第45話 合宿2日目 ~夕方

「遙香ちゃんがどうしたの?」

 状況を知らないしおつが尋ねる。


「遙香ちゃんは私達がいた21世紀の日本にはいないんだよね。それでも川崎はこのままにしておくの?」

 この知佳すざきの台詞はしおつへの説明と俺への質問双方を兼ねているんだな。

 そう思いつつ俺は答える。

「遙香には向こうの世界の俺がいるから問題無い」


「問題あるのはこっちの孝昭でしょ、違う?」

 知佳すざきの言いたい事は何となくわかっている。

 でもわかっていてもどうしようもない事はあるのだ。

 

「元の世界に戻るだけだ。今まで何とかなったしこれからも何とかならない筈はない」

「本当に孝昭、それでいいの」

 そう言われても困る。

 言いたい事はわかるけれど。


「遙香は気づかないまま世界は元に戻る。それでいい」

 それしかないだろうと俺は思っている。

 遙香はあくまで向こうの世界の遙香なのだ。

 だから俺の妙な感傷に巻き込むことはない。


「もう一度効くけれど本当にそれでいいの、孝昭は」

「ああ。元々こっちの世界の遙香はもういないんだ。いい夢を見た。そう思うことにする」

「本当にそう思える」

「思う事にする」


 そう、きっといい夢を見たんだ、俺は。

 世界がまた元に戻った後、俺はこの夏を思い出すのだろう。

 懐かしい夢を見たと。

 そんな夢を抱いたまま俺はまた元の生活に戻るのだ、きっと。

 この学校もなくなって元の地元公立校に戻るのかもしれない。


 俺は3ヶ月もいなかったあの地元の高校を思い出す。

 俺が地元を嫌っているだけで、あそこも決して悪い場所ではないだろう。

 内海と森川さんは相変わらずどつき漫才をしているのだろうか。

 西場さんは疲れていないだろうか。

 小川は元気だろうか。

   

「でも本当にそう出来るかな」

 ふとしおつがそんな事を言う。


「どういう意味だ?」

「遙香ちゃんは孝昭の事が大好きなの。それは見ているだけの私でもわかるくらいに。だからきっと遙香ちゃんは気づくと思う。孝昭がどんな事を思っているか、考えているか。だから遙香ちゃんがこのままでは終わらせないと思う、きっと」


 このままでは終わらせないか。

 でもそれでどうなるのだろう。

 どうもなりはしないと思うのだ。

 でも注意だけはしておこう。


「だからと言って遙香には言わないでくれ、この事は」

「私は言わない。でも言わなくても絶対に気づくと思う。遙香ちゃんなりに何か考えていると思う。こっちの孝昭の事も、間違いなく」


 でも俺としては何も出来る事は無いと思うのだ、やっぱり。


 それにしても大分暗い雰囲気になってしまった。

 ちょっと気分を変えよう。


「休憩終わり。ちょっと泳いでくる」

「わかったわ。こっちはもう少し休憩してるから」

 俺は知佳すざきしおつと別れ海の方へ。


 ◇◇◇


 この辺は太陽が海に沈む。

 そしてこの寺はちょっと高い場所にあるので境内から海が見える。

 人家もちょい離れているので色々迷惑にもなりにくい。

 魔法で完全な草取り&虫対策をした後なので外で食べても蚊の心配は無い。

 だから折りたたみテーブルを出して外で夕日を見ながら立食パーティ。

 紙皿におにぎりとか鶏唐揚げとかを載せて食べつつ夕日を見る。

 暗くなったらそのまま花火大会というスケジュールだ。


 だが俺は昼間ずっと海にいたせいでお疲れ状態。

 縁側に座ったままおにぎりと唐揚げをいただく。


「どうした孝昭、こんな処で黄昏れてて」

「ただ疲れただけですよ。昼間遊びすぎましたからね」

「若くないな」

「何とでも」

 泳ぎすぎの他、日焼けが結構体力を奪っていたりもする。

 一応Tシャツを着ていたのだけれど焼け石に水状態だったようだ。

 治療回復魔法をかけたおかげで痛みこそ無いけれど。


「それにしても今は遙香と一緒じゃないんだな」

「そんな常に一緒って訳ではないですよ。遙香にも普通に友達はいますし」

「でも夕日って恋人と見るものじゃないのか」

「遙香は妹ですよ」

「妹分だろ、正確には」

「まあそうですけれど」

 確か茜先輩には遙香の事を説明した事はなかった気がする。

 でも今の台詞からするとどうも知っているようだ。


「この休みで緑は自分に会いに行っているらしい」

 不意に茜先輩が俺の予想しなかった台詞を言う。

 緑先輩が、自分に会いに?


「どういう事ですか?」

「緑は水瓶座時代側の学校にはいない。それは知っているだろう」

「ええ」

 前に聞いた。

 だから向こうの世界単独の事を直接緑先輩が知る事は出来ないとも。


「世界がまた元に戻る前に一度向き合ってくるんだとさ。無論緑は向こうの世界に行くことは出来ない。学校そのものは21世紀日本の中に別世界として存在しているからな。それに向こうの世界にはもう緑はいない。どういう状態なのかは知らないが、緑自身は『壊れた』って言っていた。

 私は緑のその辺の事情は知らない。私が知っているのは中学2年以降の緑だけだし、何か緑にあったのはそれ以前の事らしいからな。

 ただ緑は私が出かける前に言っていたな。ちょうどいい機会だったって。この休みの事なのか、この事案全体についてなのかはわからないけれどな」


 ちょうどいい機会だったか。

 それは俺にとってもそうだったかもしれない。

 世界が接近したおかげで遙香の事を思い出す事が出来たから。

 そういう意味では悪くなかったな、このまま終わっても。

 そう思うことにしよう。

 俺の公式見解として。

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