と小さな悲鳴を上げた美里。着崩れた衣服。ベッドに広がる艶やかな黒髪。見上げる熱っぽい眼差し。柔らかそうな桜色の唇。


 ―――時が止まった。


 うるさかったから。イライラしたから。襲うつもりは皆無。これは単なるいつもの冗談。揶揄っただけ。彼女が言った通り俺はヘタレ。

 なのに、どうして俺は身体を動かせないのだろう。どうして彼女は抵抗をしないのだろう。

 瞳に僅かな恐怖の光を宿した美里が、僅かに顔を逸らした。

 その動作で俺は頭をガツンと殴られた気がした。一気に冷静になる。


「……ごめん、美里」

「……うん」

「……絡みついてる腕と足をどうにかしてくれる? 動けないんだけど」

「ちっ!」


 こいつ、舌打ちしやがった! 蜘蛛みたいに絡みつきやがって! 全部演技かっ!?

 ようやく動けるようになって、俺はベッドに座った。雰囲気が気まずくて無造作に頭を掻く。美里は寝転んだままだ。


「もういい加減にしろよ」

「なにが?」

「彼氏、いるんだろ?」

「あぁー。この前の昼休みの話ね。彼氏、いるよー」

「彼氏じゃない男のベッドに寝るとか、家に遊びに来るとか、普通ダメだろ」

「うん。どう考えてもそれはダメだね」

「自覚してんのかよ。というか、週末はデートじゃなかったのか?」

「うん。だからここに来た。おうちデート」

「は?」


 この幼馴染はどんな頭をしているのだろうか? 脳みそ空っぽか? お花畑が広がっているのか?

 会話が滅茶苦茶だ。

 ベッドに寝そべるどこかの馬鹿は、何故かドヤ顔で両手を広げて部屋をアピール。


「彼氏のお家でデート」


 そして、俺を指さし、ニッコリ笑顔。


「私の彼氏」


 彼女の指の先、俺の背後には誰もいない。何度振り返っても無人。

 美里って霊感でもあったっけ? 彼氏が幽霊?

 …………一度お祓いにでも連れて行くべきだろうか?


「……告白した覚えはないぞ」

「言葉ではね」

「……告白された覚えもないぞ」

「言葉ではね」


 ヒョイッと起き上がった美里が、俺の太ももの上に座る。首に手を回された。

 対面で見つめ合う俺と美里。顔の距離は驚くほど近い。


「ねえ、私たちに言葉は必要?」

「……」

「もうずっと前からわかってたでしょ、お互いの行動で」

「……」

「無言は肯定の証だよ、ヘタレ」

「……うっせぇ」

「知ってる? 言葉にしなくても想いは伝わるんだよ?」


 美里の顔がゆっくりと近づいてくる。ゆっくりと、本当にゆっくりと。

 甘い香りが鼻腔をくすぐり、熱い吐息がくすぐったい。

 鼻が触れ合うほどの距離で、彼女は囁いた。


「―――嫌なら避けて」


 少しの猶予。与えられるはずだった選択の時間。―――その時間は、俺たちに必要はなかった。

 どっちが先に動いたのだろう? 俺か、美里か、その両方か。

 気付いたら、お互いの唇が重なっていた。しっとりと濡れて、そのくせ柔らかく、脳が蕩けそうなほど甘い。

 時間が狂った。時間の感覚がない。ほんの刹那に時間かもしれないし、数秒かもしれない。数分、もしくは数時間。

 俺たちは一体どのくらいの間、キスをし合っていたのだろう?

 示し合わせたように、俺たちは同時に顔を離した。

 瞳を熱っぽく潤ませた美里が、ぎこちなく微笑む。俺も同じ顔をしているはず。どんな顔をすればいいのかわからない。


「私の想い、伝わった?」

「ああ。嫌というほど」


 俺たちは額と額をくっつけ合う。


「俺の想いは?」

「伝わったよ。でも、私は嫌じゃなかったかな」


 美里の言う通りだ。言葉にしなくても想いは伝わる。伝わっている。


「この部屋、あっついね! 暑すぎるよ!」


 パッと離れた美里が、パタパタと顔や身体を扇ぎ始めた。彼女の顔や耳や首、その他の肌も赤く染まっている。


「私、水飲んでくる!」


 勝手知ったる他人の家。この家を自由に出入りする美里は、まるでこの家の娘のように扱われている。例えお風呂を使っていたとしても何も言われないだろう。

 もう遥か昔に外堀が埋められ、逆に壁となっている。俺が逃げ出さないように。


「あっ、そうだ。一つだけ言っておくね!」


 ドアからヒョイッと顔だけ覗かせた美里が悪戯っぽく微笑んだ。


「言葉にしなくても想いは伝わるけど、女の子は言葉にして欲しい生き物なの。だから、私が戻って来る前に覚悟を決めておいてね、私の彼氏さん!」


 言うだけ言うと、彼女は消えた。部屋に一人だけ残される。

 俺はベッドに倒れ込んだ。シーツの冷たさが、火照った肌にちょうどいい。

 倒れたまま、美里の最後の言葉を考える。

 それは言えってことだよな。想いを口にしろってことだよな……。


「マジかよ……」


 美里が水を飲んで戻ってくるまで約五分。

 それまでに覚悟を決めることが出来るのだろうか?


 ベッドに漂う美里の残り香。それが俺の心を揺さぶり続ける。


<完結>


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好き。それは必要のない言葉。 ブリル・バーナード @Crohn

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