第12話 悲しい結末は一度だけでいい

 ラウネは第一師団の詰め所を出て王都を去るハングの背中に向かって、果物ナイフを投げる。顔の横を通ったナイフを指でとらえてから、ハングは振り返った。


「随分野蛮な話しかけ方だね」

「お前への配慮は出会って三日でドブに捨てたからな」

「奇遇だね、私もだ。それで、何の用かな?」


 ハングは果物ナイフを投げ返しながら、首を傾げる。ナイフの柄を掴んで、ラウネは珍しく棘を含まない声で、ハングに言葉を返す。


「仕事に私情を持ち込んでんじゃねえよ」


 ハングは吐息のような、柔らかな笑みをこぼした。


「それは、ちょっと今更過ぎない?」

「うるせえよ」


 ハングは雲一つない空を見上げて、心臓の奥に深く刺さる棘の痛みを感じながら、笑う。その表情はどうやっても、楽しそうには見えなくて、ラウネは目を逸らした。


「悲しい結末は、一度だけでいい」


 呟くハングの頭の中で、三年前に死んだ少女と、彼女を殺した少年の痛そうな顔と、世界の全部に裏切られたような顔で立ち尽くすもう一人の少年が、浮かんで、消える。


 優しく、善良で、不器用なだけの彼らが、もう、何も失わないように。法律が、彼らを引き裂いてしまわないように。


 ハングはそっと目を閉じた。


 ラウネは小さくため息を吐いて、ハングと同じように空を見上げる。青く、綺麗なだけの空が、そこにあった。


「ところで。君、また背が縮んだ?」


 いつの間にか目を開いていたハングが、ラウネの身長を図るように、片手を上げる。


「縮んでねえし、縮む予定もねえよ……!」


 ラウネの口から怒気を含んだ声が絞り出された。


「前会った時も思ったけど、なんだか小さくなったように感じるよ? 背骨とか大丈夫?」

「おかしくなったのはてめえの目の方だろうが!」


 ラウネの口から怒鳴り声が飛び出して、静かな王都で休んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。ハングは「私、視力は良いほうだけれど」と言葉を返しながら、首を傾げる。わざとらしいその仕草に、ラウネのこめかみに青筋が浮かび上がる。


「そもそもなぁ! 俺が小さいんじゃなくて、てめえが無駄にでけえんだよ。平均身長調べて出直せ!」

「君が全体の中で小さいだなんて、一言も言ってないじゃないか。小さいと言っているだけで」

「歯ァ、食いしばれよ。ハング」


 ラウネの拳に力がこめられる。ハングは薄く笑ったまま言葉を返す。


「そうやって何でも力づくで解決しようとするところ、本当に馬鹿っぽいよね」

「腕に自信がねえですってか?」

「へえ? 言ってくれるじゃないか」


 ハングの声が一段階下がる。


「入院しても恨むなよ」

「困りますよ、うちは一人休むと三倍は忙しくなるんですから」


 ラウネの背後から聞こえた声に、ハングは体の力を抜いた。ラウネも部下の前で殴り合いの喧嘩を始めるほど怒っていたわけではないので、殺意を押さえてチーニを振り返る。


「どうした?」

「どうした?って、遅いから迎えに来たんですよ」


 チーニは心底面倒くさそうに答えて、ハングに軽く頭を下げた。


「それじゃあ、また」


 ハングは緩やかな笑みを浮かべて、チーニたちに背を向ける。ラウネは小さくため息を吐いて、チーニと共に第一師団の詰め所へと歩き出した。


「あー、その、悪かったな」


 バツが悪そうに頭の後ろをかくラウネに視線を向け、チーニは小さく笑う。


「いいですよ。お二人が普通に話しているときは大抵ろくでもないことが起きてますから」


 二度瞬きをしたラウネの口から笑い声がふきだす。


「そーかもなあ」


 通り過ぎてきた日々を思い出しながら、吐き出された言葉が空気に溶けていく。冬に近づく冷たい空気を吸い込んで、ラウネは笑った。

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