第43話 無料の代償

 ただで借りたからにはそれなりにやるべき事がある。

 たとえば寺の掃除、境内の草むしり。

 だが一般人なら大変な事でも魔法使いにとってはそうでもない場合も多い。

 たとえば掃除の場合はこんな感じだ。


「とりあえず部屋の窓もふすまも全部開けて。本堂も全部よ」

 6年生の朱莉さんの指示でとにかく全てを開け放った後。

 朱莉さん、茜先輩、知佳すざきさんを除いて全員外に出る。


「出来るだけ建物から離れておけよ。埃をかぶるぞ」

 中から茜先輩がそんな警告。

 これからするのは魔法を使った大掃除だ。

 湿気た部分は魔法で乾燥させ、ゴミは魔法で焼却。

 最後に風魔法をガンガンに使って埃やちりを室内から追い出すというもの。


 掃除機なんてレベルではない風の威力で全面拭き掃除並にきれいになる。

 その威力は学校でも部室代わりの実験室を掃除した時に確認済みだ。

 術者が気を抜くと強風で備品ごと飛んだりもするけれど。


 さて、それじゃ俺達は草むしりでもするか。

 勿論実際に手で草をむしる訳では無い。

 魔法使いなりの方法論が勿論ある。


「アスファルトや墓石の一部は熱で溶けるから注意しろ」

 清水谷教官からそんな注意が飛ぶ。

 確かにアスファルトは油だから溶けるが何故墓石が?


「墓石は石なのに溶けるんですか」

「文字の場所、石粉入りのプラスチックで作っているものが多いからな」

「何でそんな物があるのかな」

「石を彫って文字を刻むよりプラ加工の方が楽だし安い」

 なるほど。

 そんな注意の後、全員で境内や墓地を歩き回って草退治。

 方法は簡単、ただ高熱魔法を範囲指定でかけるだけだ。

 ただ燃える以上の高温で草も一瞬で灰や塵と化す。

 この程度の熱魔法ならこの学校の生徒ならだいたい全員が使用可能だ。


 これを二十数人でやると10分少々で見える場所の草は全滅。

 若干気温が上がった分は寒冷系の魔法の後がけでカバーだ。

 なおこの処理をすると蚊も一気にいなくなる。

 蚊が潜む草むら等が無くなった上、飛んでいる蚊も寒冷魔法で死滅するから。


「これで住職も満足してくれるだろう。管理する無住寺が多くてなかなか手が回らないと言っていたからな」

「清水谷教官のお知り合いなんですか」

 そういえばそんな事を聞いたような気もするなと思う。

 

「叔父だ。今はここを含め4つの寺を管理している。1人じゃ自分の寺の維持管理がやっとで、他の草刈りや建物維持は業者に頼まないとやっていけない。宗教法人が無税じゃなきゃとっくに破産コースだと言っていた」


 そうなのか。

「宗教団体は無税だから儲かると聞いた事もありますけれどね」


「ありゃ都会とその近郊だけの霊園経営が上手くいっている場所だけの話だ。田舎じゃ檀家も減っていく一方だし建物もどんどん古びていく。かかる金だけ増えて収入は減る一方だ。叔父も高校の教員やりながらの兼業でなんとかやっている感じだった。だから余計に手も回らない。この寺だっていまこそ無住寺だが、江戸時代からあったそこそこ由緒ある寺なんだが。

 多分この寺も叔父の代で終わりだろう。私の従兄弟は継ぐ気は無いと言っていたからな。でもまあ、これもまた仕方ないのかもしれない」


「仕方ないですか。寂しい言葉ですね」


「かもな。でも本当はそれだけじゃない筈なんだ。

 この寺だって400年ちょいの間、寂しいばかりじゃなかった筈だ。ここの浜が漁業で栄えている時代もあった。私が小さい頃はここに幼稚園があったりもしたしな。それなりに賑やかな時代も多かった筈だ。そういう意味では充分役割を果たして、そして終えつつあるというところだな。寂しいなんてのは今だけを見ている私達の感想でしかない」


 確かに長い目で見たらそうかもしれない。俺は今しか見ていないけれど。

「見るべき程の事をば見つ、ですか」

 

「ああ。それでも感慨深いものはあるけれどな。祭もやらなくなったしラジオ体操をする子供も集まる程にはもうこの辺にはいない。この合宿がこの寺の最後の賑わいという可能性もある。だから寂しいなんて言葉は使いたくない。この合宿では楽しく使ってやらないとな」


 寂しいなんて言葉は使いたくない、か。

 俺もいつかこの合宿の事を思い出す事があるのだろうか。

 遙香と再会したこの夏の事を思い出す事があるのだろうか。

 その時に感じるのは寂しいだろうか。

 それとも……


「あ、お兄、こんな処にいた!」

 遙香が飛んできた。


「何だ、遙香?」

「お兄今日の夕食当番だよね。そろそろはじめるからって彩先輩が探していたよ」

 おっと、もうそんな時間か。


「わかった。行ってくる」

「あと昼のアイスは3個貰っておくね」

 あの高いアイスだな。

「もうお金を入れてあるから問題無い」

「わかった」


 俺は集会所の建物へ。

 掃除後だが風魔法でほこり関係を全て外へ飛ばしてしまったからか、空気はすっきりしている。

 台所へ行ってみると4人で野菜の皮むきがはじまっていた。


「悪い。俺もすぐやるから」

「川崎大丈夫? 何か朝からちょっと心ここにあらずという感じだけれど」

 しおつにそんな事を言われる。

 どうやら今の俺はそう見えているらしい。

 それはまずいな。


「何でもない。それより俺も参戦すればいいか、ジャガイモの皮むきに」

「ピーラーがもう無いけれど大丈夫」

「家では包丁でむいているから問題無い」

 ならそこに菜切り包丁があるわ」

 俺も皮むき作業に加わる。


 ジャガイモをむいたりタマネギを刻んだりしながら話もする。

「遙香ちゃんって川崎の妹なんだよね」

 そんな質問がごく自然に、という感じでしおつから出る。

 実際は自然にというよりは自然を装ったって感じだった。

 しおつの手が止まっていたし。


「妹みたいなもの、というのが正しいかな。厳密には従姉妹だけれどさ。家が近いし共働きだしでほぼ一緒に育ったから」


 知佳すざきが言った台詞が頭の中で響く。

『彩、川崎の事が好きなのよ』


 でも俺は遙香以外とそういう関係になる事を想像した事は無い。

 もっと言うと遙香とも今まで通り一緒にいる以外の関係を考えた事がない。

 いや、今のは向こうの世界の俺の考えだな。

 遙香がいなくなった後、そういう事を考えた事が無いというべきだろう。

 こっちの俺としては。


「でも茜先輩とも仲がいいよね。けっこう遙香が気にしているよ」

 これはしおつではなく3年、遙香と同じクラスの凛ちゃんこと浅野さん。


「この研究会に俺を引っ張り込んだのは茜先輩だし、出身も近いからさ。話題もわりと共通するから話しやすいというのもあるし」

 これは向こうの世界の俺の答えだよな。

 こっちの俺は『この学校に来ることが出来たのは茜先輩達のおかげだから』とでもなるのだろう。

 この辺既にかなり向こうの世界の知識と記憶が侵食しているようだ。

  

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