三、十三夜

十五夜に次ぐ名月の夜と伺いました。


折角ならば見逃すまいと、

いそいそと窓際に立ってみたのですけれど、

夜空は生憎の雲模様でございました。


白い鱗がどよどよと、

所によって薄らいだり厚くなったりを繰り返し、

月輪を遮っております。


しかも随分と遠い。


いかな名月であってもこう遠くては

常と変わり映えせぬ小さな丸い光に過ぎません。

残念なことです。


すぐ近くの梢では、

緑の濃い丸葉が茂っております。

これもまた、風情のないこと。


鈴虫やら松虫やらの音色も聞こえますのに、

秋はまだまだ浅いようです。


いいえ。

実際のところ、秋と言えば紅葉と申しますが、

もみじも楓も色づく頃は随分と冷え込んで、

晩秋と呼べば聞こえはいいけれど、殆ど冬支度の気候です。


鏡面の如き湖に映る紅葉などは、

実に美しいと聞き及びますけれど、

とりもなおさず、

水の面をくゆらす魚もおらぬということ。

凍えておるのでしょう。


そう考えれば、まだまだ緑の濃い茂みも

そう悪くはないよう思えます。


頬に当たる風がほの涼しくて心地よい。

長い夜はこのくらいの気温がよいですね。

草ばえの地を彷徨う猫も、震えず気ままに歩けましょう。


ああ、あすこに白い花が。

夏頃には健気に咲いていたのでした。

今はもう、ないようです。


月が朧に浮かんでいます。

ゆうると流れる雲は鱗模様。

草ばえに月の欠片が見えます。


ほら、濃い緑の梢のその下に。

ちらちらと、火の粉のように散っている。

一面に。

甘い薫りの名残りがします。

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