四方山話

よもだ

一期

 ぱき、と自分ではない何かが鳴らした音で気がつく。

 辺りを見回せば、深い緑と薄暗い幹の色。見上げると空がずいぶん高く見えた。

 かなり深い森のようだ。遠くの方で生き物の気配と、枯れ枝なんかを踏んで歩いていく音が続いている。

 視線を前に戻すと赤毛の狐がいた。

 彼はこちらを一瞥すると奥へと歩き出した。ついて来いと言わんばかりの態度につい一歩踏み出す。ぐじゅ、という水気を含んだ音が耳に届き、足元を見た。ぬかるみに片足を突っ込んだようで、真っ白だったスニーカーは縁が泥で汚れてしまっている。どうも前日は雨だったらしい。そこかしこに小さな水たまりが見えた。

 ポケットに入っていたハンカチで拭おうかとも思ったが、この様子ではきりが無いだろうと取り出したハンカチをまた仕舞った。

 こゃん、と控えめな鳴き声がして赤毛の狐の存在を思い出す。見れば、少し先の所で立ち止まりこちらを見つめていた。慌てて歩き出すと、またどんどんと奥の方へ進んでいった。

 後姿を見失わないようにと必死になっていたが、どうやら一本道のようだ。段々と余裕が出てきたのか、他にどんな生き物がいるのかが気になってきた。

 置いて行かれないように注意しながらも耳を澄ませる。生き物の気配はある。動き回る音もする。しかし、鳴き声と呼べるものは先程の狐の声だけであった。

 小鳥の囀り一つ聞こえない事に不気味さを感じつつ十分ほど歩いていると、開けた場所に出た。その真ん中には赤く丸い実をつけている木があった。

 近寄ってみると、自分と同じくらいか、それより少し高かった。

 一つ食べる為に摘んだお椀のような形の実をみて、イチイの木だと分かった。ほんのりとした甘さが舌の上でころころと踊る。そうだ、ジャムを作る為にこの木の実を取りに来たのだった。

 かごいっぱいに赤色が詰め込まれたころにふと見回すと、あの赤毛の狐はいつの間にか姿を消していた。

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