第7話 協力不可避な設定

 私が思わず口走った言葉に、未だに結界に顔を押し付けたまま動かないチビ以外の四人が訳が分からないとでも言いたげな顔できょとんとしている。

 だがこの部屋で私のタブレットを使って修行をするというのなら、どうしてもこれは理解してもらわないと困るのだ。


「私が住んでるこの国は基本的に家の中では靴を履かない生活様式なの。家の中に入るときに、玄関で外履き用の靴を脱ぐようにしてるのよ。今私が履いてるのは室内専用の物だから」


 そう言って自分が履いているスリッパを指差す。

 すると四人は、揃って目を大きく見開いた。


「だからこの部屋にいる間は、今履いてる外履き用のやつはちゃんと脱いでほしいんだけど」


 だが私がそう言うと、ジジイはあからさまに面倒だと言う顔をし、他の三人は困惑した様子で顔を見合わせた。

 因みに身動き一つせず無反応のチビは放置だ。


「あの、そうは言われましても、俺達はこちらの世界にいる間は服やブーツを脱いだりすることが出来ないのですが…」

「どういうこと…?」


 何だそれは? 今度はどういう理由だ?


「儂らの世界に関わるものをこの世界に残す訳にはいかぬからな。それはブーツに付着した土も同様。どれだけブーツが汚れていようとも、それらの汚れがこの床に付着することはない」

「…あんた達の服やブーツがどれだけ汚れていても、それでこの世界のものを汚すことはないと? ブーツが埃まみれでも、その埃はブーツに密着したままでそれ以外に付着することはないってこと?」

「その通りだ」


 いや、そうは言われてもね、いくらそれで部屋が汚れることはないと言われても、心情的に土足で上がり込まれるのは嫌なんだけど。

 でも脱げない仕組みになってるんだったら、それはどうしようもないんだよな…。


「仮に怪我をして血を流したままの状態でこちらの世界へ来たとしても、その血でこの世界のものが汚れることはない。この世界にいる間は、どれだけ新しい傷だろうとそれ以上身体の中から流れ出すことはないからな」

「そんな状態でこちらに来るのはやめて! 見た目的に心臓に悪いわっ!!」


 来る時はちゃんと治療してからにしてくれ。

 血が流れたままで修行するとかシュール過ぎる。


「それで汚れることはないと言うておるのにうるさい娘だな」

「師匠、俺もそんな状態で修行するのはどうかと思いますが…」


 剣士が呆れてジジイを窘める。

 本当、汚れなければいいって問題じゃないよな。


「取り敢えずそれは分かった…。納得したくないことはそれなりにあるけど、これじゃいつまで経っても話が終わらないし、だから他のことも色々私から聞いてもいい?」

「はい、どうぞ」


 兎に角思い付いた質問を片っ端からしていくか。

 話がずれたから、何を聞こうとしたかちょっと分かんなくなった。

 いや、ずらしたのは私なんだけど。


「今更他のところには行けないとか言ってたけど、それは最初にアプリを開いた相手のところ以外には行けない設定にでもなってたの?」

「はい、だからこちらの場所をお借りするしかないんです」

「そう…。じゃあ、こちらの世界では限られた範囲でしか行動出来ないっていうのは? やっぱり私以外のこの世界の人達に、あんた達の存在は知られない方がいいのかしら?」

「それもありますけど…」


 ん? 何か歯切れ悪いな?


「アイル…、そこのバカのことなんですけど、そうでもしないとそのバカは修行を放って好奇心の赴くままにあちこち出歩いては迷子になりそうなので…」

「迷惑な奴だな」

「はい」


 私以外には知られない方がいいのに外を出歩いたりしたら、絶対大騒ぎになるというか面倒なことになるよな。


「それに、俺達の言葉が通じるのはお姉さんだけですしね」


 うん、どういうことだ?


「俺達の言葉がお姉さんに通じるのは魔法を使ってるからなんですよ。そうじゃなきゃ会話が成立しませんからね」

「そうなの? じゃあ、この世界であんた達の言葉が分かるのは私だけってこと?」

「そうです」


 ふーん、そうなのか。

 だったらちょっと試しにテレビでもつけてみるか。


「うおっ!?」


 あ、やっぱり驚いた。

 でもびっくりしたのは分かるけど、そこまで警戒しなくてもよくないか?

 剣士よ、頼むから剣を抜こうとするのはやめて。


「板の中に突然人が!?」

「別に危険な物じゃないから落ち着いて。この人達が使ってる言葉は私と一緒なんだけど、何て話してるか分かる?」


 無言でブンブンと首を横に振られた。

 どうやらこの様子だと本当に言葉が通じてないみたいだな。

 さて、取り敢えずテレビは消しとくか。


「消えた…!?」


 あ、消しても驚くのか。

 まあ、そりゃそうだろうな。


「落ち着けテッド、取り敢えず剣から手を離せ。それ以前に、この世界にいる間は剣も抜けないってこと忘れたのか?」

「…そうだったな。しかし、危険はないといってもあれは一体…」


 神官よ、あんたも人のこと言えるほど落ち着いてはいないぞ。

 明らかに動揺してるし。

 まあ、剣士よりもマシではあるが。


 しかしなあ、テレビがどんなものかこいつらに分かるように説明するとなると大変そうな気がする。

 下手したらテレビ以外の、この世界では当たり前な科学技術とかに関する詳細な説明を求められる羽目になるんじゃないか? 

 うん、面倒だからそれはスルーしよう。


「ねえ、そういえばあんた達の話だと、あんた達が修行している間は私はこのタブレットを使えないみたいに聞こえたんだけど、それってどういうこと?」

「それはもう言いましたっけ?」

「例え話としてあんた達がそのジジイの家に居候して修行する場合、その間ジジイは自分の家の物を一切使えないみたいなこと話してたでしょ?」

「ああ、そうでしたね。師匠に状況を理解してもらう為にそう言ったんでした」


 そう、だからもしかしたらって気になってたんだけどね。

 どうやら本当に使えなそうなんだけど…。


「まあこやつらの修行が終わるまでは、そのアプリとやらを閉じることは出来ぬようにしておるからの」

「…はあ!?」


 ちょっと待て、それはどういうことだ?

 アプリを閉じれないって…、あれ? 本当に閉じようとしても閉じない……。

 だったら今度は電源を落としてみるか、って…、あれ? 嘘でしょ、全然落ちない……。


「ちょっと待ってよ! 何これ!? 何でそんなことになってるの!?」


 こいつらが修行してる間は使えないってそういうことなの!?

 何でそんなことにしたの!?

 それに、これって最初から協力せざるを得ない状態になってたんじゃないのよ!


 いや、もう本当に有り得ないんだけど。

 巻き込まれただけでも迷惑なんだから、更に迷惑なことするのはやめてくれ!

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