第3話

「変人って言いますけど、俺は変人ではありません」

「クラスメイトの女の子との幸せな日々を妄想しているのは気持ち悪いと思うんだけど」

「誰だって夢見るでしょ? 宝くじ当たったらどうしようーとか。それと一緒ですよ。あの好きな人と結婚したらどうなるんだろーと考えるのは」

「これをノートとかに書き込んでいたら流石に……と思うけど、そこまではやってないんだよね? 頭の中だけで考えてるんだよね? そうだよね? そうだと言って」


 諭されていたが、それは無理な話だった。

 気怠い授業、特に数学の時間は絶賛妄想タイムだった。

 大好きなアヤノちゃんとの将来設計をやっていたまである。


「自分に嘘はつけません。ごめんなさい」

「はい。もう完全に危ない人認定だよ、キミは」

「あのですねー。俺が思うに、身近に変人ってたくさんいると思うんですよ。例えば、お姉さんとか」

「えっ? わたし? どこがどこが?」


 驚いた声を上げて、お姉さんはウキウキした表情を見せる。


「ほらぁ、変人と呼ばれて嬉しがってる」

「嬉しがってるわけじゃないよ。自分が他人から見たらどんなふうに見えるかって気になるじゃん」

「それはそうですよねー。俺だって、女の子たちがこちらを見てコソコソ話してると気になりますもん。あーやっぱり、モテ期が来ているんだろうなぁーって」


「ポジティブなのか。ネガティブなのか。はっきりした方がいいよ。情緒不安定くん」


「情緒不安定ですみませんね。俺の場合は、ただのカラゲンキですよ。こうしないと、自分の精神を安定できないんです。普通に考えてコソコソ話するってキモいとか言われてるのに決まってるじゃないですか、はい」

「複雑な理由があったんだね」

「そもそもですねー。俺は『変』な部分が目立ちやすいだけなんですよ。一般社会内で、少しだけコミュニケーション能力に劣っていたり、少しだけ遅刻や欠席が多いだけで。はい、俺は普通なんですよ。一般人なんです」


「文化祭当日。クラスメイトたちは必死に催し物をしているのに……キミだけこんな場所にいるのはもう変じゃない? 社会から十分にはみ出てると思うんだけどなぁー」


「正論を突きつけるのが、大人の役目です。しかしですね、ときに正論というのは、純粋無垢な若者の心を折ることを分かってもらいたいと思いますよ」

「高校生と言っても、十年後ぐらいにはバリバリの社会人でしょ? 学校では正しさは教えてもらうけど、社会の常識は教えてもらえないからね」


 お姉さんの眼差しはどこか遠くを見つめていた。

 何か意味深な言い方に、俺はただうっとりと見惚れていた。

 ってか、横顔……すげぇ美人。外国人みたいに彫りが深いし。


「あっそういえば……名前忘れてたね。わたしの名前はねー。Nエヌってことで」

「Nってイニシャルですか。名前でもなんでもないじゃないですか」

「ミドルネームの可能性もあるよ」

「ふ……ふざけてますよね」

「ふざけてなんかはないよ。わたしはいつも真面目だよ」


 漆黒の瞳に見つめられてしまい、言い返すことはできなかった。俺ってさ、美人に弱いんだよ。と言うか、女の子に弱いの。ごめん……本当は人間に弱いんだよなー。目を合わせるのが苦手って言うかさ。視線恐怖症とでも言うのかな。


「じゃあ、俺の名前はCシーでお願いします」

「ミドルネーム? もしくはハンドルネーム? それともコードネーム?」

「お姉さんのパクリですよ。所詮名前なんて現世の呼び名に過ぎないじゃないですか」

「うわぁー厨二臭いね。今のセリフ。名前なんて現世の呼び名に過ぎないじゃないですか(キメ顔で黄昏つつ)」

「わざわざ復唱しないでください。恥ずかしいので」

「恥ずかしいという気持ちは持っていたんだね。キミでも」

「俺だって一応人間ですし。恥ずかしい人生を歩んでますし」

「黒歴史って誰にでもあるもんねー」


 うむうむと頷いたNさんは続けるように訊ねてきた。


「でもその名前って何か意味があるのかな?」

「深い意味はありませんがね。逆にそちらは?」

「わたしだって、深い意味はないよ。特にはね」


 お姉さんが笑う姿を見て、これは絶対に訳有りだと悟った。

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