第26話 退部

「乾杯!!」

 鏡がキャラ崩壊を疑うくらいの声量でプラスチックのコップを掲げる。気でも触れたかと、問いかけようとした矢先、小声で横から美竹が耳打ちする。

「月璃がね、もし成功したらいっぱい祝おうっていったんだよ。慶事だからって。だからじゃない?」

「なるほどな。それでこんな……。でも美竹。失敗したらどうするつもりだったんだ?」

「それは」

 美竹は少し考えて、

「やっただろうね。慰労会と称して。だって月璃だよ」

「それはそうか」

 俺は小声で笑った。

 美竹によると、俺の申請書が通った場合を想定してどう祝おうかシミュレーションをしていたらしい。そういうことなら納得だった。机の上に無造作に広げられたお菓子たちと先ほどの鏡の道化は、発作的にパーティーが催したくなったわけではなく、神楽がけしかけたせいなのだから。

 それにしても、と思う。鏡は神楽に抵抗する術を持たず言われるままになっている。言葉に関しては対立しているのにこういうところは従順らしい。恋心とはかくも人心を乱すものというか、単にドMなのか。

 そのせいか見てみろ。鏡は慣れないことをいって耳が茹ったタコみたいに真っ赤。掲げているプラスチック製のコップも震えているし、ん? プラスチック? そういえば、申請書で環境問題についてあれこれ持論を述べていたことを忘れてしまったのだろうか。一時的にでも紙コップを使った方が配慮できるんじゃないか、なぁ鏡。

「あれ、おかしいな、聞こえてない……。か、乾杯!」

 鏡は俺のぬるい目線に気づかず、もう一度掛け声を繰り返す。反応が鈍かったのは偶然だったと思っているらしい。すると即座に神楽がNGを告げる映画監督のように容赦ない叱責。

「ダメ、やり直し。なんかこう、覇気がないわ。魂抜けちゃってる。こんなんじゃ祝いたくても祝えないわ。幼なじみとして情けない」

「かんぱーーあぁあーーい」

 裏返った声が途中でもう一回裏返った。

 何もこんなところでスパルタ教育しなくてもいいだろう。俺を祝ってくれるなら別の方法を考えてくれてもいいんだぜ。アマギフとか。それに鏡の声はいまいち反響しなくて無理している感がある。だからだろう。みんなコップを上げることを忘れて目が点になっている。

「あっ……か、かんぱいで」

 かろうじてワンテンポずれて威勢よい乾杯に乗ってくれたのは姫乃樹だけ。その姫乃樹も胸元までしかグラスを掲げていないし、「あれ、あれ」と迷子になった子供みたいにキョロキョロ見回している。まあそれは、姫乃樹の控えめな性格に由来しているだろうけれど。とにかく、二人だけじゃ物寂しいと思うのが俺の感想。だからここは俺も生まれつきの優しさを発揮して乗ってあげるとしよう。

「かん――」

「待って!」

 せっかくの俺の優しさを台無しにしたのは神楽だ。どうして神楽は水を差すのだろう。神楽が口を開くと大抵厄介なことになる。まあ、もちろん本人には言えないが。なにせ言おうものなら爆竹のごとく怒るか、よくて溶岩に霧吹きをかけるように無駄に冷めない怒りが持続することは明らかだからだ。レトリックの限界に挑みながら罵ってくるだろう。そう考えると案外、鏡と神楽は相性抜群なのかもしれない。理詰めなくせしてドM担当の鏡と、感受性とレトリックの鞭で叩く神楽。動物にたとえて、鏡が犬なら神楽は――申し訳ない。やっぱり犬しか浮かばない。吠えるから。

「アタシ気づいちゃった」

 俺はコップを机に置いた。姫乃樹と美竹はコップを持ったまま静止。

「何をだ。みんなコップを持った手をどうしていいか困っているぞ」

「よく考えたんだけど、乾杯って学生がいうのはなんか違うわよね。おっさんじゃないだから。そう! もっといい言葉を考えましょうよ。文芸部なんだし」

 しばし時が止まった。あれだけ乾杯の言い方にこだわっていたのに。急転回させるなんて。ハンドルぶっ壊れてるのか。ブレーキ全壊アクセル全開とは神楽のことにほかならない。

「また言葉かよ。少しくらいこだわりを忘れようぜ。ここ三か月間言葉と熱い鬼ごっこし続けて疲れたんだ」

 神楽は舌打ちのような音でチッチッとリズムを取って指を左右に揺らし、

「ここは文芸部よ。こだわりを持って当然なの。コーヒー屋さんがコーヒーにこだわりを持つのは当然のこと。だったらそれを文芸部に置き換えたら分かるでしょ。ね? タクももっとリスペクトすること。神は細部に宿るのよ」

「コーヒーショップと文芸部は別物だと思うが」

「細かいことは気にしない!」

 神は細部に宿るんだろう。

「なら、祝杯とかか」

「古っぽい。十五世紀のセンスって感じ」

 十五世紀を知ってるわけでもあるまいし。

「だったら神楽、いってみろ」 

「うーん。チアーズとか?」

 さては始めから決め打ちしてたな。

「いいじゃん。だって乾杯って会社の言葉みたいじゃない? 学生でいるうちに会社の言葉なんて使いたくないわ。そんなの、時が経てば言葉の方から勝手に来るでしょ。わざわざアタシが出向くまでもないわ。それに比べてチアーズ。いい響きよね! 英語だし、多文化共生っぽいし、頭よさそうだし」

 頭よさそうな人は頭よさそうなんて言わないだろうな。

「それでいいよ」

 美竹がスマートにいった。こういうとき刀でばっさりいく美竹に憧れる。

「「チアーズ!!」」

 神楽イチオシの言葉を部室に轟かせ、零さないようにコップを交わす。

 ――六月末。部室には部員全員が揃っていた。俺たちはささやかな祝宴を開いていた。

 職員室を後にした俺は急ぎ部室に向かった。勢いよく戸を開けると全員が立ったまま一斉に振り向いた。座っていられず、俺の答えを待っていたのだ。俺は一呼吸置いてから申請書が受理されたことを報告する。その瞬間、大きな歓声が上がった。まるで英雄の凱旋のようだった。姫乃樹さんは腕を握って抜けそうなくらいぶんぶん振ってくるし、神楽の連続ハイタッチのせいもあって腕がずっと痛い。一応いっておくと鏡と抱擁するようなことは当然なかった。けれど、軽いハーレムに現を抜かしていると、俺のぼやけた表情を美竹がフラットな目線でジーっと見てくるからすこぶる恥ずかしかった。

 宴の準備をしなきゃですね、といったのは姫乃樹だ。普段のちょこまかした動作からキビキビした動きに変わっていく。カラーボックスをガサゴソ漁る。これまでも結構打ち上げめいたものはしていたからお菓子はほとんど消費されていたはず。なのに、成功を確信していたのか、はたまた単に間食が好きなのか、お菓子とドリンクのは冗談のように積みあがっていった。冬ごもりする小動物でももっと蓄えは少ないんじゃないかと思う程度には。

 俺はやれやれといったポーズを示しつつも、一方で行動は矛盾していて、注がれたジュースに手を伸ばす。そんなときに神楽と鏡のいつもの定食的やり取りが始まったのだ。

 ワイワイがやがやはそのまま一時間は続いた。時計は十七時を示している。

「そろそろね」

 神楽がいった。

「何がだ」

「演説よ。難題を解決した心情を言語化しないと」

「そうか。ならやってもらって構わないぞ。誰も止めはせん。ちゃんと聞いといてやる」

「何いってんの。やるのはタクよ。スピーチの練習だと思って――さ! どうぞ」

 ほら来た。嫌な予感的中。神楽の魔の手は鏡のみならずとうとう俺にも迫った格好だ。酒の席みたいに口をメガホンにして「言っちゃえ。ぶっちゃけちゃえ」と煽ってくる。こいつはきっと社会人になったらさぞかし立派な先輩になるだろう。

 仕方ない。俺は立ち上がった。部員たちは一斉に視線を浴びせてくる。そんなに見ないでお菓子食ってればいいものを。人前で話すのが苦手だと知っていての表情だ。人の気も知らないで。俺は順繰りに顔を見る。鏡と神楽の属性の異なるニヤニヤが「不可」、美竹の神妙な面持ちが「可」、救いの神、姫乃樹さんの心配そうな表情と両手を合わせて健闘を祈るといった優しさが「優」という主観。

「ええと、なんだか改まると恥ずいな」

「何いってんの。もう三か月も一緒だったんだから、そんなうぶっぽさいらないから!」

 ディズニーキャラクター並みの豊かな表情で、半畳を入れてくる。

「ええ……その……つまり」

 何も考えていないから無意味な間投詞ばかり出てきてしまう。

「おっ、余興でもしてくれるのか?」

 これは、鏡。こいつは男だから後でしばいてもよい。それか神楽を改まった場所に連れて行き、そこに何も知らない鏡をパレードして二人きりにしてやろう。TDSがいいかな。鏡の慌てふためく様子をつまみにチュロスでも食べてやろう。

 俺はそこで小さく咳払いをして、

「今回は俺の……ええと、元々は神楽の抱えた依頼だったけど。とにかく、協力してくれてありがとう。最初はどうなることかと思った。内容が内容だったから難しくて、先が見えなかった。タイツなんて……信じられないよな。でも、考えていくうちに方向性ができて光が見えてきた。みんなのおかげだ。みんなの情熱と技術がなかったら絶対に通せなかった。ありがとう」

 俺は頭を深く下げた。短すぎる演説だった。即興なのだからこんなものだろう。高階なんだからこの程度だろうと思ってくれればよかった。だから四方から拍手が響いたのは驚いた。散発的な拍手ではなくて力強い拍手だった。頭を上げると鏡と目が合った。さっきまで神楽と二人して茶々を入れてきたのに、真面目な顔なのが怖いくらいだ。

「何いってんだ。一番頑張ったのはお前だよ。高階。こんなに功績がはっきりしているケースも稀なくらいだ」

「は? 俺か。いや俺なんか全然力になってないし」

 俺は間の抜けた声を出して否定した。

「そんな謙遜するなって」

「いやマジだって。みんなの知識を聞いてるだけの方がよっぽど多かった」

「お前って奴は本当に……。謙遜しすぎるのも考えものだな」

 鏡が苦笑する。

 謙遜しているとは思わなかった。思っていることを無加工で伝えただけだから。

「そうはいうけど、高階は大変だったと思うよ。慣れない作業は疲れるからね。しかも苦手な文章について。きっと私の想像を超えた努力があったはず――月璃もそう思わない?」

 美竹が神楽に同意を求める。

「そうだよ。タクはそんなに気づいてないかもだけど、研一郎を説得したり、全員の意見を取りまとめたり、たくさん尽くしてくれたじゃん。なによりさ、諦めなかった。諦めようとしていた私たちを引き留めてくれたよね」

「そういうこと。高階、分かった? だから礼をいうのは私たちだと思うよ。なんたって、ね?」

 美竹が姫乃樹と顔を見合わせる。

「はい! こんなに楽しかったの初めてですから!」

 姫乃樹は顔をふにゃっとさせ喜ぶ。

「みんな……」

 言葉が続かない。そんな評価をしていてくれたなんて思わなかった。どうにか足手まといにはならずに済んだけれど、実際にアイデアを出したのはみんなの方だ。俺は聞くことと、まとめることしかできなかった。なのに認めてくれた。自分の認識と部員たちの認識がいい意味で異なっていたのだ。戸惑いのなかにほんのりと喜びが滲みでてくる。俺は自分の居場所をはっきりと見つけた。

「それにしてもどうやったの」

「そうです。署名は文彩先輩に頼んだことは分かりました。担任の先生への実際の説得はどうしたんですか。みぞれ、すっごく気になります!」

「それはまぁ……色々あって」

 後じさりする俺に詰め寄る姫乃樹。

 ――マズい。やっぱり聞くか、そこ。

「もう高階さん。もったいぶらないでください。その、色々が肝心なのです!」

 姫乃樹はいった。部室で俺の小説を見たときみたいにめちゃくちゃ食いついている。口にはしないが、他の部員も内心気になっているに違いない。

 話してやりたいのはやまやまだったが、俺は素直に話すことはできなかった。その方法は正攻法とは言い難く、ギリギリの線を攻めていたからだ。こういう手を使うのは信条にかかわるけれど、期限が迫っていてこうするしかなかった。

 俺は職員室での出来事を思い出す。

「先生、申請書を直してきました。もう一度見てください」

 先生は険しい顔をしてすぐに出てきた。

「高階、先にスピーチをやれといっただろう。申請書は後だ」

「お願いします。みんなで話し合って修正したんです。たくさんの人の手が加わっています。だから……見てくれないと俺はここを動きません」

 先生は苛立ちを隠そうともしなかった。

「無理だ。何度いったら分かる。少し頭を冷やせ」

 そういって職員室に戻りかける。だが、俺は隠し玉を持っていた。

「先生がくじ引きで代表を選んだことバラしますよ」

 小さな声でいうと、先生は足を止めた。

「お前、先生を脅すのか……」

「いいえ、これはただの呟きです。でもツイッターとかで呟いたらどうなるかはわかりませんけれど……。先生、他のクラスは代表者を議論を経て決めたと聞きました。もうその件をとやかくいうつもりはありません。でも申請書を見てください。これでダメなら諦めますから」

 スピーチ代表が本来どういう過程で選ばれるのかは劉から聞いた。てっきりどこのクラスも押し付けるように決まったかと思っていたがそうではなかったのだ。まさに寝耳に水だった。それを聞いたら黙っちゃいられない。俺だって学習する。この数か月でしたたかさを身につけたのだ。

 思いもよらないことを言われたせいか、先生は自分の髪の毛を乱暴に掻き、ようやくいった。

「スピーチは」

「必ず成功させます」

「信用していいといえる証拠は?」

「ないです」

「はっきりいうな」

「でも、信頼の前借はできませんか?」

 先生は唸った。それからグチグチ説教のようなものを垂れ流し、ようやく先生は納得したのだ。不本意そうだったけど。

 ――俺は姫乃樹を見る。だからどうしたものか。オブラート的なものに包むか、逃避するか。そのままいったらイメージダウンは確実だからな。

「実はですね」

「はい!」

「実は……」

「うんうん」

「それはとってもアウトローな話でして」

「ええっ。そうなんですか!?」

 姫乃樹は両手で口を押える。

「ええ。ここで話すのも憚られるような内容です。人が何人か倒れてしまうかもしれません」

「申請を通すという内容だけなのにどうしてそうなっちゃうんですか」

「それは……。そういうものなんです。駆け引きというのは。いくらふしだらなもの対して耐性がついた姫乃樹さんでも今度は厳しいと思いますし、知ったら共犯になってしまいます。とにかく俺から言えることは一つ。最高のスピーチを交換条件にしたこと。後は聞かない方が身のためです」

「はぁ……分かりました。高階さんの功績に免じて今は聞かないでおきます。でも……」

 姫乃樹はお世辞にもあまり上手とは言えないウインクをする。

「いつかは教えてくださいね」

 それでどうにか姫乃樹から追求から逃れたのだった。しかしまだ他の部員が残っている。他の奴らは姫乃樹ほど簡単にはいかないだろう。訝しさ満開の顔で俺を見てくる。早速、鏡が話しかけてきた。

「いいのか」

「いくらお前でも理由は――」

「最高のスピーチの約束したんだろ」

 そっちか。どうやら鏡は説得の方法にはすでに関心がないようだった。それか、後で姫乃樹がいない場所で聞くつもりなのだろう。

「その件なんだが、実は解決していて」

「解決!? お前が? もう書いたのか」

 胸ぐらを掴まれそうな勢いで驚かれる。

「いや、書いてはいないけど」

 俺は言葉を濁した。先輩の前で原稿を破ったときは頭が真っ白だった。でも今、部員たちと話しておぼろげながら伝えたいことが見えてきたのだ。

 高校に入ってやりたいことは、これしかない。

 先輩は相変わらず読書をしていた。最初から輪には加わっていない。あの一件以来部員との距離が広がった気がする。ただでさえ先輩と部員には少なからず距離があった。俺と先輩、俺と部員の関係はなんとかやっているので、それを利用していつか距離を縮めたいと思った。

 俺は先輩に歩み寄った。先輩に伝えたいことがあった。俺のやりたいことは先輩なしではできない。和やかな時間にいうべきか、それとも個人的に別の機会にいうべきか悩んだけれど、とても大事なことだから今伝えようと思った。部員たちにも聞いて欲しかったのだ。

「先輩、一つ伝えたいことがあります」

「何かしら」

「部活を辞めさせてください」

「ええっ」

 と、よく響く声を轟かせたのは姫乃樹だった。

「どど、どうしてですか!? 高階さんあんなにいきいきとしていたじゃないですか。不満なんですか。何か気になることでも? みぞれは高階さんにいてほしいです」

「姫乃樹さん、安心してください。そういう意味じゃないですから」

 もう一度先輩に向き直る。

「仮入部を辞めて、正式に文芸部に入部したいんです」

 すると先輩は本をパタンと閉じ、

「そういってくれると思ってたわ」

「まさか想定内ですか」

「当然よ。だってそうでなければ、あんなに一生懸命になれないでしょ」

 先輩は立ち上がる。

「さて、高階くん」

「はい」

「文章は好きですか?」

 四月の自分を思い出す。文なんて、と思っていた自分。やりたいこともなく流されて生きていた自分。それが今はどうだろう。地に足が着いて能動的に生きている感覚がある。曖昧な返事はしたくない。俺はしっかりと頷いた。

「歓迎するわ。――ようこそ、高階泰河くん」

 また歓声が上がった。そろそろ隣の軽音楽部からの苦情を覚悟しないと。

「そしたらもっと盛り上がんなきゃね! タクが入部したんだからこのまま歓迎会に突入よ!」

 と、飲み物を姫乃樹のコップにドバドバ注ぐ。

 姫乃樹は「いいですいいです」と、あわあわしている。

「おい月璃、部活の時間は終わりなんだからその辺にしとけって」

 鏡が呆れかえる。

 俺は横目で見ながら、先輩にいった。

「それからもう一つお願いがあります。……今回の件で分かりました。俺もそうですが文章に困っている人は大勢います。その人たちを受け入れませんか? 一気に全員とは言いません。でも少しずつならできると思います。創作の邪魔にもならないようにします」

 申請書の一件で俺は文章に悩んでいる人が珍しくないことを知った。それと同時に悩みを解決したいと思った。一過性の連帯感に終わらせたくなかった。取り組んだことに手ごたえがあった。

「四月の苦手意識を持っていた高階くんとは大違いね」

 先輩は答えてくれなかった。でも否定はされなかった。俺は他の部員の方を向いた。

「神楽!」

「はっ、なにアタシ??」

「神楽のレトリックは最高だ。とんでもないところから表現を持ってくる。感情を捉えて放さなかった。どんな文章でもレトリックは役立つことが分かった。また一緒にやらないか。力を合わせればもっといいものができるはずだ」

「タク……そんなにアタシを褒めたって何も出てこないよ!」

 神楽はもぞもぞしている。

「鏡も、姫乃樹も美竹も。そしてもちろん先輩も。みんなヤバいくらいのスキルを持ってるんです。それを活かしませんか。こうやって文芸部のなかで留まっているのはもったいないと思います。自分の文章だけではなくて、他人の……困っている人の文書にも力を貸すんです。それは自分のためにも、他人のためにもなります。なると思います」

 俺は答えを待った。美竹が手を上げた。

「賛成。もっと面白いことしたいし。元々活動の幅を広げたくて文芸部に入ったしね」

「アタシはタクがどうしてもっていうなら、まあ乗ってあげてもいいけど」

「星來ちゃんと月璃ちゃんが賛成なら、わたしも大賛成です!」

 素直になりきれない神楽がいって、姫乃樹も先輩の顔色を窺いながらも賛成に回った。これで俺を含め四人獲得。残りは――。

「鏡はどう思う」

「僕は――。すみません、先輩。僕もこればかりは賛成です。高階とは性格的には合いませんが、この意見に限っては賛成すべきだと思います」

 五人。でも多数決に意味はなかった。最終的な決定権を握っているのは先輩なのだから。

「これが総意なのね。でもダメね。文芸部なそういうところじゃないから」

 落胆の声が漏れた。

「だから部の名称を変えましょう。暫定的に――総合文章芸術部なんてどうかしら」

「先輩……」

「ええ。あなたは変わった。六人全員の賛成よ。おめでとう」

 先輩が初めて本音で褒めてくれた。

 それから先輩は部員全員に聞こえるように、こういった。

「それでは七月から、文芸部は総合文章芸術部とします。異論ある方はいるかしら」

「「異議なし!!」」

 それは今日一番の大声だった。

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