第37話 何となくのネタばらし

「でも俺には遙香がいるだろ。それはしおつ知佳すざきも知っている筈だけれど」

「でも遙香ちゃんは孝昭の妹だよね。妹と仲がいいのはいいけれど恋人というのとは違うんじゃない」

 そう言えば説明していなかったなと思い出す。


「遙香は妹じゃなくて従姉妹だ。家も隣だし一緒に育ったようなものだけれど」

「えっ、そうだっけ。聞いてない」

 思い切り驚かれる。


「説明してなかったっけか」

「聞いていないよそれ。私も多分彩も」

 何か悪い事したなと思ってしまう。

 

「でも研究会を作るときも孝昭にやってもらったし、最初の魔獣の時も彩は孝昭に庇って貰ったって言っていたし、次の魔獣の時も孝昭からメッセージ貰ったおかげで少し安心できたって喜んでいたし。それに今回の戦いでも彩、孝昭に助けて貰ったんでしょ。逃げ遅れたと思った瞬間、孝昭に手をひっぱられて柱の影にぎゅっと庇われたって言っていたよ。孝昭も彩の事、結構気にしているんじゃない?」


 その理由は実はわかっている。

「ごめん。それは俺のせいだ。更に言うとどっちも遙香絡み。研究会については、向こうの世界と同じ研究会を作れば遙香とまた会えるんじゃないかと思ったからだ。魔獣の件は前にその場にいなくて助けられなかった女の子がいてさ。だから危険だと思うととっさに手を伸ばしてしまうんだ」

「その女の子って、遙香ちゃんの事?」

「ああ」

「でも遙香ちゃん、無事だったんだよね。今は学校にいるし」


 ふと俺は気づく。

 知佳すざきの台詞、実は矛盾している。

 研究会を作った世界には遙香はいない筈なのだ。

 その辺知佳すざきはどう考えているのだろう。


 更に考えると遙香の事をここまで言わなかった方が良かったかもしれない。

 単に従姉妹だと説明するだけで充分だ。

 でも俺や先輩達以外の生徒は今の状態をどうとらえているのだろう。

 

 この先どうなるのだろうか。

 そういう不安があったからかもしれない。

 だから俺はつい知佳すざきに言ってしまう。

「この学校にいるのは、俺がいたのと違う世界で生きていた遙香だ」

 

 知佳すざきは一瞬はっとした顔をする。

 そしてそのまま無言で考え込む。

 どうやら今までその辺あまり考えていなかったようだ。

 座っている石の温度が結構上がって、また魔法で冷やした頃。


「向こうの世界と私がいた世界、どっちにも同じ人がいて当然だと思ってた」

 ぽつりという感じで知佳すざきがそう口にする。


「それじゃ私が話している孝昭はどっちなの?」

「俺は魔法が無い世界の記憶が主体だ。でもそれは魔法が無い世界の記憶が主体の知佳すざきに話しているからそう認識されるだけであって、同時に魔法が元々あった世界の俺も同じ世界の知佳すざきに同じように話しているのかもしれない」


「その辺はややこしくなるからパス」

 確かにそれが正解なのかもしれないな。

 俺は感じる。

 違う世界の俺を俺は理解出来ない。

 記憶もあるし行動もほぼ同じ筈なのだけれども。


「でもそれだと遙香ちゃんはどうする訳。世界がまた別れたらもう、遙香ちゃんはいないんだよね」

 その通りだ。

 でも俺はその質問に答えることは出来ない。

 考えないようにしていたから。

 考えたくないから。


「遙香ちゃんは気づいているの? 今の孝昭が元いた世界に自分がいない事」

 あえて“死んだ”という表現を使わないのがありがたい。

「ああ。この前秩父まで行った時に気づいたようだ」

「そっか」

 知佳すざきは小さくため息をついた。

「思ったより数段面倒な状態だった訳ね」


「悪いな、その辺秘密にしていて」

「孝昭が悪い訳じゃない」

 まあそうなんだけれどな。


「でもここがこのままって事は無いよね、きっと」

 確かにそれは知佳すざきの言うとおりだ。

 だから俺は頷く。


「2つの世界が一緒になるという終わりは多分無い。それもわかっているよね」

 俺は頷く。

 わかっている。

 今の此処は魔王を倒す為の知識を入手する目的で出来た一時的な状態だ。

 目的が達成されればまた元の世界に戻るだろう。

 俺は遙香のいない世界へと。


 そうしたらどうなるのか。

 簡単だ。

 此処へ来るまでと同じ状態に戻るだけ。

 魔法が無くなればこの学校も俺の世界からはなくなるかもしれない。

 茜先輩や綠先輩ともそれきりになるだろう。

 俺はまたあの田舎に戻る訳だ。

 まああの高校、通ってみればそれほど悪い場所でもなかった。

 内海と森川さんはもうくっついているだろうか。

 西場さんが相変わらず苦労しているだろうか。


「いずれにせよ、このまま終わる訳にはいかないよね」

 えっ。

 何か知佳すざきが妙な事を言った気がする。

「どういう事だ」


「その辺は孝昭にはまだ内緒かな。こういう事は茜先輩と相談するのが一番早いよね。清水谷教官は割とノリがいいから多分賛成してくれるし協力もしてくれると。咲良やながわ先輩はその後で話せばまず問題無い。よし、決めた!」

 何だろう。

 何か知佳すざきさんは1人で頷いてそして立ち上がる。


「孝昭、とりあえず夏休み最初の週は空けといてね。あと遙香ちゃんにも空けておくように言っておいて。いいわね」

「わかったけれど何でだ」

 何がどうなってどう夏休みにつながるのか、俺にはよくわからない。


「それはこれから決めるのよ。それじゃ善は急げという事で失礼。今日はありがとうね!」

 良くわからないまま知佳すざきは立ち上がって校舎の方へ。

 何をする気なのだろう。

 俺は取り残されたまま考える。

 蝉の声が急に煩く感じられた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る