第11話 ~アーバロン本気出す!~


「アーバロン立ちました!」


「見ればわかる! ええい、あの小僧、本当にやってくれる!」


 机に拳を叩きつけて飛鳥が叫ぶ。嬉しいような虚しいような悔しいような、とにかく色んな感情がごちゃまぜになった怒号だった。


「まさか、アーバロン自身が青年を導くとは予想外。自己診断機能を搭載していたのが功を奏しましたな」


「そ、それじゃぁ私は……」


 おずおずとした美麻の声が耳に入ってくる。


「現場に飛ばなくても、いいですよね?」


「いや、このような事態が起こった以上、二度目がないとも限らん。準備ができ次第、第二格納庫まで来い」


「うそーん!」


 美麻の悲鳴が全員の鼓膜に体当たりしたちょうどそのとき、モニターのなかではアーバロンのショルダータックルが炸裂していた。



 怪獣の巨体が大通りに転がった。戦闘機に気を取られていたところに喰らった不意打ちだった。

 ジタバタと暴れる怪獣の長い尻尾を、アーバロンはすかさず屈み込んで取り押さえた。

 その額に備わるV字の前立てがギラリと輝き、何条もの稲妻がそこから放たれた。

 アーバロンに搭載された放電装置だ。光の奔流に包まれて、怪獣が手足(と尻尾)を痙攣させる。


 ──ゴォゥン!


 それはきっと、アーバロンの雄叫びだったのだろう。

 尻尾を両手でしっかりと握り、大地を踏みしめ、腰を落とし、空を見据えて腕を振り回した。

 怪獣が宙に舞った。ビルを飛び越え、放物線を描いて落下する。

 地震が再来したかのような地響きが辺りを包み、コンクリートの瓦礫と土砂が一斉に跳ねた。

 土地を囲む、『取り壊し予定 進入禁止』の看板を掲げたフェンスが、放射状に薙ぎ倒される。

 青年が教えたショッピングセンターの廃墟である。


 怪獣を追ってアーバロンが着地する。怪獣は建物に落としたが、自分は広々としたガレージ跡に降り立つ。

 かなり大型のショッピングセンターだったようで、五〇メートルの巨人と大怪獣が闘うにも充分な広さがある。

 だが、せっかくリングが見つかったというのに、勝負は一撃で決着した。

 アーバロンが腕を広げて胸を張るや、その胸が光った。

 途端に、周囲の空気が歪む。

 陽炎──ロボットの胸部が一瞬にして灼熱を帯びたのだ。


 ──ゴゥン!


 そして、機械音の叫びとともに、真っ赤な光が怪獣に照射された。


 ──ギャァァァアアア!!!


 断末魔の悲鳴が上がる。

 ごぉっ──巨体が炎に包まれた。

 火炎を操ってきたはずの怪獣は、その身を焼かれて絶命したのだった。




「マグマストリーム照射確認! 目標、沈黙!」


 おおー! と、再び歓声が司令室内に満ちた。

 声に交じって拍手や指笛も飛び交っている。

 さすがの京香も、すぐにはこの歓喜を止めようとはしなかった。


「はぁ……」


 口から吐き出した溜息をジェット噴射にするかのように、ドッと背もたれに身体を預けた。


「おめでとうございます、司令」


 囁くような参謀の声が降ってくる。


「市街への被害も最小限。人類の初陣にして上々の戦果と存じます」


「私の成果ではない。すべてアーバロン自身と、あの民間人の青年がやったことだ」


「致し方ありますまい。なにせ前例のない戦いです。今後の課題はありましょうが、ご自分をお責めなさいませぬよう」


 ちっ、と司令の唇の間から舌打ちが漏れた。

 仕方ないづくしの正論吐きに、まさか肩を持たれるとは。

 姿勢を正し、インカムの存在を確かめるように耳に手を添える。


「残存するGFを帰投させろ。処理班出動。被撃墜機と、怪獣の死骸の回収にあたれ」


「アーバロンへの指示はどうしましょう?」


 若いオペレーターが訊ねた。


「信号弾もありませんし……」


「奴に任す。脅威無しと判断して帰還すればよし。そうでなければ処理班から直接指示を出させる」


「こちら第二格納庫。京香さん聞こえますか?」


 美麻の声が飛び込んでくる。


「勝ったんですよね!? アーバロンは大丈夫なんですか!?」


 格納庫への移動中に戦況を確認できなかったのだろう。ただ勝利したという情報だけは入っている様子だ。


「勝った。アーバロンは五体無事だ。今は怪獣が燃えている」


「やった! て、え? え? 燃えてる?」


「口では説明しづらい。お前はそのまま処理班と一緒に現場へ飛べ。録画した映像を輸送機に送っておくからそれを観ろ」


「えー! 結局行くんですかー!?」




 怪獣の悲鳴と、それに続く静寂を聴き、快晴は戦いが終わったことを確信した。

 原付の機首を巡らせ、逃げるために走ってきた道を戻り、決着の場へと急ぐ。

 ロボットが怪獣を投げ飛ばし、そして追いかけていったことは、サイドミラーで見えていた。

 自分の教えた戦法を採ってくれたことが素直に嬉しかった。

 ただ、直接現地にぶん投げるとは予想外だったが……


(ビル越えしたけど、見えてなかった……んだよな?)


 快晴の想像通り、最初の時点でアーバロンからショッピングセンターは見えてなかった。

 内蔵された地図情報と怪獣の重量から計算して繰り出された、自立思考型ロボットならではの妙技だったのだが、快晴がそれを知るのはもう少しあとのことである。


 目的の場所へはすぐに辿り着いた。

 そして、ロボットはそこにいた。

 まだ少し土煙が垂れ込めるその足下には、ごうごうと炎を上げる怪獣。熱光線を発射する場面を見ていない快晴には、なぜ怪獣が燃えているのか分からない。

 が、ロボットが勝ったのは間違いなかった。

 原付のエンジン音に気付いたのだろう。ロボットが快晴に眼を向けた。

 敷地に入る一歩手前──倒されたフェンスの前で、快晴はエンジンを止めた。


(すごい……すごいロボットだ……!)


 こちらを睥睨へいげいしている巨体を見上げると、改めて圧倒される。

 正体は分からないが、この街を守った鋼鉄のヒーロー。その闘いに助勢できたことが、溜まらなく誇らしかった(もっともロボの負傷については快晴にも原因があるのだが)。

 だが同時に、言いようのない不安もこみ上げてくる。


 ──これは、本当に現実なのか。


 快晴にとってはこれで何度目だろう。いい加減、現実を受け入れてもよいものだが、さすがに状況が特殊すぎるがゆえに、仕方ないともいえる。

 怪獣に出くわし、ロボットに助けられ、そしてロボットを助けた。

 次の瞬間、快晴はアラームの音で眼を醒ました。一人暮らしのワンルーム。最近折りたたんでいない折りたたみベッドの上。

 ……なんてことには、いつまで経ってもならないのである。

 しつこいようだが、これが現実だ。


 惚けたように原付に跨がったまま、快晴は立ちすくむ(一応座っているのだから“居すくむ”と言うべきか?)。

 すると突然、ロボットに動きがあった。

 いきなり、両手で顔を覆ったのだ。

 まるで快晴を見たくないとでも────


(……いや、逆? 見られたくない?)


 そういえば、腰が引けて、内股ぎみで、モジモジとしていてる。指の隙間から快晴を覗き見ては、また隠す。

 まるで、いかにも漫画に出てきそうな、人見知りお嬢様キャラといった所作だ。


(え、恥ずかしがってる? ロボットが?)


 思わぬ事態に、快晴が呆然としているうちに、ロボットは回れ右をして、ショッピンセンターの残骸へと飛び込んだ。

 いまだ怪獣がごうごうと燃えている箇所をさけて、快晴から見えない場所に、ヒョイと身を隠してしまった。

 どうやら、間違いなく、快晴に対して、恥ずかしがっている────スーパーロボットが。

 そしてやはり、物陰から快晴をチラチラと見ては隠れる。


(本当に……ロボットなんだよな……?)


 先ほどまでの雄々しい姿とはまるで別人──否、別ロボだ。

 ふと興味が湧き、快晴は原付のアクセルを捻って、ショッピンセンターの土地に入り込んだ。

 土地のなかをぐるりと回って、ロボが見える位置まで走る。

 すると、青年に見られまいと、ロボは別の物陰に入った。

 さらに快晴はそれを追いかける。

 ロボはまた別の物陰に隠れる。

 快晴が追う。

 ロボが逃げる。

 快晴が追って、ロボが逃げて、快晴が追って、ロボが逃げて────

 奇妙な追いかけっこが、いつまでも続いた。


(オレ……なにやってんの?)


 ふと我に返って虚しさを覚えるものの、なぜか止められない快晴であった。

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