朱い糸の話

潮風が心地よく頬を撫でた。

海に向かう小さな河川

その両側には綺麗な桜並木が続いている。

毎年この時期には列を成してたくさんの車がゆっくりとその道を花を愛でながら通り過ぎて行く。

一昨日まで冷たく降り続いた雨が、昨晩から暖かい風に流されて、開くのを躊躇していた蕾たちが朝日に照らされて、一斉に彩りを見せた。


雨宮天満宮からこの道までは車で10分ほど、

あの日の帰りに迷い込んだ道から辿り着いた。



あれから一年の月日が過ぎた。



すいませーんお届け物です!


はーい。ご苦労様です。


このお花ここに置いていいですか?


はい大丈夫です。


じゃーここにサインもらえますか?

はいそこです。ありがとうございますー!


宅配便の荷物を優美が受け取った。



深月さんー!

お花が届いてますよ!



綺麗な花だね。

なんていう名前の花なんだろう?



月下美人ねー。

早夜子からだわ。


早夜子は大学時代の友人だ。


緑郎さんそれカウンターの横に飾ろうかな。


わかりました。

優美ちょっと手伝ってくれる?



そう言って優美と一緒に梱包された花をカウンターに運んだ。


いよいよだねー。


と優美が緑郎に言った。


あーいよいよだね……。



あの日偶然入り込んだ道の途中にあった

小さな町の公民館。

そこの二階に近所の人たちだけがあつまる、

小さな小さな喫茶店があった。

喫茶処 「あかいいと」


あんたらがこの喫茶店の最後の客だ……。


一杯一杯ドリップに時間をかけて淹れた珈琲を運びながら年老いたマスターがそう言った。


公民館は今日で閉館して取り壊すらしい。

人の集う場所がこうしてなくなっていく。

マスターは少し寂しそうにそう言った……。


そうして私たちはこの店の最後の珈琲を楽しんだ。酸味が弱く甘く薫るその珈琲は

この日に知り得た沢山の情緒的な心情を穏やかに沈静さていく…。




「Caffe Red string」


どういうわけか

今日その場所に喫茶店を開く事になった。

資金はクラウドファンディングで募り、

緑郎がネットで広告を作成した。



人生とは何が起きるかわからないものだ。

その時出会う人によって自分の行く末も左右される。けれどもその、人との出会い自体生まれた時から決まっている。

その運命と対峙しながらずっと生きて行く。

それが生きていくという『宿命』なのかもしれない。

宿命という名の朱い糸、

運命の様な水の流れ、

たとえ激流に呑まれようとも、

赤い…

紅い…

朱い宿命の糸が人と人とをつなぐ。




赤い糸の語源を調べてみた。

中国の古い書物『太平広記』に記載されている逸話『定婚店』に赤い糸が登場する。


唐の時代の韋固いこという人物が旅の途中、宋城の南の宿場町で不思議な老人と会う。この老人は月光の下、寺の門の前で大きな袋を置いて冥界の書物を読んでいた。

聞くと老人は現世の人々の婚姻を司っており、冥界で婚姻が決まると赤い縄の入った袋を持って現世に向かい、男女の足首に決して切れない縄を結ぶという。この縄が結ばれると、距離や境遇に関わらず必ず二人は結ばれる運命にあるという。



いこ……ね。

生駒みたい(笑)

月光の老人に赤い縄……。


共通するフレーズが多すぎて少し笑えてくる。ただこの話の続きはもっとえげつない。 


韋固いこは老人に運命の人を告げられるが、その女があまりに幼く醜くかったので、人を雇って殺そうとする。

何年かたって上官の娘と縁談が運ぶ。

その娘は額に傷があるのだが、非常に美しく結婚する事になる。

実はその娘は上官の養女で、

その娘は老人に告げられた運命の娘だった。額の傷は韋固いこが人を雇って殺そうとした時に刃物で切られた傷だった。

運命の赤い糸は避けられない。

そういう話だ。





優美ちゃん、緑郎さんなんか私のやりたい事に巻き込んでしまったかな?



なんでですか?!



と微笑みながら緑郎が言った。




水くさいなー深月さん。

私たちの復縁は深月さん無しではありえなかったんですから、もう深月さんにずっとついこうと思ってますよ私は!!




優美ずっとついて行ったら迷惑かもしれないよ。ほど良い距離感でね。



と、緑郎が笑った。



ミツハノメカミ様が憑依して以来、

心なしか優美のテンションが高い気がする。



じゃーオープンの看板だしますよ!!



こうしてまた新しい出会いが始まる。



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やまないあめ 雨月 史 @9490002

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