聖女じゃなくて悪女!?~悪辣非道な転生聖女は自分のために生きていく~

カーガッシュ

第一章 悪辣非道と呼ばれるまで

第一話 転生したけどもう死にそう

 目を開けると二人の見知らぬ男女がこちらを覗き込んでいた。


「!?」


驚いて飛び起きようとするも身体がうまく動かない。必死にもがいてるうちに、赤ん坊のような丸々とした手が視界に入る。


(うそ…でしょ…)


何を隠そう私の手だった。状況がさっぱり飲み込めないが、どうやら私は赤ん坊になってしまったらしい。一体どうしてこんなことにと、うーん、うーんと唸りながらなんとか何があったのか思い出そうとしたけれど何も思い出せない。最後の記憶は残業終わりの帰路だ。そんなんことを考えていると、近くにいるはずなのに、遠くから聞こえてくるような音量で、私の耳が何かを拾う。


「ごめんなさい」


先の女がそう話しかけてきたみたいだった。


(さてはこいつが元凶だな)

お前が元凶か!!!なんて声を上げようとしたけど口からはただ声にならない息が漏れるだけ。


(この体じゃあろくに声を出すこともできない…)

なんとか声を出そうと試行錯誤していると先の女に抱き上げられた。女は私をあやすかのようにゆらゆらと腕を揺すり、そのまま部屋の扉を開いた。

 扉を出るとそこは赤いカーペットが敷かれただだっ広い廊下だった。


(この建物、家というより城みたいだ。トンデモ技術で私を赤ん坊にしたくらいだから何かの施設かもしれない)


 少しでも情報を得ようと、辺りを見回すも、あまりはっきりとは見ない。ド近眼だった私の視力は赤ん坊に戻っても復活していないらしい。


「待ってくれ、フリーダ!!」


そんな声が背後から聞こえる。


「その子はまだ 生まれて三日とたたない。そんなことをするのはやっぱりよそう!!」


生まれて三日?トンデモ技術で赤ん坊にされたとばかり思っていたけど生まれ変わったってこと?輪廻転生ってやつ?


「もう決めたことでしょう。第一、私たちにはもうこの子を育てていく余裕はありません」


この会話からしておそらく輪廻転生したことは確定だろう。オカルト話は信じていないが自分の身に降りかかると信じるしかない。とはいっても死んだときのことは全く思い出せないが。それにしても私抜きで私の処遇を決めるとは。なんか変な気分だ。


「だからといって、そんな…残酷な…」


残酷ってなんだ…まさか捨てられる!?


「かわいそうですが仕方ありません。もうそれしか手がないのです」


(たぶんフリーダと呼ばれていたこの女が母親で、さっきの男が父親なんだろうな。ていうかそれどころじゃない。このままだと私ほんとに捨てられるかも)


じたばたとは腕の中で暴れてみるが抵抗むなしく、抱きかかえられたまま外に出てしまった。ほんとに無駄な抵抗だった。残ったのは異常なほどの疲労感。体力もやっぱり赤ん坊並みらしい。

 外の様子は相変わらずよく見えないが、どうやら自然豊かな場所のようだ。


(森の匂いがする)


前世は都市部に住んでいたため、滅多に嗅ぐことのない香りに少し新鮮味を感じた。が、そんなことを考えている間にも、どんどん森の中へと進んでいる。こんな所に捨て置かれたら良くて餓死、悪ければ獣の餌だ。まあ死ぬことには変わらないけども。何とかしてそれだけは回避しなければと決意するも、全く手段がない。私の必殺技であるじたばたも効果はいまひとつ。こうなったら情に訴えるしかない。


「うあ?」

とか

「えぁ」


なんて甘えた声を出してみるもこれもいまひとつ。いよいよ手詰まりだと、少なすぎる対抗策に軽く絶望しながら嘆いていると、嫌な臭いが私の鼻を襲った。そこには某RPGに出てくるような毒々しい色をした紫色の沼が広がっていた。


(まさか、ここに・・・)


「ごめんなさい。どうか安らかに」


その声と同時に私は空中へと投げ出された。毒沼に私の体が触れる。一瞬にして体に激痛が走る。全方位から同時に襲い掛かる痛み、熱。それはまるで全身を酸で溶かされているかのようで・・・意識を失いかけたその時、永遠に続くかと思われたその苦痛が突如として消失した。


(もしかして私、死んだ?)


『条件、生後三日以内の意志を有する女児が全身を毒に侵される。を達成しました。女児(乳幼児)から聖女(乳幼児)にクラスチェンジします。・・・成功しました。クラスチェンジにより神の声の聞き取りが可能になりました。並びに自然発動スキル「浄化」を習得しました』


(痛みが消えたのはいいけれど、これどういうこと?)


男とも女ともわからない中性的な声が告げた内容は私が聖女になったということだった。


(聖女?私が?)


またもや混乱していると毒々しい色をしていた沼が、驚くような透明度になり、青白く光を放っていることに気が付いた。


(もしかしてこれ、私が浄化したってこと?水の中なのに息も苦しくないし、それどころかお風呂みたいで心地いい)


その心地よさに身をゆだねていると急激に眠気が襲ってくる。うとうととしていると、何者かが私を引き上げた。


「ああ!あなたはきっと神の化身だったのね。どうか私を許してちょうだい」


そんな都合のいいことを泣きながら言う。母親らしき女。そんなことを言われても簡単に許すことなどできない。殺されかけ、一瞬とはいえひどい激痛を味わった。

(絶対に思い知らせてやる。私の感じた苦しみを)

そんなことを考えながら意識を手放した。





「あの子の力を使えば、きっとこの家を、キースリング家を復興できるわ!!」


そんな声で目を覚ます。


「私はこの子の人生を縛るようなことはしたくない。ただでさえ許されざることをしたのだ!!」

「入り婿の分際で私に口答えするきですか!!!立場をわきまえなさい!!!」


その言葉とともに女が部屋に入ってくる。いつの間にか視界もはっきりとしており、ここに来て初めて女の顔を認識した。日本語を話しているというのに明らかに日本人離れした顔立ち。ブロンドの髪を持った、美人だった。中身は最悪に近いけど。

子供の前で言い争いとは見苦しい限りだが、私はこの二人を親とは思わないし従うつもりも毛頭ない。


「あなたの名前はハイデマリー。教会の司教様がつけてくださったのよ」


この女がつけた名前など願い下げだが、そうじゃないならまあ良しとしよう。


「あなたにはこの家のために、頑張ってもらわなければね。」


そんなこと戯言を吐きながら、私の頭に触れた。


『こんな女のいうことなんて聞かなくていいわ!!!あなたはあなたのために生きればいいのよ!!!』


明らかに自分のものではない、そんな声が私の頭の中に響いた。

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