第16話 衝撃

 ドンッ!!!!


「「!?」」


((空が落ちてくる!?))


 その瞬間、ミリエルとリトはそう感じ、サッと空を見上げた


 そして、その一瞬後。


 ズンッ!!!!


 上から強烈に押し付けてくる巨大な力に、二人は地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。


「あぁぁぁぁ…………!」

 ミリエルがかつて経験したことがない強烈な力に押し潰されて苦悶の声を上げる。


「み……ミリエルーー……!」

 とてつもない力で地面に押し付けられながらも、リトは声を絞り出してミリエルの名を呼び、うつ伏せに倒れたミリエルのところまで這っていった。

 そしてミリエルの上に自分の体を覆い被せ、自身に防御魔法をかけると、防御魔法の有効範囲を限界まで広げ、ミリエルがその有効範囲内になるようにした。


 この衝撃が急激な気圧の上昇のせいだと踏んだリトは、防御魔法に持てる力のすべてを注ぎ込み、ミリエルが気圧に押し潰されないように防御魔法で彼女を包みこんだのだ。


 リトの大きな体と防御魔法で守られて、苦しさが和らいだミリエルはリトを見ようと体をひねった。

 そこには強大な圧に抗うために限界まで力を注ぎ込み続けているリトの、苦しみに歪み滝のような汗をかいている顔があった。

「リト……!」

 彼の名を呼ぶミリエルの声はほとんど悲鳴に近かった。

「……ミリエル……」

 リトがやっとのことで答えた。苦しみに歪む顔を無理矢理笑顔にしようとしながら。


 あのリトが。

 太陽の勇者で、筋肉自慢で、ミリエルの半ば本気の空気弾を受けてもケロッとしている頑丈なリトが今、滝のような汗をかきながら苦痛に顔を歪めている。


「リト……」


 きっとリトはミリエルを守るために、彼女の想像を遥かに超える重圧に耐えているのだろう。


「リト……」


 そんな苦しみの中でもミリエルに微笑みかけようとするリトの姿を見て、ミリエルの目に涙が溢れ出てきた。


「リト……リト……!」


 泣きながらリトの名を繰り返し呼ぶミリエル。

(リトが……リトが壊れてしまう……!)


『ミリエル!!』

 ユラの声がミリエルの頭の中に飛んできた。

「ゆ……ユラ様……リトが……リトがぁぁ―――」

 その後はミリエルは泣くばかりで言葉にならなかった。


『しっかりするのよ!今ノルがそっちに行くわ!』

 ユラの言葉が終わらないうちに、ミリエルとリトは無数の小さな光の粒に包まれた。


『よく頑張ったな、坊主!』

 ノルの声がどこか上の方から聞こえた。

 光の粒は七色にひかるガラスのようになり、半円形の屋根のようになって二人を守る傘となった。


 すると二人を押し潰していた重圧が解け、リトは大きく息を吐いてミリエルの横に突っ伏した。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 重圧から開放されはしたものの、リトは突っ伏したまま肩で大きく息をしていた。


「リト……リト……!」

 ミリエルは体を捻って横にいるリトに声をかけた。

「ミ……リエ……ル………………か?」

 息も絶え絶えにリトが何か言おうとしている。

「……え?」

 ミリエルが聞き返す。

「……だ……だいじょ……うぶ……か?」

 やっとのことでリトが言った。

「……私は大丈夫……リトが守ってくれたから」 

 そうは言ったが、最初の衝撃で受けた痛手は彼女の体をかなり痛めつけていた。


「私よりも……リトのほうこそ……」

 ミリエルは涙を拭いながらそう言った。

「俺は……大丈夫だ……少し休めば……もとに戻る」

 未だ汗が滴る顔に無理に笑顔を張り付けてリトが言った。


『さっきの馬鹿みたいな圧も少しずつ弱くなってきているようじゃ』

 上の方からまたノルの声が聞こえてきた。

『二人ともしばらくこのまま仲良く休んどれ』

「ノル様……今どこに……さっきのは一体……」

 ミリエルがやや混乱しながら聞いた。

『それは後で話す。とにかく今は体を休めるのが先決じゃ』

「……はい」

 ノルにさとされてミリエルが言った。


 隣りのリトを見ると、息遣いの荒さは多少収まってはきたものの、まだ肩で息をしていた。


(そうだ……リトを……休ませないと…………)


 ……………………


「…………!」

 ミリエルはいつの間にか眠っていたようだった。


(……リトは……!)


 横でリトが寝息を立てていた。


(……よかった……)

 元々童顔のリトの寝顔は幼い少年のようだった。

 彼のクセのある金髪が汗で額に張り付いている。

 その髪をミリエルはそっと手で整えた。

(リト……)

 彼の髪を撫でながら、ミリエルは心のなかで彼の名を呼んだ。


 それに答えるように、リトが身じろぎして目を開けた。

「……ん……ミリエル……?」

 寝ぼけまなこで彼女の名を呼ぶリト。

「ああ、おはよう……」

 柔らかく微笑みながらミリエルが言った。

「もう大丈夫なのか?」

 元通りとまではいかないものの、先程までに比べれるとかなり元気な声でリトが聞いた。

「ああ……ノル様が障壁で私達を守ってくれている」


『二人とも目が覚めたようじゃな』

 未だに声だけが聞こえるノルが言った。

「ああ……それにしても、じいちゃん、どこにいるんだ?」

 リトが体を起こして周囲を見回しながら言った。

 二人はまだ虹色の障壁の中にいた。


『どれ、もう大丈夫なようじゃから、元に戻るとするかの』

 ノルがそう言うと、虹色の障壁がぼやけて光の粒になった。

 そして光の粒がわだかまっていき、人の形のようになると、


 ピカッ!


 と、正視できないほどに輝いた。

 眩しさに目を背けたミリエルとリトが視線を戻すと、そこに二人が慣れ親しんだノルの姿があった。


「「えええええーーーーーー!?」」


「儂がなんでこんな事ができるかっちゅうとだなぁ……まあ、小屋に戻ってから話すとしよう。と言っても小屋は潰されてしまったがの」

 苦笑いをしながらノルが言った。


「小屋が…………ユラ様は……?」

「まさか……!」

 ミリエルとリトの顔が蒼白になった。

『私は大丈夫よ』

 先程と同じようにユラの声が飛んできた。

「よかった……」

 ミリエルがそう言いながらリトを見ると、かれも頷いていた。

 今のユラの声はリトにも聞こえていたらしい。


「俺たちはどれくらい寝てたんだい、じいちゃん?」

 リトが聞くと、

「せいぜい一時間といったところかのう……まあ、たいして経ってはおらんよ。それじゃあ、ボチボチ行けそうかの?」

 ノルの問いかけに二人は頷いて腰を上げた。


 リトと共に立ち上がろうとしたミリエルだったが、中腰になった時に強い目眩めまいを感じて膝をついてしまった。

「ミリエル!」

 すかさずリトがミリエルに寄り添って彼女を支えた。

「大丈夫か?まだ苦しいのか?もう少し休んだほうがいいんじゃないか?」

 リトはミリエルの肩を抱きながら心配そうに彼女の顔を覗き込みながら矢継ぎ早に問いかけた。


「すまん……ちょっと目眩がして……」

 そういうミリエルの顔は、青白く、生気が戻ってきたようには見えなかった。


「ミリエルちゃんはリトの坊主と違って体は普通の娘さんとそう変わらないからの」

 ノルが言った。

「まだ歩くのはきついかもしれんのう」

「そうしたら俺が……」

 そうリトが言うと、


「いやいや、おぬしもまだ本調子じゃなかろう。ここはひとつ儂がミリエルちゃんをおぶって行くとしよう」

 ふむふむといった感じのもっともらしい顔でノルが言った。

「えっと……それは……」

 ミリエルがどうしていいか分からずにいると、


『んっっ!んんーーっ!!』


 と、ユラの咳払いが、とても大きな咳払いが聞こえてきた。


『余計なことはしないのよ、ノル……!』

 穏やかな言い方ではあったが、語尾にはしっかりと圧がかかっていた。

「スンマセン」

 素直に謝るノル。


「それじゃ、俺が……」

 そう言いながらリトは、地面にぺたんと座り込んでしまっているミリエルの脇にしゃがんだ。

「え……?」

 戸惑いの声を上げるミリエル。

 そしてリトは彼女の背に右腕を当てて、

「俺の腕に寄りかかって」

 と、言った。

「でも……」

 そう言いながらもミリエルが言われたとおりにリトの腕に背中を預けると、リトは立てたミリエルの膝の下に左腕を差し入れて、

「……ん」

 と軽い掛け声とともに立ち上がった。

「……!」

「いやぁ、軽いなぁミリエルは。まるで綿毛のようだ」

 リトは喜色満面、嬉しくてしょうがないといった顔をしている。


「リト……ちょっと……」

(恥ずかしい……!)

 ミリエルは顔を赤らめながらもあることを思い出していた。


 幼い頃、本好きのミリエルは村の寄合所の書庫にあるおとぎ話の本を好んで読んでいた。

 その中のひとつに、悪い魔女に毒で眠らされてしまったお姫様を王子様が助けに来る、という話があり、その話の挿絵の一つがミリエルは大好きだった。

 それは、王子様がお姫様を抱きかかえて助け出す様子を描いたもので、


(わたしもいつかこんなふうに……)


 と、幼いミリエルは何度も夢想したものだった。

 そして、まさに今、リトがミリエルを抱きかかえている状態がその挿絵と寸分違わず(と、ミリエルは思った)同じ状態であった。


(これって……!)


『さあ、リト。あなたのお姫様、ミリエルをしっかりと大事に連れてきてね』

 と、まるで今ミリエルが考えていたことを聞いてでもいたかのようにユラが言うと、

「はい、もちろんです、ユラ様!」

 と、ほとんど敬礼でもしようかという勢いでリトが答えた。


(ゆ……ユラ様……心を読まないでください……!)

 ミリエルは、届くかどうかわからなかったが反射的にユラに思念を送った。


『うふふふ……』

 案の定、ユラの含み笑いが聞こえてきた。


(やっぱり……)

 と、恥ずかしげに頬を膨らませるミリエルだった。


「じゃあ行くぞ、ミリエル。俺にしっかりつかまっててくれ」

 ミリエルを見下ろしながらリトが言った。


「……うん」

 と、リトを見上げながら言うミリエルの表情は、彼への信頼で溢れていた。


 歩き始めたリトに身を預け、彼の肩に頬を寄せながら、ミリエルは思っていた。


(リトがいれば……リトがいてくれれば……何も心配ない)

 そして心持ち彼にすがる腕に力を入れ、より強く彼に身を任せた。


 そんな二人をノルは、子を見守る親のように、そしてまた、子の未来を案ずる親のように見つめていた。

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