第8話 ~立ってよアーバロン~


「レーザー全弾命中! 目標、健在!」


「効果はある、撃ち続けろ! 一機は物見役として戦列から除外、カメラの映像をこちらに中継させろ! アーバロンはどうか!?」


「アーバロン、いまだ立ち上がれません!」


「なぜだ!?」


 司令の問いにオペレーターは言い淀む。仕方がない。彼は技術者を兼ねているわけではないのだから。

 そこに助け船が入った。


「京香さん、こちら第一格納庫です」


「技術主任か。どうした?」


「アーバロンですが、右脚が正常に稼働していないように見えます。おそらく、怪獣の炎を浴び続けたせいで、関節か回路の一部にトラブルが発生したものと思われます」


「焼き切れたというのか……! バカな、やつの装甲は一万度の熱もシャットアウト出来るんじゃなかったのか?」


「そのはずですが……」


「はずでは困る。とにかく、なにか方法はないのか?」


「そうは言っても……出撃後のアーバロンには、一切の通信が届きませんし……」


「くそっ! 誰だ、奴に無線ひとつ付けさせんかったのは!? ……本部だ!」


 自分で問うて自分で答えている。世話のいらない司令官である。


「致し方ありますまい。サイバー犯罪が巧妙化する昨今、AIへのハッキングを防ぐためには、外部とのネットワークそのものを排除するのがもっとも確実なのですから」


「あんなスーパーロボットにわざわざハッキングしようという奴がいるか、そもそも?」


あなどれませんぞ、犯罪者というのは。それに、出来そうと思ったら後先考えず試したくなるのは、ハッカーならずともスキルを持った人間共通の業ですからな」


 うんうん、とインカムの向こうで美麻が相槌を打つ。


「GF三九、五番機、撃墜!」


「なんだと!?」


 オペレーターからの凶報で、司令は意識をモニターに戻す。

 戦闘機のひとつが赤い炎を撒き散らしながら、ビル街に墜落してゆくところだった。

 怪獣の火炎をくらったのは、見ていない京香でも分かる。

 ボフン、と黒い煙が上がる。


「密集しすぎだ、散開させろ。一ヶ所にとどまるな!」


 オペレーターの指が京香の指令を入力すると、無人機部隊はすぐさま隊列を開いた。

 アーバロンとは異なり、こちらは司令部とのネットワークがあって、はじめて運用できる兵器である。

 レーザーが怪獣を四方八方からタコ殴り──否、タコ撃ちにする。

 だが、巨大な敵は悲鳴のような咆吼を上げこそすれど、いっこうに弱る気配を見せない。


「ええい、なぜこうも効き目が悪い!?」


 当初の予想を上回る怪獣の頑強さに、京香はさきほどから寄りっぱなしの眉間の皺をさらに深くさせた。


「目標の体表硬度は思ったより強固なようですな。火花は派手に見えますが、GFに搭載されたレーザーでは皮一枚切り崩すのがやっと、というところでしょうか」


「くそっ、まるで怪獣映画のお約束を踏んでいるようだな!」


「おや、司令も怪獣映画がお好きで?」


「変か!?」


「いえいえ」


「なんて、悠長なことを話している場合か! とにかく、技術主任、今からお前を中心に、修理部隊を編成する」


「え、え? 私が出るんですか!? いやです! 怖い!」


 それまで超然した風格すら漂わせていた技術主任が、一転して慌てふためく。駄々をこねるそのさまが童顔に似合いすぎて、本物の女児のようだ。


「文句を言うな! やつの責任者はお前だろうが!」


「だって飛行機でしょ! 怪獣が目の前ですよ! それに到着まで何分かかるんですか。いっそアーバロンを帰投させた方が早いじゃないですか!」


「アーバロンとは通信できないと、今、お前が言っただろうが」


「そうですけどー! GFに信号弾とかないんですか!?」


「ない! やつらは遠隔操縦の無人機だ。各自の連携に信号弾など必要ない!」


「そんなー!」


「それに、件の民間人がまだ逃げてない。仮に、なんとかアーバロンに帰投指示を届けることが出来たところで、この状態でやつが戦闘を放棄すると思うか!?」


「お、思いません!」


「以上だ! 退路は絶った! お前も我々の一員なら腹をくくれ!」


「ひぃーん」


 子馬のいななきのような悲鳴をあげる美麻だったが、そこに参謀が吉報をもたらした。


「おや。あの青年がようやく動きましたよ」


「なにッ!」




 快晴は自転車に跨がった瞬間、それがもう走れなくなっていることに気付いた。

 ささやかな愛馬は、タイヤも、ハンドルの向きも、グニャグニャに歪められていた。

 恐らく事故を起こしたときの衝撃……ではない。怪獣が出現したことでパニックに陥った人々に、踏まれていったのだろう。


「くそッ!」


 申し訳なさを覚えつつも愛馬を放り出し、快晴は走った。

 しかし、その足が向かう先はビルの陰でも、まして町の全住民が向かったであろう遙か彼方でもない。

 立ち上がろうともがいている、巨大ロボットである。

 歩道に乗りだしている横暴な自動車を乗り越え、先ほど降ってきたビルの破片を避け、人の消えた街を駆け抜けてゆく。


 お前が行ってどうする──理性は嘲るようにそう問うている。

 何が出来る? あのロボットの脚を直そうとでも言うのか? 少しばかりは機械に詳しいかもしれんが、しょせん素人のお前に、見るからに最新テクノロジーの集合体を?


(だまれ!)


 快晴は己の心に叫んだ。バカなことをしているなんて自分でも分かっている。

 それでも、行かずにはいられない。

 もとはといえば、あのロボットがあそこまで傷付いたのは、自分のせいなのだ。


(それに……!)


 倒れたままのロボットが一瞬、快晴の方を向いた。

 瞳のないその眼が、快晴には、助けを求めているように感じられた。

 自意識過剰とわらわば嗤え! オレが行かなきゃ誰が行く!

 しかし、勇ましく駆けだしたはいいものの、ロボまでの距離はゆうに五〇〇メートル。


「ぜ……は……ッ!」


 快晴の息が切れる方が早かった。

 そもそも運動が得意な方ではないし、とくにマラソンなど下の中がせいぜい。高校を卒業してからは自分の足で走ること事態が極めて稀で、移動手段はもっぱら自転車。

 格闘技も観戦専門で、経験はといえば、小学生のときに空手教室に通っていたくらいだ。


(やば……オレ、格好わるぅ……)


 かといって、ここで止まるわけにもいかない。

 酸素が不足する頭で、なんとか打開策を考える──までもなかった。

 車道に一台、原動機付き自転車が転がっていた。

 乗り捨てたのは、怪獣から逃げようにも自動車の群れに阻まれたせいか、それとも群衆のなかで人をく危険を冒したくなかったか(だとしたら、すごくいい人だ)。

 エンジンは切られていてもキーは刺しっぱなし。快晴の自転車のように群衆に踏み壊された形跡もなければ、怪獣が投げたビル片に潰されてもいない。なんとも都合の……いや運のいいことだ。

 快晴はそれを起こしてエンジンをかけた。

 ボボボッ、と少し年老いた音を鳴らして、車体が震える。


(いける!)


 跨がり、機首をロボットへ向けると、アクセルをめいっぱい捻った。

 しばらく車を間をすり抜けてから、歩道に乗り入れた。そちらの方が障害物が少ない。本当はいけないが、手段を選んでもいられない。

 怪獣はまだ戦闘機と闘っていた。

 レーザーの火力不足は決定的のようだが、機体の小ささと素早さでなんとか持ち堪えている。


(どこの地球防衛軍か知らないけど……もう少し、引き付けといてくれよ!)


 そのまま全速力で、まっすぐロボットまで突っ走ろうとしたが────


「すみません! お借りします!」


 途中に見つけたバイク修理屋のガレージから、ちゃっかり工具箱を拝借してゆく快晴だった。

 もちろん返事がくるわけもない。

 鉄の箱を両足で挟み、今度こそロボットを目指す。

 遠くからでもわかる鉄の塊が、さらに視界の中で圧迫感を増してくる。

 あらためて見ると、なんと巨大なロボットだろう。

 まだ距離があるはずなのに、手を伸ばせば届くように感じてしまう。現実感のなさゆえに、遠近感が狂っているのだ。

 これが立ち、走り、あまつさえ闘うなど、その姿を目の当たりにした今でさえ、夢のように思えてしまう。


 不意にロボットが腕を動かし、快晴に向かって掌をかざした。

 近づくな──そう言っているのだろう。立ち上がれなくなってなおも、自分の身を気遣ってくれているのだ。

 その鋼鉄の眼を真っ直ぐに見据えて、快晴は叫んだ。


「ありがとう!! ごめん!!」


 ゴゥ──呻き声のようなものがロボットから発せられた。青年の言葉に動揺しているのだろうか。


「立てないんだろ! オレのせいだ! オレが、早く逃げなかったから! だから……ッ!」


 言葉を止め、決意を固めるように、スゥッと息を吸う(走った上に叫んだせいで苦しくなっていたのもある)。


「だからオレに、アンタを直させてくれ!」


 自分の背丈よりも太い腕をすり抜けるかのように、ハンドルを切って右脚へと向かう。さきほどから見ていた限り、立てない原因はそこだ。


「これでも機械は得意なんだ! 危険なのは分かってる! けど、どうせアンタが助けてくれなけりゃ死んでた! それにここままじゃ、みんなやられるかもしれない! だからオレのこの命で、出来る限りのことをやらせてくれ!」


 ロボット相手に熱く語るというのもシュールな話だが、有人操縦型にせよ、AIによる自立思考型にせよ、言葉は通じているはずだ。

 ついに腰部に辿り着いた。原付を乗り捨て、右脚の付け根をくまなく確かめてゆく。

 こういう巨大ロボットを造るとしたら、かならずどこかに内部メンテナンス用の出入口ハッチを設けておくはずだ。


 ────ない。それどころか、装甲には細かい擦れや煤こそ目立つものの、関節の可動不良に繋がるような外傷はおろか、怪獣の炎が入り込みそうな隙間すら見当たらない。

 付近の瓦礫を伝って脚の上に登ってみても、それは同じだった。

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