5分で仕掛けるスクールカースト下克上

ぺる

これは私の下克上

 世の中の学校には、スクールカースト、というものがある。


 人気者は上位に君臨し、下位の生徒を虐げる。


 そんな設定はいじめ漫画やドラマまで良くあるものだが、実際もそうだ。


 現に私の机にも、今その現象が現れている。


 カンニング娘

 不正女

 自称がり勉(笑)

 人の努力を盗みみてんじゃねぇ

 くず、バカ、消えろ、○ね


 おおよそ人の悪口と言うのはパターンが決まってくるわけで、後半から書くことがなくなりワンパターンな、それこそ良くあるフレーズが油性ペンで大きく書かれていた。


 大体筆跡から犯人を特定できると言うのに、なぜ手書きにするのか。その辺りに知性の低さが見れる。


 まぁなぜこんなことになっているかと言うと、私、加藤サワミは、以前まではカースト中位だった。だったというのは今は見ての通り下位どころか最下位だからだ。


 長い黒髪を三つ網の二つ結びにし、ビン底黒淵メガネと言う、昭和の学生イメージ像をそのままだしたような見た目だが、この根暗なイメージが逆に珍しいと好印象を受け、カーストは下位に落ちることはなかった。


 同じ服装をしている中、皆がよく知るイメージを体現した姿は、ある意味で目立ち、エモさというものに繋がったらしい。


 しかしそんな私に最悪な出来事が起こる。それこそ漫画で良くある、カースト上位に目をつけられる、というもの。


 ……しかし私の場合は逆で、私が先に目をつけたのだ。


 私が目をつけた彼……沖田翼はクラスの人気者。成績優秀、サッカー部のエースにして誰もが認めるカーストトップ。


 しかしそんな彼の秘密を、私は見てしまったのだ。秘密といってと、大事ではない。彼はカンニングをしていたのだ。


 高校のテストなんてカンニングしないよう先生が見ているものだが、どうにもこの男は先生の隙を見てやっていたようで、とても要領が良い。


 つまるところ、彼の成績優秀、というのは嘘なのだ。誰かの回答を盗み見てやっている。そのため個人の力量が出る国語だけはカンニングできないのか、苦手科目として一つだけ点数を大幅に落としていた。


 勉強一筋の私にとって、それは許されない行為だった。すぐにでも付き出してやろうとした最中……


「先生、小浪がカンニングしてます」


 突然沖田がそう言い出したのだ。

 するとあれよあれよと、あっという間に私はカンニング犯にしたてあげられ、カースト最下位へ落とされた。こういうとき、根暗女の言葉よりもクラスの人気者の方が言葉は重くなる。私の発言なんて、誰も聞きやしない。


 こいつは悪い奴だ、だから裁いていい


 なんていう偽物の正義に踊らされ、今や私は虐めの的にされている。


 私の失態はただひとつ。

 それは私が沖田のカンニングを知ったことを、沖田に知られたからだ。


 まさか先に動かれるとは思わなかったが、私だって黙ってこのまま終えるつもりはない。

 目には目を、歯には歯を。


 見るからにガリ勉女子の私に、勉強で疑いをかけたこと、後悔させてやる。


 しかしすぐには行動に移せない。というのも私の考えるスクールカースト最下位の下克上は、定期試験で行われるから。そしてその時、私の隣に彼が座っていなければならない。それも、彼の右隣に。


 理由として、比較的沖田は自分の右側の席にいる生徒の回答を盗み見る傾向があるからだ。今回はあえて沖田に、私の解答をカンニングしてもらわないといけないのだ。


 しかし私と沖田とでは出席番号の違いから隣になることはない。


 だがこれに関しては、私から教員に提案したのだ。


「カンニングの疑いをかけられた以上、廊下側の後ろの端席に移動させてください。そうすれば、右側の席に誰もいませんし、後ろもいません。廊下に近いので監視もしやすいと思います。」


 クラスから疑いの目もあったため、自主的に進言した私の言葉を、教師たちは鵜呑みにした。そうして私は見事、試験中のみだが廊下側の一番後ろ……沖田の隣へと移動できた。私のクラスは母音名字の人が非常に多く、沖田の出席番号は10番と、二列目一番後ろなのだ。


 テストまで残り一週間。テスト期間に入り、帰宅はいつも以上に……早くなるわけもない。元々帰宅部だから。


 さて、下克上を完成させるには、日々の勉強は欠かせない。いじめで絶対、成績を落としてはダメだ。


 もちろん、とても苦しいし、悔しいし、憎い。

 しかしだからこそ、私はあいつを、カースト最上位の椅子から引きずり下ろしてやると強く決意する。

 そのためには、今回の試験全てにおいていつも以上にはやく問題を解かねばならない。


 いつもならキリのいいところでやめる勉強も、見返してやる、絶対に許さない、という強い意思のもと、普段より理解もスムーズに進むことができた。


 そして試験当日。私の席移動にクラスはざわめいた。それは驚きというより、好奇心と嘲笑うような目をしていた。


 カンニングなんてやってるからそういうことになるんだよ


 何て言いたげな顔が向けられる。たぶん皆、私が先生に言われて仕方なく席を移動しているのだと思っているだろう。


 まさか隣に私が来るとは思ってなかった沖田は、あからさまに嫌そうな顔をした。


「うわっ、まじかよ。俺の答案見られねぇようにしねぇと……」


 まるですでに被害者のような口ぶり。

 その言葉、クラス中の視線が向けられる。


「お前なんでずるまでしてここにいるんだよ」


「皆ちゃんと勉強してるんだよ?恥ずかしくないの?」


 口々に、好き放題いってくれる。

 沖田は沖田で皆に見えないようにやにや笑っているようで、とても不愉快だ。


 ……いけない、落ち着け。大丈夫。

 すべてうまくいくから。


 深呼吸をするのと同時にチャイムがなった。


 騒がしい教室は生徒が席につくことで静かになり、いつのまにか現れた先生によって、諸注意がなされたのち用紙が配られる。


 机の上にはシャープペンシル、消しゴム以外はおけず、机の落書きも禁止。といっても私のは落書きだらけなのでこれは意味をなさない。いじめを見て見ぬふりする教師たちだ、これについては何もいってこないだろう。


 先生の合図と共に裏向きの用紙は一斉に顔をあげ、生徒たちが書きなぐるペンの音しか聞こえなくなる。


 私はそれなりの解答を書きながら、沖田に見やすいように用紙をあえて左側に寄せておく。あからさまなことはせず、今は問題を解くことに集中しよう。普段から勉強をしっかりやっている私は所要時間50分の試験を見直し込みで30分で終わらせる。そしてひたすら、時計を眺めて待つ。


 気配からして、沖田はちゃんと私の答案をカンニングしているようだ。もし解答が二人ともよくにていても、カンニングの疑いは私に向けられる。前科者、というレッテルがあるからだ。


 けど、そのレッテルはそのままそっくり、お前に返してやる沖田。


 時計の針が45分を指した。残り5分。

 そこで私は、一斉にすべての答案を消しゴムで消しはじめる。筆圧を濃いめにしたが、芯を2Hと薄いものにしていたためすぐに消えた。


 そして「テスト中に」テーブルに書いていた本当の回答を写しにかかる。こればかりは時間との戦いだが、ただ写すだけなら問題ない。


 いくら沖田でもわたしの解答を四六時十見ている訳じゃない。現にあいつは試験を終えて突っ伏して寝てる。私がこんなことをやってるなんて知らないだろう。


 ギリギリ書き写すことができ、テーブルの解答を消せば問題ない。もちろん、不正に見られる可能性はあるが、わたしの机には「元々」たくさん落書きがされているのだ。シャープペンシルで書いた薄い落書きなど、消したあとでは気づくものはいない。机って鉛筆の類いは消しやすくできてるしね。


 そうして横で寝ている沖田は気づかぬ間に、私は答案のほとんどを書き直した。彼がカンニングしたのは間違った解答。普段人の答案を見ているやつが、間違いを写している、何て気づくはずもない。


 私はこの五分の仕掛けを全ての教科で行った。もちろん、国語など難しいものもあるからすべてがうまくいくわけではなかったけど、それでも半分くらいの書き直しには成功した。


 そして、テスト返却日当日……。


「な、なんだよこれ……っ」


 沖田は自分の答案をみて顔を真っ青にした。そりゃそうよ。恐らく20点程度しかとれてないでしょうから。


「ねぇ、沖田くん。解答用紙を見せてくれない?」


「はぁ? な、なんで……っあ、おい!!」


 私は沖田の解答用紙を引ったくるとつかつかと教卓の前へと立った。


 今はちょうど理科……担任が受け持つ授業だ。

 担任は不思議そうに私を見ると、座りなさいだとか当たり前のことをいってきた。


 いじめを見て見ぬふりをしていたこの担任にも、しかるべき裁きが下ればいいのに。血が出そうなほど唇を噛み締め、担任を睨むとそのまま無視して黒板に私と沖田の解答用紙を貼り出した。


「お前っ、なに勝手なことやってっ!!」


 私の後を追いかけてきた沖田が私の胸ぐらを掴んできたけど、お構い無し。


「皆、これが答え。カンニングしてたのは私じゃなくて沖田よ。」


 その証拠を張り出したことで、担任を含む全員の目が黒板へと向けられた。


 私の答案用紙には二つの答えが書いてある。ひとつは筆圧のみが残っていて事実上消えているものと、先生が採点しているきちんとかいてある解答。


「で、でたらめ言うなっ! カンニングはお前が……っ」


「私に罪を擦り付けたくせによく言う。全ての答えはここにあるわ。 」


 沖田の解答用紙には、私の筆圧で残った解答の大半がそのまま写されていた。さすがに丸写しは気づかれるだろうといくつかは自分でといた形跡があるが、それすら間違っている。ここまで一致していれば誰だって丸写ししたのはわかるだろう。


「な、な……っ」


「何で答えが違うんだ、って言いたげね?簡単よ、五分で書き直したの。それも全部、あんたがぐうすか寝ているすきにね!」


 私の胸ぐらを掴む沖田を突き飛ばし、黒板を叩く。これが後全教科あるのだ、誰だって疑う余地はなくなるだろう。


「いい? 沖田も、沖田の言葉に踊らされて私に嫌がらせしたやつも、それを見て見ぬふりしてたやつらも、全員同罪よ!誹謗中傷は名誉毀損、机の落書きは器物破損、沖田のカンニングは詐欺罪。筆跡から犯人全員見つけて訴えてやるから覚悟しなさい!」


 叫び倒してやり、自分の机に戻ると鞄を引ったくり、教室を出てやった。


 学校をサボるのは初めてだけど、今日くらいいいよね?あんな空気の中、授業は受けたくないし。それに試験も……90点はとっているから今さら答案解説されてもあまり意味はないし、それなら自宅で勉強している方が効率がいい。


 家に帰るとお母さんにはずいぶん心配された。何でも学校から連絡があり、呼び出されたそうだ。お父さんはご立腹で必要なら刑事責任をとらせてもいい、と私の発言なんて知らないのに、警察沙汰にまで考えていた。いやはや、血は争えないものだ。


 結局帰ってすぐまた学校に行くことになり、呼ばれたのは校長室。

 親同士の話し合いの末、沖田といじめに関与したもの全員の退学処分が決まった。


 いじめ何てやってるんだから、当然の報いよ。


 ほとぼりが冷めるまでは自宅学習でいいと言われたので、一週間ほどはゆっくりすることにした。というのもいじめ受けた精神的なダメージのせいか中々眠れなかったからだ。


 ようやくちゃんと眠れるようになってから学校にいくと、クラスの半分くらいはいなくなっていた。それくらい、加担者が多かったのだろう。もちろん担任もクビになった。


 虐めは死ぬまで永遠に傷を追わせる、とんでもない犯罪なのだ。退学とクビだけですむなんて寧ろまだ良心的だろう。


 改めてクラスメートからは謝罪を受けたが、その子達は本当に反省しているようなので許した。いつのまにかスクールカーストのトップは私になっていたようだが、その座はクラス委員の子に譲り渡した。


 私は今まで通り普通に勉強できて、それなりに学校生活をおくれればそれでいいのだ。


 スクールカーストなんてどうでもいい。

 そんなもの、こんなに簡単にひっくり返せるんだから。


 そう、たった五分でね?

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