第10話鬼の過去

 桔平は大工の三男として生まれた。親の稼ぎはそれなりだったと思うのだが、父は大工と名乗るのが恥ずかしいぐらいの腕の持ち主だった。手が常に震えていたから、大人になってから考えれば父親は酒を飲み過ぎて病をかかえていたのだろう。


 自分の体をダメにするほど酒を飲む父の気持ちは分からなかったし、自分を置いて奉公と名目で逃げ出した兄たちの気持ちの方がよく分かった。みんな、怪物のような父から逃げるのに一生懸命だった。


 母もとっくの昔に逃げ出した。


 残されたのは桔平と幼い妹だった。


 酒におぼれる父の暴力は年々ひどくなるばかりで、桔平はそれから逃げるために妹の手を取った。妹を見捨てるという手段はあったが、それは取りたくないと思った。父の暴力に耐える日々の中で、美しい妹は希望だった。


 いつか妹は、素晴らしい美人になって偉い人のお嫁になる。それで一生幸せに暮らすのだ、と信じて疑わなかった。


父から逃げたあとは、スリや盗みなどの犯罪で妹を食わせていった。まともな職に就こうとしたこともあったが、子供二人が生きていくだけの金を稼ぐのは難しいことだった。そして、自分は妹と離れたくない。そうなれば、兄たちのようにどこかに奉公に出るということもできなかった。第一、父の元から離れてしまっており、奉公先を探してもらえるような伝手もなかった。


自分がおこなっていることがいることが、犯罪だという意識が桔平にはなかった。そうしなければ食えないのだから、仕方がない。そういう考え方をしなければ生き残れなかった。大人になれば、子供の時よりも稼ぐことができた。いつの間にか桔平は、玄人のスリになっていた。


 だが、妹は大人になれなかった。


 流行り病であっけなく死んでしまった。


 苦しみは少なかったと思う。


 あんなに妹に心を砕いたのに、ありったけの金をかき集めて薬を買ったのに、すべてが無駄だった。けれども街には、成長した女の子たちが歩きまわっていた。


それが、許せなかった。


自分の妹は死んでしまったのに、どうして他人が生きているのかが納得できなかった。桔平は、身内が死んで他人が生きているという不条理に我慢ができなかった。


 桔平は、女の子をさらって廃寺に隠した。


 最初は怖い思いをさせるだけのつもりだった。


 けれども――


 けれども――……許せなくなってしまった。


 女の子が生きていたことに、彼は嫉妬したのである。


 桔平は、さらった女の子を殺すようになっていた。

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