第2話 金貨5枚


 夜に紛れて、コロルからの斥候を二人始末した。


 だが敵小隊の詳細な位置が掴めず、スガヤは一旦木の上に登った。


 月明かりの届かない雑木林の中にあっても、夜目がきくスガヤは、南東の方向で微かに木々が蠢いたのを目視した。


 大まかな地図を書いて、その紙に小石を包んで木の下に投げる。木の下に控えていた伝令兵フラーウムがそれを受け取り、その石で木を二回ノックした。「了解」の合図だ。


 フラーウムが後方へ駆け出したのを確認してスガヤはしばらく木の上で援軍を待っていた。


 だが敵の進行が思いの外早い。

 舌打ち、スガヤは木から降りると単騎南東へ向け走り出した。



 敵の進行を食い止めるべく、短刀を翻し、闇に乗じて先行していた歩兵を二人斬った。叫び声を聞いて、さらに敵歩兵が二人駆け寄る。


「スガヤ!」


 名を呼ばれ、振り返ると、傭兵団団長、カーヌスが鬼の形相で小隊を率いて駆け抜けてくる。


 これは後で説教を食らうなと、嘆息しつつも、スガヤは短刀を構え直した。


     ・・・


「お前は何度注意すれば無謀な特攻を止められるんだ!」


 予想通り、本陣帰還後カーヌスが変わらぬ鬼の形相でスガヤに唾を飛ばしてくる。

 スガヤは合間合間で「はいすみませんでした」と軽く頭を下げた。


「まあまあ、カーヌス、その辺にしておいてあげて。ほら、二番隊も帰還したから労わないと」


 副団長のエブルに助けられ事なきを得た。しかし、本日の報酬が、手柄から規約違反分を引かれ、結局銀貨たった2枚という、惨憺たる結果だった。



 帰路に着く頃には東から太陽が登り始めている。

 もはや溜め息しか出なかった。



 荒れ狂う心を抱えたまま、気がつけば、あの奴隷馬車の前に立っていた。

 ぼんやり見上げる先の、あの黒い瞳が自分を見ればいいのにと、ずっと考えていた。


「お嬢さん、足しげく通ってくれるね、」


 相変わらず奴隷商人が卑しい顔で寄ってくる。スガヤは相手にするのも億劫で返事もしなかった。


「これはご贔屓くださるお客さんにだけお教えしていることなんですがね、」


 そんなスガヤの態度を意に介することなく奴隷商人はいやらしく笑う。その意味深な物言いを、スガヤは聞くでもなく聞いていた。


「うちはね、お嬢さん、一夜だけ、奴隷の貸し出し、というのも行っているんですよ?」

「貸し出し?」


 うっかり反応してしまい、奴隷商人はその口角の笑みを深くした。


「そう。但し、相手は有翼人だ。特例なんでね、少々条件は厳しくなりますが、お聞きになられますか?」

「聞こうか」


 スガヤは迷いなく二つ返事で了承した。


「まあ、守っていただきたいことはただ一つなんですがね。」


 勿体ぶった様子で一拍置くと、声を静めて奴隷商人は言った。


「有翼人は人間と深く交われば『人間』に堕ちてしまうんですよ。そうなれば、商品価値はなくなってしまいます。お分かりですよね?」

「・・・」

「ですので、有翼人を『人間堕ち』させたり、逃がしたりされた場合は、契約違反として金貨500枚と、貴女様の御身をいただきます。よろしいですか?」

「いいだろう。」

「では、手付金として銀貨2枚今お支払いただいた後、今宵、奴隷貸し出し賃として金貨5枚、お持ちいただけますか?」

「わかった。」


 スガヤは鞄から今日の報酬分を全て取り出し、奴隷商人に渡すと、そのまま足早に奴隷馬車を後にした。



 家に戻り、引き出しの中から、幼い頃、初めての報酬で買った、クリスタルの散りばめられた小さな箱を取り出した。


 そっと蓋を開けると、金貨が4枚、小袋に入れられて保管されている。


 それが、スガヤの全財産だった。


     ・・・


 気温が下がり、低くなった空を見上げると、太陽が既に真上に来ていた。

 気持ち足早にスガヤは粗末なレンガ造りの家の前に来た。

 木製のドアを激しくノックする。


「うるせぇ!誰だ!」


 明らかに眠っていたらしいカーヌスがひどい寝癖のまま相変わらずの鬼の形相で現れた。


「団長、急ぎ金貨を一枚貸してくれ」

「は?なんだと?」

「金貨だ。」

「いやいや、何言ってんだ。どうした、今まで金なんか借りたことないだろ、何があった。」

「何もない。いいから貸してくれ。」

「おい、金貨だぞ?そう易々と貸すと思うのか?理由を言え」

「奴隷を借りるのに金貨が一枚足りないんだ」

「はあ?」


 スガヤは、察しの悪いカーヌスに苛立ちつつも、説教時よりも明らかに深く頭を下げた。


「頼む。貸してくれ」


 状況が掴みきれてはいなかったが、カーヌスはそれ以上何も聞かず、金貨を一枚差し出した。


「必ず返せよ。」

「ああ、いつか、な」


 これは返してもらえないなと、カーヌスは思いながらも、珍しく焦った様子で去るスガヤを嘆息しつつ見送った。



 スガヤはその足でフラーウムを訪ねた。

 さすがに、突然起こされても身形を整え迎え入れてくれるフラーウムは、スガヤにお茶まで出してくれた。


「それで、何の用ですか?スガヤ姉が私を訪ねるなんて、ちょっとした異常事態ですよ?」

「時間がないから単刀直入に聞くが、男をもてなすには何をすればいいのか教えてくれ」


 フラーウムは飲んでいた紅茶を一気に吹き出した。






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