不死のボク達、赦しの結び

1 シズ

〈シズ、時間です。早く起きてください〉


 軽やかなジングル音と共に機械的な声。

 さっきから何度目だろうか。


 ああ、冷たい。


 頰に当たる冷たく硬い感触、私は朦朧とした意識を徐々に覚醒させる。

 少し肌寒いと思ったのも束の間、自宅の机に突っ伏して眠っていたことに気がついた。

 冷たいのは薄い情報タブの角。

 どうやらその上に伏せているらしい。

 頬に触ると角の跡が少しばかりヒリヒリする。


 やだ、今日も寝落ちしてしまった。


 身体を起こして机を見ると、眠っている間に垂れ流した涎の沼ができている。

 はあ、と溜息を吐き、ベッド横に置いているクリーナーを取ろうと振り返る。

 すると、両の脚がまるで凍り付いたように動かない。


「しまった、充電を忘れた………」


 私の両脚、腿から下は造りものの義肢だ。非接触タイプの充電プレートはベッドカバーの下。つまり、私はベッドの上で眠らなかった所為で充電を仕損じたのである。

 普段の私はデスクワークが主な仕事なので、義肢のバッテリーは満充電で十日は保つ。旧人類の慣習に合わせた七日間の労働サイクルでは日が定まらず、つい忘れてしまうのだ。

 雲の惑星クラウドスフィアの周回軌道上で暮らす私達にとって、電力などのエネルギー資源は無配慮に消費して良いものではない。


「二番目の人類」で君ほどの抜けた子を他に知らない——— これは勤務先VARDの所長で大銀河文明連帯から派遣されたゲルダが私に放った言葉である。

 返す言葉がない。悔しい。


 私は四年前までヴァリオギアに乗り、二級兵徒として時空災厄アウターコンティニュームの討伐ミッションに就いていた。

 兵徒任務は出撃数が三桁に達すると一級兵徒に昇格するか、予備役の一般職へと選択が認められる。私は一級兵徒に一度は昇格したが、その後に両脚を失い転務を希望した。

 二級兵徒時代はミッションと並行して〈ジェネクト〉の調整職に就いていた。だが、今はヴァリオギアの主要構造を為す可変アロイの開発職を専任している。

 二日連続で寝落ちしたのも、新しい可変アロイの資料を遅くまで検証していたからだ。


「ナザニー、ちょっと助けてくれない?」


 私はベッドの脇に鎮座する黒光りする塊に声を掛ける。

 ナザニーと呼ばれた塊は小さな起動音と共にすっくと立ち上がり、私の傍らへ音もなく移動した。

 私が勤務先で試験用に使っている二世代前のヴァリオギア、愛称「ナザニエル」の制御AIを取り外して、既存の介護補助ロボットに組み込んだもの。

 角が丸い長方形ボディに四本の長い脚が付いている。体長はおよそ八十センチで立てば高さも同じくらい。似たものを探せば、旧人類の言う「犬」のよう。但し、首と尾がないが。

 ナザニエルは私しか使わないので都合が良いと「最初は」思った。


〈おはようシズ。私が目覚めて記念すべき二十回目の寝落ちですね〉


 ナザニーはボディ先端の小さなライトをチカチカと点滅させ、クイっとボディを傾ける。

 ロボットとしては愛嬌があるが、内臓スピーカーが発する澄んだテノールは辛辣だ。


〈この調子では、私が無能呼ばわりされてしまいます〉

「だったら、もっと早く起こしてくれたっていいでしょう?」

〈では、次回からスタンガンの使用を許可して頂いてよろしいでしょうか?」

「ぬぬ………」


 ナザニーはやるべきことはやったと遠回しに主張しているのだ。

 会話プログラムはゲルダのチューニング。自分でやれば良かったと今でも後悔している。


「ああんもう、能書きはいいから、早くチェアモードになって」


 ナザニーは座る私の横に移動すると、ボディ上部のカバーを開く。

 カバー下にはソフトパッドのシートが備わっていて、椅子から腰をずらして腕の力だけで移動する。

 ちょうどナザニーの背中に横座りする格好だ。


〈いけませんね、また少し重くなっている。ご自身が予備役だとお忘れですか?〉

「ぬ、うぬぬ…………」

〈そろそろ支度をする時間です。『また』遅刻しますよ〉


 ナザニーは一々言うことが勘に触るが、全ては己れの失敗である。

 私に文句を言う筋合いがないことくらい、痛いほど理解しているが………


 ふと時間を確認すると第三航宙時間〇七五〇を過ぎている。

 これは不味いと慌ててバスルームに向かう。もちろん私を運ぶのはナザニーだ。

 急いで歯を磨いてフェイクコットンの薄い部屋着を脱ぐ。

 バスルームの壁一画は全面が鏡。二度目のため息を吐き、鏡に映った剥き身の私に視線を向ける。

 プラチナグレイのベリイショート、他の素体より僅かに広い額はf071の特徴。

 頰にはまだ情報タブの角の跡が残っている。

 なで肩で可もなく不可もない(と思う)華奢な身体つき。

 そして、薄っすら半透明の軟性素材で内部骨格を包んだ造りものの両脚が見える。

 バッテリーさえ上がらなければ、生身の脚と違わない動作と触覚を保証する最新モデル。

 触ると人肌を返さず、ひんやりと冷たい。



 あの時、なぜケイは私を助けたのだろうか。

 私が失った両脚も、彼女の顔の半分も、全て元のままだったのに。

 四年前のあの日、あのミッション。

〈ジェネクト〉さえ、起動していれば———


〈そう言えば、またシズは寝言を仰っていました〉


 ミストシャワーを浴びている最中に、ナザニーが下から声を掛ける。

 ギョッとした私は黙って次の言葉を待った。


〈「ケイ、もう食べられないよ」と〉


 どんな夢を見ていたんだ私。





 私の呼び名はシズ。

 正式登録名はSYZ3324f071。

 頭のアルファベットから四桁の数字までが個人識別コード。

 残りは二百五十六通りのクローン素体の基本タイプ。


 これは私の元パートナー、KEI9218f087。

 ケイとの話である。





***





 私達はヒトゲノムからサルベージされた「二番目の人類」。


 滅亡した人類の再興と引き換えに異星人の共同体、大銀河文明連帯と取り引きをした。

 それは大銀河全体に及ぶ巨大な脅威、〈彼ら〉こと時空災厄アウターコンティニュームと戦うこと。

〈彼ら〉の体長は数千メートルから数十キロにも及び、生物と呼ぶにはあまりにも巨大。

 また、発生の根源を断つことが不可能なことから「災厄」と呼ばれている。


 私達は過酷な使命と向き合うため、自ら「不死」となった。

 バックアップ記憶とクローン素体を用いた〈ジェネクト〉という仕組みを利用して。


 そして〈彼ら〉と渡り合うための力、拡義体こと「ヴァリオギア」である。

 パイロットと神経接続を介して形状を可変する精神感応合金、通称「可変アロイ」が主要構造材を成す体長およそ十二メートルの「ヒト型の戦闘機」。


 ヴァリオギアの主要武装である巨大な銃槍、通称「ランスガン」。

〈彼ら〉は超重力により任意の時空間を自在に歪めて、核ミサイルやビーム兵器など一切の物理攻撃を無力化する時空歪曲防壁Dフラクチャーを持っている。

 その絶対防御の盾を突破する唯一の対抗手段。解体した〈彼ら〉から造られ、逆位相の時空歪曲現象を発生させ相殺する「生ける槍」。

 超重力圧縮弾グラヴィトンの射出装置を装備し、銃槍となった〈彼ら〉を武具として縦横無尽に扱うための「ヒト型」なのだ。




————————————————————




 航宙揚陸艦トラントサンクの超空間接続ハイパーコネクティヴにより第三〇一航宙域まで運ばれた私達とヴァリオギアは、専用の電磁カタパルトによって次々と真空の宇宙へと放たれる。

 ヴァリオギアは腰部に装備された超重力制御装置Gトロニック、スカート状の推進翼が四つの光輪を生み、まるで旧人類の神話に登場する神々のように飛翔する。


『ボク達のポジションは左翼十八番と十九番、担当は六百メートル級、呼称B』

「攻撃プロトコルはパターンA、ミッション開始は第三航宙時間一二三〇」

『許可兵装はレベル2、遂行指揮は演算思考体ヘリオス3』

「レベル2だもん、ささっと片付けて早くお家に帰ろう、ケイ」

『うん、シズ」


 ケイの言葉数は少ないが、これはおっとりした彼女の性分に寄るもの。

 兵徒訓練校に入学する前からお互いをよく知っている。要するに幼馴染だ。

 ミッドグレイのくるくるの巻き毛、長い前髪がいつも円らな瞳を隠している。私より頭一つ背が高く、胸もお尻もナイスバディ。付き合いが長い割に触らせてくれないが。

 一級兵徒に昇格して三度目のミッション、私達は旧人類で言うベテランの域である。

 特にケイは一級兵徒の中でも突出していて、常に高い射撃スコアと一〇〇%の生還率を誇り、〈ジェネクト〉を使用した経験は一度もない。

 対する私はと言えば、決してスコアは悪くないものの時々ミスをして精々中の上くらい。

〈ジェネクト〉が一度で済んでいたのは偏えにケイのお陰である。

 スコアだけ見れば私がケイの脚を引っ張っていたと言えるが、こと航宙要塞内では彼女に肩を並べる者はそう居らず、結果として誰にもパートナーの座を明け渡さずに済んでいた。

 何より私とケイは「特別」なパートナーだったのだ。


 本ミッションの出撃ヴァリオギアは十五組の三十機と少数。時空災厄こと〈彼ら〉への主要攻撃兵器、超重力圧縮弾の使用制限はレベル2に留まる。

 超重力圧縮弾の過度の使用は私達の時空の安定を損ない、時空の外の存在である〈彼ら〉を呼び込み易くする原因になるためミッション毎に厳しい制限が課されている。


 その日のミッションは容易く片付くはずだった———


 第三〇一航宙域はクラウドスフィアの公転軌道上、後方の正三角形解の平衡点に存在する小惑星群を含む。真空の暗闇におびただしい数の岩の塊が群を成している。

 岩塊と言っても一つ一つが航宙要塞に匹敵するほどの大きさ。物によっては数百キロを超えるちょっとした天体である。

 群と言っても衝突を危ぶまれるほどは密集していないが。


「私達の「エモノ」、目視距離に入った。意外と小さいなあ」

『ボク達の担当、呼称B。シズは不満?』

「いやいや、早く片付くに越したことないよ」


 それぞれが全長一千メートルを下回る三体の〈彼ら〉は秒速一万七千メートル前後を維持し、小惑星の死角を縫うように移動している。

 その様子はまるで私達の出方を窺っているかのよう。半知性体にしてはかなり速い。

 仄かに青白く発光し、無数のチューブ状の身体を持つ〈彼ら〉。しばしば旧人類で言う「蛇の群れ」に喩えられるが、私達が相手をするのは「頭がない蛸」だ。

 水面のように揺らいで見える時空歪曲防壁によって正確な観測が阻まれているが、〈彼ら〉の体表を隙間なく覆う鋭い針状の突起、「攻性プローブ」が確認できる。

 目の前全面を覆う投影視界に、演算思考体ヘリオス3のカウントダウンが割り込んだ。


「5……4……3……2……1………」

『ミッションスタート。シズ、行こう』


 ヴァリオギアの推進翼が生む四つの光輪が眩さを増す。

 私達は超重力制御装置の出力を上げ、徐々に機動速度を上乗せする。

 機体を伝わって聞こえるのは推進翼が奏でる甲高い高周波だ。

 投影視界には、更新され正確さが増した呼称Bの概要の情報窓が浮かび上がる。

 情報窓をチラ見した後、私は牽制を担当するためケイの機体を追い越した。

 私のランスガンと同時にケイのそれもアイコン色が変わる。

 超重力圧縮弾のセーフティ解除の合図だ。


 総勢三十機の私達は三方に別れ、各々が担当する〈彼ら〉を後方から取り巻く。

 包み込むように螺旋を描いて旋回し、先頭のヴァリオギアから順に攻撃を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る