第22話 衝撃再び

「風の壁を少しずつ弱めていくぞ!」

 ミリエルがリトとリビに言った。

「ああ!」

「はい!」

 リトが魔族を迎え撃つべく身構え、リビは精霊への祈りを始めた。


 ミリエルは両手で放出していた風の魔法を左手のみにし、右手で炎の魔法を放つべく魔力を充填した。

 属性の違う魔法を同時に行使するのはかなり難しいことだが、修業によって魔力の調整能力が巧みになったミリエルは、簡単にとはもちろんいかないものの、左右の手で異なる属性の魔力を放つことができるようになっていた。


(大魔を倒せるほどの威力はないかもしれないが……)


 だが、敵も裂け目の維持で多くの魔力を消費しなければならないはずだ。


(十分に効果はある……それに……)


 ミリエルは右前方で構えるリトを見た。

(リトがいる……リトがいてくれる……!)

 彼の存在がミリエルに大きな勇気を与えていた。


(よし……!)

 ミリエルは右手に十分と思える魔力を充填できた。

(これ以上溜めると却って魔力が拡散してしまう……)

 ミリエルは息を吸いこんだ。


「炎!」

 ミリエルの右掌に炎の球が現れた。

「撃て、ミリエル!」

 リトが叫ぶ。

「精霊さん――――」

 リビが精霊に祈る。


 ミリエルが風の壁を消すと同時に炎の球を裂け目に撃ち込んだ。

 炎球は大きくなりながら裂け目を攻撃し、裂け目付近にいた魔族10数体を撃ち落とした。


 それでも数体の魔族がミリエルの炎をすり抜けて向かってきたが、すかさずリトが瞬時に切り裂いた。


 風の壁を取り払った直後から瘴気が周辺に漂い始めたが、リビの祈りで召喚された精霊たちが虹色に輝きながら浄化した。


「次も来るぞ!」

 リトが叫ぶと同時に数体の魔族が裂け目の口に現れた。

 それは、これまでの翼が生えた悪魔のような姿のものではなく、より人間に近い肢体をしており、その手には剣や槍が握られていた。

 そしてその目には高い知性を感じさせるものがあった。


「……!」

 今までとは違う姿の魔族の姿に一瞬怯んだミリエルだったが、すぐさま立ち直って炎弾を放った。

 炎弾は剣を持った魔族を直撃するかと思われたが、その魔族は鋭く剣を振るってミリエルが放った炎弾を真っ二つに切り裂いた。

 そして、2つに割れた炎の間から魔族がミリエルに向かって翔んできた。


「なっ……!」

 ミリエルは、予想していなかった魔族の反撃に戸惑ってしまい、防御のための魔力充填もできず無防備の状態になってしまった。

 全身から血の気が引き、身体が痺れたようになって身動きが取れない。


(やられる……!)

 ミリエルの脳裏に絶望感がよぎった……その、一瞬後、


 ふっ――


 ミリエルの目の前に大きな背中が、リトの逞しくて大きな背中が現れた。


 ザンっ!

 ザンっ!!


 瞬く間に一閃、そしてもう一閃、鮮やかに魔族を切り裂いた。


「リト……!」

「すまん、危ないことをさせちまったな」

「いや、私の油断のせいだ……防御のことも考えないと……」

「いや、それは俺に任せてくれ。ミリエルは攻撃に専念して欲しい」

「でも……」

「俺は裂け目から飛び出てくる敵しか倒せない」

「……」

「でも、ミリエルの炎なら裂け目の中の敵にも攻撃できる」

「あ……」

「敵は消耗し始めてると思う。ここで一気に攻め込んで魔族を倒していけば、奴らは裂け目を維持できなくなるはずだ」

「……わかった」

「やってやろうぜ!」

 リトが親指を立ててにやりとげて笑った。

「ああ」

 ミリエルの顔にも笑みがこぼれる。


「私は仲間はずれですか?」

 リビがわざと拗ねたような表情で言った。

「あ……いや、そんなことは」

「ご……ごめんなさい」

 リトとミリエルがドギマギする。

「うふふ、嘘ですよ」

 と、にっこり顔でウインクをするリビ。

「さあ、いきましょう!」

「おお!」

「はい!」

 リビのかけ声にリトとミリエルが答える。


 こうしたやり取りをしている間にも裂け目から魔族が浸出してきた。

 始めの頃にやってきた化け物じみた魔族は来なくなり、今しがたミリエルを攻撃してきたような、より人間に近い姿形の、手に手に武器を持った魔族が出てきていた。


 ガキィィィーーン!


 リトの剣が魔族の剣を跳ね返す。

 リトの強力な膂力で剣を跳ね返された魔族が体勢を崩し、胴が無防備になる。


 ザンッッッ!


 返す剣でガラ空きになった魔族の胴体を切り裂くリト。

「ガッ……」

 断末魔の声を上げる魔族。

 が、間髪を入れずそのすぐ後方に別の魔族が槍を構えて突っ込んできた。

「……!」

 リトの表情に一瞬の焦りが浮かんだ。


「炎っ!」

 ミリエルが既に表出させていた炎弾を突っ込んできた魔族にぶち込んだ。

「ぐぁぁぁーーーーーー!」

 炎に包まれた魔族が苦悶の叫びを上げる。

「うりゃぁぁーーーーーー!」

 リトが掛け声とともに炎に包まれた魔族を切り裂いた。


「助かったぜ、ミリエル!」

 ニカッという笑顔でリトが言うと。

「ふふ」

 と、心無しかはにかんだような笑顔をミリエルが返した。

「にしても、奴らは火に弱そうだな」

 次の敵に備えて構えながらリトが言った。

「そうだな……」

 ミリエルも同感だった。


(確かに……炎に触れた途端に燃え上がったように見えた……。

 火力にもよるだろうが、通常あそこまで一気に燃えることはあまりない……)

 新たな炎弾を表出させながら考えるミリエル。


「次、来るぞ!」

 リトが注意を換気する。

 すかさずミリエルが炎弾を放つ。

「ギァァァァーー!」

 瞬く間にミリエルの炎に包まれた魔族をリトが切り裂く。


「いい感じだ、この調子でいくぞ!」

「うむ!」

「はい!」

 こうして、3人で連携しながら浸出してくる魔族を倒していき、少しずつではあるが、こちらが優勢だと思える状況になってきた。

 そんな時、裂け目の奥に一際ひときわ大きな魔族の姿が見えた。


「ミリエル!」

 リトが警戒の声を上げた。

「多分あいつが大魔だ」

「そうみたいだな」

「あいつは、出てくる前にダメージを食らわせておきたい」

 リトが言うと、

「ああ、私もそう思う」

 ミリエルは同意し、

「最大の魔力で炎を打ち込むぞ」

 と、リトとリビに言った。

「頼むミリエル!」

 リトが答え、

「守りは任せてください!」

 リビも答えると同時に精霊に祈りを捧げ始めた。


「精霊のみなさん、どうかミリエルさんをお守りください!」

 リビの祈りとともに、今まで以上の精霊が現れ、ミリエルの周囲に集まってきた。

「ミリエルさんが炎を打ったらすぐに防壁を作ってくれるそうです」

 リビが言うと、

「ありがとう、リビさん!」


 ミリエルは今まで以上に精神を集中させて、両手に魔力を充填していった。

 やがて、ミリエルの両掌の上に炎弾が現れ宙を浮遊し始めた。

 ミリエルの視線は裂け目の奥に向けられている。

 大魔と思しき姿が裂け目の縁まで現れてきている。


 その姿はまさに悪魔だった。

 頭には湾曲した角を生やし、尖った耳はこめかみのあたりまで伸びている。

 吊り上がって奥まった目は赤く光り、耳元まで裂けた口にはびっしりと尖った歯が並んでいる。

 皮膚はいかにも硬そうな鱗で覆われているようで、鉤爪が生えている手には三叉の矛を持っている。


 ぞっとするような眼光の赤い目が真っ直ぐにミリエルを見据えており、まるでその眼光でミリエルを射殺そうとでもするかのようだった。

「……!」

 背筋が凍るような眼光に一瞬ミリエルが怯む。

 それを見たリトがすかさず、


 サッ!


 と瞬時に動き、ミリエルを庇うように大魔の前に立ち塞がった。 

「心配するな」

 目は相変わらず大魔を睨みつけながらリトが言った。


(リト……!)

 リトの大きな背中が心強い。

「すまん……撃ち込めなかった」

 ミリエルが謝った。

「大丈夫だ、守りは俺に任せろ。ミリエルは攻撃に集中してくれ」

「分かった」

 リトの背中を頼もしげに見つめながらミリエルが答える。


「よっしゃぁぁぁぁーーーー!」

 リトが改めて気合と共に自らに身体強化の魔法をかけ、

「いくぞぉぉぉぉーーおらぁぁぁぁーーーー!」

 と、掛け声とともに大魔に向かっていった。


 ガキィィィィィィン!


 リトの剣と大魔の三叉矛の剣戟が響き、火花が散った。

 リトは自身の倍はあろうかという大魔に対して一歩も引けを取らなかった。

 どころか、一撃また一撃と剣を繰り出す毎に剣戟速度も増していき、少しずつ大魔を押していった。


「おらおらおらぁぁぁぁぁぁーーーー!」


 目にも止まらない速さで繰り出されるリトの剣に防戦一方の大魔がどんどん裂け目へと押し返されていく。

 押し返されながらもなんとかリトの剣戟を受けていた大魔だったが、ついに受けきれなくなり体勢を崩した。


「せいっ!」

 その隙を逃さずリトが大魔の胸に蹴りを入れた。

「グァァッ!」

 リトの蹴りをまともに食らった大魔は呻き声を上げて裂け目の中へと飛ばされた。


「ミリエル、今だ!」

「ん!」

 既に両掌に炎を表出させていたミリエルが、左右同時に炎を繰り出した。

 二つの炎は渦を巻くように回転しながら大魔を攻撃した。


「ギァァァァァァーーーー………」

 大魔は炎に包まれ、断末魔の叫びの尾を引きながら裂け目の奥へと押し返されていった。


「っしゃあぁぁぁぁーーー!」

 リトが拳を握りしめて雄叫びを上げた。

「やった……!」

 ミリエルも、大量の魔力を消費し疲労が見える顔に笑顔を浮かべて言った。


 そして、裂け目の維持の中心的役割をになっていたであろう大魔が倒されたことにより、徐々に裂け目が狭まり始めた。


「裂け目が閉じていきます!」

 リビが希望のこもった声で叫んだ。

「よしっ!」

「このまま閉じてくれ!」

 リトとミリエルも声に希望を載せて祈るように言った。


 しかし、あと一息、あと少しで完全に閉じるというところで、裂け目は動きを止めた。


「坊主、まだ油断するなよ!」

 ノルが後ろから警告する。

「そうよ、まだ裂け目は完全には閉じていないわ」

 ユラも注意を促す。

「わかった!」

「はい!」


「癒やしを……!」

 リビが精霊に祈りを捧げる。

 ミリエル達三人の周りに様々な色彩に輝く精霊が現れてきた。


「助かります!」

 リトが感謝の言葉をあげた。

 が、その直後精霊たちの輝きが薄れ始めた。

「……え?」

 リビが驚きの声を上げる。

「リビさん……?」

 ミリエルがリビを見ると、彼女は目を大きく見開き信じられないという表情をしている。


「せ……精霊さん、何が……」

 そうリビが言っている間にも精霊たちの光はどんどん弱まっていき、一つ、また一つと数を減らしていった。

「精霊のみなさん、どうか、どうか……!」

 必死に祈りを捧げるリビ。


 そんなリビを呆気にとられてみていたリトが、

「……っ!」

 と、何かを感じて振り返り、わずかに筋のように残った裂け目を睨みつけた。


「坊主っ!」

 ノルが激しく警告を発した!

「ミリエル、リビさん、俺の後ろに!」

 リトが叫ぶように言った。

「え……どういうことだ?」

「……リトさん?」

 ミリエルとリビには今ひとつ状況が理解できていなかった。


「早くっ!裂け目がまた開くかもしれないんだ!」

 そう言いながらリトは両足を開き自身に身体強化の魔法をかけた。

 リトが淡い光で包まれる。

 それを見てミリエルとリビは、慌ててリトの背に隠れられるように動いた。


「だぁぁぁぁぁぁーーーー!」

 リトの気合を込めた叫びが響き、リトを包む光が広がって防護壁が形成された。


『坊主、踏ん張れよっ!』

 後ろからノルが叫びかける。

(この声……?)

 いつもと違う、だが聞き覚えのあるノルの声の感じにミリエルが振り返って見ると、ユラとシエルの前に虹色の光の防護壁が形成されていた。


(あの時みたいにノル様が防護壁を……またあれが来るのか!?)


「任せろっ!」

 そう答えるリトの背中を見ると、いつもより一回り大きく見えた。

 実際のところ、身体強化の魔法によって大きくなっているのかもしれない、とミリエルは思いながら、

「リト……!」

 その、大きく頼もしいリトの背を見つめて彼の名を呼んだ。

「リトさん……!」

 リビも両手を握り合わせ、祈るように人の名を呼んだ。


 すると、動きを止めていた裂け目が動き始めた。

 振動するように左右に揺れ、開きかけては閉じ、また開きかける、という動作を繰り返した。


 そして裂け目が、


 ふっ……


 と、動きを止めた。


(((来るっ……!)))


 リトは体に気合を込め、ミリエルとリビは左右から彼の肩に腕をかけて身構えた。


 一瞬空気が裂け目の方向に流れた。


 その直後……


 ドンッッッッ!!


 とてつもない衝撃がリトの防護壁に襲いかかった。


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!」


 全身全霊、持てる力の全てを防護壁に注ぎ込むリトの叫びが谷に響き渡る。

「リトっっ!」

「リトさんっっ!」

 ミリエルとリビがリトの肩をギュッと握りながら言った。


「リト、私も魔力を……」

 ミリエルが言うと、

「い、いや、こいつは……この衝撃はすぐ終わる」

「そうなのか?」

「……ああ、多分な……」

「そうしたら……」


 そう言っているうちに、リトの推測どおり、衝撃が収まった。


 そして、三人は見た。

 再び開いてしまった裂け目を。

 しかも先程までとは比べ物にならないほどの大きさで開いた裂け目を。


 大きく開いた裂け目の奥には、先程撃退した大魔と同等と思われる悪魔が二、三十体、そしてその周りには百や二百では効かないであろう、翼を持った化け物や人間と似た姿の魔物が無数に群れをなしていた。


「そんな……」

 リトの肩越しに見ていたミリエルがそう言って言葉を失った。

「あぁぁ……」

 リビも絶望的な声を上げるのが精一杯だ。


(もう……もう、終わりなのか……終わってしまうのか……?)


 ミリエルの心に絶望が湧き上がり、リトの肩を掴むてが小刻みに震えた。

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