第10話 ~その胸に火を~


   5 その胸に火を



「あ、え?」


 対怪機構日本支部の面々と同じく、快晴にも何が起こっているのか理解出来なかった。

 人間には不可能な角度に手首を捻りながら、ロボットは青年を自らの後頚部──いわゆるうなじ──へと誘う。

 そこに、人間ひとりが容易に入れるほどの亀裂が走っていた。


「あ!」


 快晴は合点した。

 怪獣に組み付いたとき、ロボットは怪獣の尻尾をくらっていた。背中に受けたと見えて、まさか尾先がこんなところを傷付けていたとは。

 そのことを、ロボット自身が快晴に教えてくれたのだ。

 ロボットの掌を足場にして、快晴は亀裂のなかを覗き込む。漏電の危険など考えなかった。


「うわっ」


 手がプヨプヨした冷たいものに触れ、快晴は驚いて身を退いた。

 材質は不明だが、内壁に張り巡らされた緩衝材らしい。


(触っても、被れないよな?)


 そうであることを祈りながら、改めてロボの頚内に頭を入れる。

 暗い。さすがに外の光では足りない。

 スマートフォンを取り出し、懐中電灯のアプリケーションを作動させた。

 光の中に、何本もの太いケーブルが並んでいた。

 その表面は焦げつき、なかでも一本は保護フィルムが完全に破れて、内部の線までが黒く変色している。


 これだ──快晴は確信した。

 脚が動かない原因は関節ではなかった。

 亀裂から入り込んだわずかな火が、このロボットの神経とも言うべきケーブルの一本を焼いたのだ。

 しかし、どうやって直す? 焼けた部分を切って繋ぎ直そうにも、ケーブル一本の太さはフィルムも含めて五〇センチ以上。家の電気コードとはわけが違う。


 ──いや、待て。

 あの下に見える接続部はなんだ?

 ケーブルが途中で着脱出来るようになってるのか。

 なら、優先度の低いどこかと繋ぎ直すことで、応急的に脚を動かすことが出来るのでは?

 しかし、ほかのケーブルがどこに繋がっているのかが分からない。右腕? 左脚? 間違えればもとの木阿弥だ。

 それ以前に、ケーブルの本数は四肢の数よりも多い。

 よく見れば、それぞれのケーブルには模様や色が付けられており、同じものはひとつもない。整備の際に混乱せぬよう工夫されているのだろう。

 といっても、それとて部外者から見れば、相変わらずどれがどこ行きなのやら。こういうのを符帳というのだろう。

 思わず「マニュアルください!」と叫びたくなる。当然ながら、開発者が忘れた仕様説明書がそのへんに転がっているなどという幸運な展開は、ない。


 ゴゥン──ロボットの声が聞こえ、快晴は亀裂から頭を出した。


「このケーブルを繋ぎ直せばいいのか? けど、どれを引き抜いたらいいのかが判らないんだ?」


 すると、快晴を乗せているものとは逆の腕が、ロボの背中に回ってきた。

 ガシャン──その掌底から、巨大な鉄杭が生えた。腕全体が杭打機パイルバンカーになっているらしい。

 驚く快晴が見下ろすなかで、杭がアスファルトの地面を削り始めた。

 いや、これは────


 『あお しま』


 ────字を書いているのだ。


「あお、しま! 青い縞模様!」


 ロボットによる筆談という思わぬ事態に、快晴は興奮して叫ぶ。

 再び亀裂の中に顔を突っ込み、青い縞模様のケーブルに狙いを定める。

 接続部はバルブで締めてから六角ボルトで留めるという二段式のようだ。戦闘用ロボットだけあってさすがにケーブルの接続も厳重だが、それなら装甲ももっと厚くしとけよと思わなくもない。

 しかもボルトのサイズが……大きい……! これに合うボックスドライバーが、持ってきた工具箱のなかに果たしてあるだろうか。


「──よしッ!」


 箱を開けて、快晴は歓声を上げた。

 あった──しかも電動ドライバー。 

 すぐさまソケットを装着して、めいっぱい下に手を伸ばしてボルトにあてがう。

 そして、ドライバーのトリガーを引いた。


 ──きゅるる……る……


 情けない鳴き声を残してモーターが止まった。


「バッテリィ────!」


 快晴の怒りの悲鳴がロボの体内にとウワンウワン反響していった。

 工具箱に取って返す。

 予備のバッテリーは────ない!

 あるのは────レンチ!


(手回しかぁぁぁー!!)


 だが、やるしかない。

 ボルトの数は……五本。

 切れたケーブル側のボルトも足して、十本!

 繋ぎ直してから片方だけでも締めるのを含めれば……十五本!!

 だが、それでも、やるしかないのだ!


「うおぉぉぉ────!!」


 快晴が吼えた。

 全神経と感覚を腕一本に集中させて、次々に接合部のボルトを外してゆく。レンチを繰って高速で上下する腕は、まるで蒸気機関のピストンのようだ。

 あっという間に二本ぶんを外し、焼けた右脚用のケーブルに変わって、青縞模様の一本を接続し直す。


 ゴゥン……!


 ロボが唸った。そのひと言で、快晴は再接続が成功したのだと確信した。

 亀裂に突っ込んでいた身体を太陽の下に戻すと、足場となっていた手がゆっくりと動き始めた。


「いけるのか!?」


 快晴を掌に乗せたまま、ロボットは片膝を突いて見せた。

 左脚が動いている。モーター制御や、電子頭脳からの伝達にも問題はないらしい。


「やった……やったな!」


 飛び上がって喜ばんばかりの快晴に、ロボはもう一度「ゴゥン」と低く唸っただけだった。

 だが、たしかに「ありがとう」と言っているように、快晴には聞こえた。

 これで、このスーパーロボットはもう一度闘える。

 今度は自分も上手く逃げなければ。先ほどのように足手まといになるわけにはいかない。

 しかし、もしロボットが街を破壊してしまうこと自体を避けようとしているのなら……


「そうだ! あっちの方向に、更地になる予定の広い土地がある!」


 そばのビルに遮られて見えないその場所を指さし、快晴は叫んだ。


「ショッピングモールだったんだけど、事業撤退ってやつでさ。どうせ壊すんだから、いっそのことそこで闘っちまえば、周りへの被害も少なくて済むんじゃないかな? 地主とか解体業者にはちょっと悪いかもだけど!」


 少し間があった。廃墟とはいえ意図的に破壊していいのか、考えているのだろうか。コンピューターでも迷うことはあるらしい。

 だが、ロボットは頷いた。

 鉄の掌が地面に降りる。


「じゃぁ……頑張って!」


 月並みな言い方だなぁ、と自分の口のつたなさを悔やみながら、快晴は飛び降りた。

 原付は目の前──即座に跨がって、エンジンに火を付けた。

 それを合図にするかのように、ロボットが再び立ち上がった。

 巨人は怪獣を、小人はその背後を見据える。

 快晴が原付のアクセルを捻るのと同時に、アーバロンが走った。

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