第3話 偵察のつもりが……

 放課後。

 この学校は中学と違って全員部活なんて制度は無い。

 終わりのホームルームなんてものもない。

 掃除当番以外はさっさと帰っていいという規則だ。

 高校は皆こういうものなのだろうか。

 いずれにせよ自由なのはいいことだ。


「さらばだ諸君」

 ダッシュで帰る内海達3人組。

 理由は簡単、奴らの家へ帰るバス便が少ないせいだ。

 1本乗り過ごせば1時間は待つと言っていた。

 最寄りの本屋が潰れてしまった今、時間を潰せる場所はほとんどない。

 だからバス通学、電車通学の連中は皆さんダッシュで帰る。


 さて、俺は自転車通学だし歩いても帰れる距離。

 しかし本日はちょっと行きたい処がある。

 魔法研究会の偵察だ。


 ポスターによると活動場所は物理化学実験準備室Ⅰ。

 魔法の研究に物理化学実験準備室を使うとはなかなか皮肉がきいていていい。

 それとも単に他の部屋をキープできなかっただけなのだろうか。

 そんな事を思いながら渡り廊下を通って一般教室棟から特殊教室棟へ。


 物理化学実験準備室Ⅰは1階の西端だ。

 とりあえず扉から様子をうかがおうと近づいたところ……

「やあ、いらっしゃい」

 いきなり扉が開かれ、女子1名とご対面。

 顔が近くて思わず焦る。


「まあどうぞ」

 向こうは平然と俺を引っ張って中へ。

 中は他におとなしそうな女子1人。

 つまり女子2人で活動しているようだ。

 そのまま椅子に座らされる。


「とりあえずお茶でも」

 理科系実験室だから器はビーカーかと思ったら、普通のカップで出てきた。

 それも野いちごらしき絵柄の可愛いカップだ。

 銘柄なんてわからないが紅茶のいい香りがした。

「ありがとうございます」


 俺を引っ張り込んだ方は黒色長髪で座っている方はボブカット小柄。

 おそらくどっちも先輩だろう。

 かわいい系ときれい系どっちかと言うと、どっちもきれい系の顔だ。

 別にだからといって何かがある訳ではないけれど。


「さて、この同好会の説明をしておこう」

 黒髪長髪の方の女子が口を開く。


「私は二宮茜、2年だ。もう一つの記憶があって、この程度の事は出来る」

 右手を前に出し、手のひらを上に向けて広げる。

 手のひらの上にふっと炎があがった。

 燐を使った手品では無い。

 他人が魔法を使うのを初めて見たが、ちゃんと魔力を感じるのだ。


「久間緑。2年。同じく記憶あり」

「緑は簡単な予知が出来る。君が来る事も実は予知していたんだ。川崎孝昭君」


 ちょっと待て。

 俺はまだ二人に自己紹介をしていない。

 名札をつけているわけでも鞄に名前が書いている訳でも無い。

 つまりそれがそういう事だろう。

「能力というか魔法なんですね」

 久間先輩は頷いた。


「さて、活動開始と行こう。緑の予知では3人で活動と出ていたからね。待っていてもこれ以上部員は来ない。

 さて、まず我々がやるべき事は勉強会だ」


 えっ?

 違和感ありありな言葉が出てきた。


「魔法の勉強ですか」


 本当はその前に俺が入るかどうかの検討が入る筈。

 なのだが意外さでその辺がすっ飛んでしまった。


「いや、授業でやるところの勉強だ」


 何故そうなるのだ。


「これも緑の予知なのだが、6月終わりに試験がある予定だ。それも全国一斉、高校生と中学生全員を対象にした。この試験の対策だ」


 それが何の関係があるのだろう。

 意味がわからない。


「何故魔法研究会がその対策をするんですか?」


 二宮先輩がにやりと笑う。

 にこりではなくにやりと。

 だが美人がやるとそんな表情でも結構効果的なのだろう。

 俺は別に気にならないけれど。


「表向きは全国中高生の学力調査だが本当は違う。新たに出来る魔法学校の選抜試験だ。ここに入校すれば東京大学へほぼ合格率100%の推薦試験で入学出来るほか、大学院卒業まで返還の必要が無い奨学金を確保出来るらしい。進路は院卒業まで決まってしまうらしいがね。

 どうだ、なかなか美味しい話だろう」


 俺は頷く。

 確かに美味しい話だ。

 俺の学力とこの学校の進学実績だと東大に行くのにはまず無理。

 しかもここを離れる事が出来る。

 あまり好きでは無いこの地元を。


「ちなみに選抜はいわゆる5教科、その中に魔法を使えなければ解けない問題も含まれているそうだ。実はどんな問題が出るのか、範囲も含めて緑が予知している。

 そんな訳でまずはその勉強会という訳だ。異議あるか」


「ありません」


 あっさりそう言ってしまった。

 つまりこの研究会へ入る事を認めてしまった訳だ。

 言ってから気づいたがもう遅い。

 どっちにしろ入る気にはなっていたのだけれども。


「さて、それでは勉強体制に入る前に約束事をひとつ。私と緑は名前で呼び合っている。だから孝昭の事も名前で呼ぶし、孝昭も私達を茜、緑という名前の方で呼ぶように。呼びにくかったら先輩をつけてもいい。茜先輩というようにな。ただ必ず名字の方で無く名前の方で呼んでくれ。いいな」


 女子のことを名前で呼べか。

 なかなか難しい話だ。

 何せ俺はぼっち歴が長かったから。

 でもこの研究会の意義は認めている。

 だからここは妥協しよう。


「わかりました。茜先輩、緑先輩」


 そう呼んだ時、ふと心の何処かがチクリと痛んだような気がした。

 理由はわからない。

 一瞬だったから気のせいかもしれない。

 いやきっとそうだろう。


「よろしい。それじゃこれが範囲だ。問題集を買うのはもったいないから進路指導室から適当なものを借りてくればいい」


 茜先輩の台詞にあわせて緑先輩が1枚紙を渡してくれた。

 紙には五科目の試験範囲がメモされている。


「そんな訳で本日から6月15日土曜日目指して勉強会だ。息抜きに魔法の練習もするけれどな。それじゃ参考書や問題集を借りに進路指導室へ行こう。私が付き合う」


 そんな感じで俺はなし崩し的に魔法研究会という名前の放課後勉強会に強制参加となってしまったのだった。

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