透明人間のスコアボーダーは見た!

ちびまるフォイ

透明人間の視線の先

「プレイボール!!」


はじまりの合図とともにピッチャーとバッターは睨み合っている。

人間最強のバッターと、人間最強のピッチャーとの一騎打ちの結果を誰もが楽しみにしている。


二人の集中力を乱さないようスコアボードの記録係は透明になっている。観客席もいない。

この歴史的な試合の行く末をきちんと記録しなければならない。


いつどんな変化球がストライクゾーンに入ったのか外れたのか。

バットにかすったのか、打たれたのか、空振りなのか。


そんな繊細な記録が求められるにも関わらず、

この記録係の透明人間はよそ見をしている間に試合は終わってしまった。


「し、しまった!」


観客席から目を戻すと、ときすでに遅し。

白紙のスコアボードと会場から立ち去ろうとしているバッターとピッチャーがいる。


透明人間はバッターを呼び止めてスコアを確認した。


「この試合のスコアを教えてほしい。何球打ったんだい?」


バッターはニヤリと笑って答えた。


「まあ、圧勝だったね。

 あのヘボピッチャーの玉なんざ止まって見えたよ」


「それは本当か? 相手は人間最強のピッチャー。

 そうそうかんたんに打てるはずはないと思うが……」


「お前、スコア記録係なら結果を聞く必要なんて無いだろ?

 嘘かどうかなんてすぐにわかるはずだ。試合を見ていたら、な」


「それは……」


「俺にはわかる。お前、記録をし忘れていたんだろ?

 試合中なにに見とれていたのか知らんが、

 その白紙のスコアボードを出せば間違いなくクビだろうな」


「そのとおりだ! だから本当の点数を教えてくれ!」


「さっき言った通りさ。バッターの俺が圧勝。そういうふうに記録しろ。でないと、ちゃんと記録していなかったことをバラしてやるからな」


透明人間は困ってしまった。

そこでピッチャーにも同じ質問をぶつけることにした。

もうひとりの当事者なら真実を教えてくれるかもしれないと思った。


「ふーーん。試合の結果を知りたい、と」


「教えてほしい」


「ははぁ。さては、よそ見をしていて記録していなかったな?」


「いやそんなことは……」


「バッターは一度も打てなかったよ。ボクの完封勝利さ。口ほどにもないね」


「相手は人間最強のバッターだぞ!?」


「ボクが完封したと記録しろ。でなければお前がちゃんと見ていなかったこと、バラしてやるからな。バラされれば信用はなくなり、記録係としても終わりだ!」


「ううう……」


この世界には悪人しかいないと透明人間は悟った。


試合はどちらの勝利で終わったのか。

バッターが勝ったのなら、圧勝にしろと要求するだろうか。

ピッチャーが勝ったのなら、完封にしろと伝えるだろうか。

実は打たれまくって引き分けだったとか。


バッターが勝ったか、ピッチャーが勝ったか、はたまた引き分けか。


どちらも人間最強という建前上、引き分けだったり辛勝という結果は不名誉になるからこそ圧勝したと言ってくるのだろう。


「ああ、結局どっちが勝ったんだ!」


白紙のままのスコアボードを見つめていた記録係の前に、運悪くスコアボード長が通りかかった。

同じく透明な体だが、透明人間同士は見ることができる。


「お前、バイトのスコアボード記録係じゃないか。ちょうどいい。さっきの試合のスコアボードを出せ」


「そ、それは……」


「なにをためらっている! 早く出せ! この試合の結果を楽しみにしている人間がいるんだぞ!」


スコア長はひったくるように記録係からスコアボードを奪った。

まっさらなスコアボードを見て、透明な体がみるみる赤くなっていく。


「貴様!!! なんだこのスコアボードは!! なめてるのか!!」


「す、すみません!!」


「お前を透明人間にして、こんな貴重な試合に参加させたのも

 すべては選手の注意をそがないようにするためなんだぞ!

 その手間と雇った金を与えたうえで仕事をしないなんて……いいかげんにしろ!!」


「試合から目を離してしまって……」


「もういい! お前はクビだ!! お前は試合以外に何をみる必要があるんだ!!」




「観客席に奥様とは違う女性と、スコアボード長が一緒にいたのを見てしまって……」


スコア長はスコアボード表をビリビリに裂いてから、そっと耳打ちした。



「バッターとピッチャーを呼び戻せ。すぐにもう一度試合をさせるぞ。

 さっきの試合なんてものは存在しなかった。オーケー?」

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