第13話兄の成人

父の期待が、どうして鴉へと移ってしまったのかが幼い貴志には分からなかった。貴志は、父の関心を取り戻すべき努力を重ねた。そして、努力を重ねるなかで理解した。


鴉は、才能がある。


その才能は、貴志にはとどかないものだと。


動き一つとっても、貴志と鴉は全く違った。


鴉に動きは、人間ではなかった。人間の皮をかぶった野鳥のような動きであった。その動きに、貴志は恐れを抱いた。努力しても、鴉はするりと先に行ってしまう。百の努力を貴志がすれば、鴉は三十の努力で先に進む。そうやって差ばかりがつく努力の日々だった。

 

鴉本人を嫌いたくはなかった。

 

嫌いたくなかったが、どうしても疎ましく感じるようになってしまった。

 

だが、そんな日々の中で貴志が暴漢に襲われる事故があった。青年になった貴志は日々のやりきれないうっぷんを酒で解消しようとした。


だが、最中に不良に絡まれたのだ。


夜間に数人の不良に絡まれた貴志は、殴られ蹴られぼこぼこになった。酒に酔ったせいもあって、やり返すことができなかった。そんな貴志を救ったのは、鴉であった。


 鴉は、貴志と暴漢の間にたった。


 そして、暴漢の拳を受け止め、暴漢たちを打ちのめした。


 その時の鴉は、まるで美しい舞をまっているようだった。


 鴉は、あっというまに暴漢たちを倒してしまった。


 その時の観客は、貴志だけだった。


 貴志は、そのとき茫然としていた。


 けれども月光の下で暴漢を打ちのめす鴉は美しくって、ようやく正気に戻った時には鴉が右手を差し出していた。貴志は、その手を頼りに立ち上がる。


「嫌だろ。こんな情けない兄貴」


 貴志は、そう語った。


 鴉は、首を振った。


「いいえ。全然」


 鴉は、笑う。


とても可愛らしい微笑みだった。


守るべき弟の笑みだった。


「私は、兄さまが兄さまで良かったと思います」


 鴉は、兄に肩を貸しながら語っていた。


「兄さまは、誰にも見つけてもらえない私を見つけてくれました。兄さんがいなかったら、今の私はいなかったんです」


 兄への感謝を語る、鴉。


 貴志は、苦笑した。


 鴉は首をかしげる。本当に鴉がには、貴志の気持ちがわかっていないようだった。ああ、そうなのかと貴志は絶望した。憧れられる存在は、憧れている側の人間の気持ちなど分からないものなのだ。


「どうして、笑うんですか?兄さまは、私の一番の憧れなのに」


 その言葉に、貴志は唖然とした。


 貴志の実力は、すでに鴉に追い越されていた。


 なのに、鴉は貴志のことを憧れだと語った。


「兄さま。どうか、自分を誇ってください」


 鴉は、貴志のことを心配そうに見つめた。


「兄さまは、自分を卑下しすぎです。世界で一番すごい人は、兄さまなのに。兄さまは、それが全然わかっていない……」


 膨れる、鴉。


 その表情に、貴志はなぜか少し心が軽くなった。


 まだ鴉が自分の下にいると知って、少しだけ心が軽くなったのであった。

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