第7話 ~ここで怪獣のターン~


「あぶない!」


 快晴は声を上げていた。

 ロボに抱きかかえられていた怪獣の尻尾が、高々と立ち上がったのだ。凄い長さだ。怪獣自身の体長と同じくらいはあろうか。

 その尻尾が、スッと上段の構えを取ったように快晴には見えたのだ。まるでプロレスラーが空手チョップを放とうとしているかのようだった。

 そして快晴の声が届くわけもなく、横から振り回された特大の鞭が、ロボットの背部を撃った。


 ガガァン────


 トラック同士が衝突したのかと思うほどの衝突音が快晴にも聞こえた。

 アーバロンの腕が緩む。

 その隙を突いて怪獣はいましめを振りほどき、体当たりでロボを突き飛ばす。

 そして、牙だらけの顎を開いた。


 咆吼──違った。もっと恐ろしいものが、その喉からほとばしり出たのだ。

 真っ赤な光と熱が、アーバロンの胸で炸裂した。


「う……そ、だろ……!」




「目標! 口から火炎を発射!」


 オペレーターが叫ぶ。


「それくらい見えている!」


 京香が怒鳴り返す。

 衛星からの映像でもはっきりとわかるほどの直撃だった。まるでアーバロン自身が爆発したかのようだ。

 その衝撃に、鋼鉄の巨体が大きくのけぞる。

 が、踏みとどまった。


「目標頭部に再度、高熱源! まだ来ます!」


 二発、三発と、続けざまに怪獣が炎の塊を吐き出し、アーバロンにぶつける。

 そのたびに輝く装甲の表面で炎がぜ、四散して、周囲に撒き散らされる。


「火炎というよりは、火球……火山弾に近いもののようですな」


「だが弾速が速いようには見えんぞ。なぜ避けられない!?」


 京香の言うとおり、モニター越しの第三者目線とはいえ、火球の弾速はアーバロンのカメラが捉えられないほどのものとは思えなかった。

 むしろ、アーバロンは腰を落とし、腕を広げ、望んで怪獣の攻撃に耐えているようにすら見える。


「それは無論──」


「あの、背後の民間人のせいか……!」


「致し方──」


「またそれか! やかましい!」


 ドンッ、と机を打ち据えて参謀の口癖を封じた。


(そもそも、現場での戦闘行動がすべてアーバロンのAIに委ねられ、あれもこれも仕方ないだらけの状態で、なぜ司令室に参謀が必要なんだ……!? 総本部は何を考えて────)


 京香が形梨の存在に疑念を抱いた瞬間だった。

 二人のオペレーターの声が同時に飛び込んできた。


「GF隊、目標を捕捉! 火器の有効射程圏内まであと十秒!」


「アーバロン、転倒!」




 ロボットがダウンするのを、快晴も目の当たりにしていた。

 すぐに避難すべきなのは分かっていた。

 だが、好奇心という名の釘が、両足を大地に打ち付けた。

 あの怪獣は──あのロボットは──なんなのか──どこからきて──なんのために──この世界に──何が起こっているのか──

 疑問という疑問が頭の奥から間欠泉のようにブシャァーッとほとばしる。


(いや、ちょっと待て! 落ち着いて考えよう、オレ!)


 そう自分に言い聞かせて泉に栓をしようとしても、勢いよく噴き上がる熱湯には近づくことすら出来ない。

 そんなことをやっているうちに、ついにロボが火球を受けきれなくなって背中から倒れたのだ。

 何発も、何発もその身に炎を浴びた末のことだった。


「なんで──ッ」


 避けなかったんだよ! という叫びが喉まで出かかったところで止まる。

 ロボットが炎を避けていたら、焼かれていたのは────


(俺だ……! 俺がここにいたから……俺を守るために……!?)


 後悔が快晴を打ちのめした。

 ビルの崩落から庇い、明らかに火器を搭載した身体でいきなり体当たりし、尻尾があるのは一目瞭然にもかかわらず組み付いて持ち上げた。

 間違いない──あのロボットは自分を守っている。

 倒れたままロボットは立ち上がらない。

 いや、肘で身体を支えて、なんとか上体は起こすのだが、脚が上手く動かないようだ。


(どこかの回路が、炎で焼き切れた……!?)


 快晴は反射的にそう感じた。

 倒れた鉄の巨人に、怪獣が迫る。

 ドウン、ドウン──地鳴りのような足音に、放棄された車が踏みつぶされる音が混じる。

 グワッと開かれた顎。

 その奥に赤い光が渦を巻く。

 とどめを撃つためか、慎重に狙いを澄ませているようだ。

 そしてついに、その火炎が牙の間から撃ち出されようという瞬間────空から何本もの光の線が怪獣に向かって降り注いだ。

 身体中から火花を散らせ、怪獣が叫ぶ。仰け反った勢いで、炎は明後日の方向に撃ち出された。


(こんどは……なんだ!?)


 宇宙人でも襲来したのか──空を見上げた快晴の眼に、鏃(やじり)のような形をした銀色の戦闘機部隊が飛び込んできた。

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