第2話 4月のある朝に

 流石に地元公立とは言え中学よりはかなりましだった。

 ヤンキー臭いのも少しだがやっぱりいる。

 地元志向もかなり強い。

 それでも話せる相手が中学と違って存在しているだけかなりマシ。

 勉強していても変わり者扱いされないし。


 この俺ですら休み時間にまわりの連中と話をしたりする位だ。

 小学校6年くらいからずっと孤立していたからな。

 そういう意味でも高校に入って大分マシになったと思う。


「そう言えば何か最近、魔法が使えるとか他の世界の記憶があるとかいう話があるよな。あれって本当にあるのだろうか」

 1時間目が始まる前の時間。

 前の席の小川がそんな事を言った。


「自分の事で無いからわからないな」

 俺はとりあえず肯定も否定もせず様子を伺う。


「新聞にも載っていたしニュースでもそんな話が出ているけれど嘘くさいよなあれ。他の世界と混じっているなんて話もあるけれど何か変化が見える訳でもないし」

 小川は否定派のようだ


「でも魔法があって使えるならそれも面白いでおじゃる」

 これは斜め右前の内海の台詞。

 なお語尾で遊ぶのは内海の癖というか冗談みたいなものだ。

 でもこの台詞にのってはいけない。


「ニュースでは人間の記憶や思考の方が物に比べて変化が出やすいせいだともある。いずれにせよ証拠がわかりやすく出るまで判断は控えたい」

 実は俺も他の世界の記憶があるし魔法が使える、なんて事はおくびにも出さない。

 長いものには巻かれ危うい橋には近寄らない。

 中学校で苦労した俺の処世術だ。


「川崎は正しすぎて面白くないで候。こういう時は極端な意見の方が面白いのでありんす。実は俺は魔法が使えるんだとか、そんな奴いない全て●違いだとか、いっそ我こそは神だとか言えば面白いのでおじゃーる」

 内海はそう言うが甘い意見だ。


「下手な事を言うと発言を切り取られた上で叩かれまくる世の中だからな。その辺慎重にもなる」

「そんな有名人のT●itterみたいな事、こんな場所じゃ起こらないだろ」


 いや小川、普通の暮らしをしていればそう思うかもしれないけれどな。

 アホしかいない中学校とかだと信じられない事が起こるんだ本当に。

 勉強が出来るというだけで気取っていると敵扱いする奴もいるくらいだ。

 挙げ句の果てに言ってもいないことを先生にチクられて怒られたりする。

 結果、言葉一つでも用心するに超したことがないと学ぶ訳だ。

 その事の地獄を知らないのは幸いだと言っておこう。


「そう言えばこの学校にも何か魔法を研究する部活があるらしいな。掲示板にポスター貼ってあったぞ」

 小川がそんな事を言う。

 それは気づかなかった。

 まあ掲示板とか見ないしな。


「部活と言うより同好会でおじゃる。正式な学校案内には載っていないので候」

 内海も知っていたようだ。


「よく知っているな、そんな同好会」

「勉強だけじゃ悲しすぎるので候。課外活動で可愛い彼女でも出来れば灰色の受験生活も満開の櫻となるでおじゃる。故にアンテナはビンビンに張っているで候」

 おいおい内海。


「目標は大学じゃ無いのかよ」

「あくまで目標は大学でありんす。でも可愛い彼女が出来たらもっと楽しいので候」

「うーむ、真理だ」

 おいおい小川も納得するんじゃ無い。

「それでこそ同志」

 おいおい。


「俺は内海の同志になったおぼえはない。あと川崎はどうだ」

「俺は別にいい」

 俺自身は彼女を作るつもりはない。

 別に変な潔癖感とかがある訳では無い。

 単にその気になれないのだ。


「ひょっとして川崎はモーホーでござるか」

「そういう趣味は無い」

「なら既に彼女様がいらっしゃるとか」

「無いな、それも」

 一瞬胸が痛んだ気がしたが気のせいだろう。

 そうなる理由が無いから。


「なら小川同志だけが仲間なのでありんすか」

「だから俺は内海の同志じゃないぞ」

「隠さないでいいでござる。人類皆同志! 人類皆我が党!」

 なんだそれは。

 どこの赤い党だよそれは。


「それは人類みな兄弟だろ」

「細かいことは気にしない。細かいことはわからない」

「それは相当昔のCMだな」

「嫌よ嫌よも好きのうち」

「それは性的犯罪者の常套句だろ」

「世の中には2つの事がある。やっていい事とヤると気持ちいい事だ」

 こら内海、そう言いながら腰を振るな。

 そう思ったらだ。


 バシン!

「内海、品が無い!」

 近くにいた森川さんが思い切り内海の背中をはたいた。

「殴ったね! 親父にもぶたれたことないのに!」

「ごめんね、3中の恥さらしがこんな事して」

「いや、お気になさらず」

 何だかな。


「森川さんは内海こいつと同じ中学だっけ」

 小川の台詞に森川さんは頷く。

「小学校から一緒よ。私と、あと陽子、西場さんと」

 なるほどな。


「ところで何の話をしていたの?」

「いや、魔法とか他の世界の記憶があるとかいう話。ネットのニュースなんかでも見るけれど本当なのかなってさ」

 俺が使えるとは勿論言わない。


「あああれね。そのうち本当かどうかわかるんじゃない?」

「興味がない感じだな」

「今は何も言える段階じゃないもの。身近にそういう人がいるわけでもなし、明らかな証拠を見た訳でもなし。新聞やテレビのニュースも何処まで本当かわからないしね。信用できる情報源が流した一次情報を辿れる状態でないと、判断できないかな」

 なるほど森川さんは現実的だ。

 正しい事この上ない。


「森川は頭が固いのでおじゃる。何事も楽しければそれでいいので候」

「煩いこの楽天家」

「楽天ショッピングは宣伝文字が多すぎて見にくいでおじゃる」

「その楽天じゃない!」

「夢の通貨で世界を救え!」

「それは円天! 詐欺だから!」

「どてらに似ているが短くて前に紐が無い」

「それは半纏!」

「弥勒菩薩が修行中の……」

「兜率天!」

「夏の風物詩でにゅっと押し出す海藻が原料の」

「ところ天!」

 なんてやっていたらチャイムが鳴り始めた。

 森川がダッシュで席に戻り、同時に現国の先生が入ってくる。


「起立!」

 日直がかける号令に従って立ちつつ思う。

 こういう処まで一緒に来れる幼なじみか。

 ああいう関係もいいよな。

 そう思った時、ふと何か引っかかった。


 いや待て、引っかかるような事は特にない筈だ。

 俺は基本的に小学校時代6年頃からぼっちをとしてきたから。

 そう思い直しつつ号令ドアに礼、着席。

 とりあえずまずは出席とりに集中しよう。

 これをしくじると遅刻扱いになるからな。


 この学校は高校だからかホームルームとかは一切無い。

 授業始まりまでに間に合えばOKだ。

 結構滑り込みで入ってくる生徒もいる。


 先生の方も慣れたもので1限はどの先生も必ず出席を2回取る。 

 1回目に呼んでも返事が無かった生徒を、一度出席を取った後もう一度呼ぶのだ。

 この時に返事が出来ればセーフ、出来なければ遅刻。

 なかなか自由かつ合理的でよろしい。

 これで成り立つというのはやはりアホがいない進学校だからだろう。


「川崎」

「はい」

 出席を取る時にちゃんと返事をして、それから教科書を開きながら俺は思う。

 さっきひっかかった何かについては放っておこう。

 それより掲示板に貼ってあった魔法の課外活動か。

 そっちにもちょっと興味があるな。


 俺は一応魔法を使える。

 でも他に魔法を使える人に会った事は無い。

 ネットの掲示板では何人もいるようだしニュースでもいると聞いている。

 でも直接出会った事は一度も無いのだ。

 まあ俺の知っている人の範囲なんて狭いからな。

 仕方ない事かもしれない。


 でもだからこそ、その課外活動の連中がどんなものか知りたい。

 放課後のぞいてみるか。

 クラスの連中には見つからないようにして。

 でもその前にまずは授業だ。

 俺は教科書を開いて街頭のページに目をやる。

 いかにも真面目に授業をうけていますという風に。

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