最終話 沙織 動きます


 教室内にはタコ焼きが美味しそうに焼ける匂いと、クレープの生地が焼ける甘い香りが漂っていた。

 いつもなら食欲がわいてくるような状況なんだけど、今は目出し帽を被った男達に教室が占拠されているので、とてもじゃないけど食欲なんてわいてこなかった。


 男達を刺激しないように、小声で麗奈に


「いつになったら、克也たちは動くのかしら」

「う~ん、今の状況をみてると、克也君は普通にタコ焼き作りを楽しんでるみたいだし、直樹君は腕の筋トレってことで生地作りを楽しんでるようにしか見えないよねえ」

「確かに、そう見えるわね。それと千春に至ってはただ単に、クレープを焼いてみたかったのかもね」

「だね、こんな状況なのに、何かものすごく楽しそうに焼いてるよね」


 麗奈が不甲斐ない男子たちを見て、困った表情を浮かべていた。


 目出し帽の男達が侵入して来てだいぶ時間が経過しているが、ずっとこの状態が続いている。


 克也は黙々とタコ焼きを作りまくっているし、直樹は薄っすらと額に汗を浮かべながらクレープの生地だけではなく、タコ焼きの生地も作りまくっていた。千春はいつの間にかクレープをずっと焼きまくっている。


 そんな男子たちの事はほっとくとして、不可解なのは目出し帽の男達が外部に対して何らかの要求を全くしていない事と、生徒たちは人質として教室に留めておくものと思っていたけど、「トイレに行きたい」「体調がすぐれない」と要求する生徒をすんなりと教室から解放していた事だった。


 目出し帽の男達の目的が何なのか知りたくて、麗奈と様子を伺っているうちに、気づけば教室内に残っている生徒はいつもの仲良しメンバーである、麗奈、克也、直樹、千春だけになっていた。


「ねえ、麗奈。もうさ、克也たちが動き出しそうにないからさ、うちらでヤツ等をやっつけちゃお」


 一瞬目を見開き驚いた表情をした麗奈だったが、真剣な表情になると


「うん、そうだね。そうしよう」

「麗奈の見立てだと目出し帽の男達はどんな感じ」

「う~ん、格闘技経験者はいないけど、多少腕に自信がありそうなのは、始めに男子生徒を襲ってた人かな」

「じゃあ、まずはそいつを行動不能にして、後はそん時の状況で残りの三人をやっつけよう」


 麗奈は頷き、さらに表情を引き締めた。


 ずっと壁に寄りかかって座っていたので、身体中の筋肉がこわばっていた。男達に気づかれないように、ゆっくりと首や肩回りの筋肉をほぐし始める。隣で麗奈も同じ様にゆっくりとストレッチを始めた。

 身体を動かしたことで血行が良くなり、徐々に体温が上がり身体が熱くなってくるのを感じる。それと同時に、ふつふつと闘志も燃え上がってきた。不可解な行動を取る男達は不気味ではあるが、麗奈と一緒なら絶対に大丈夫だ。


 チラッと克也たちの様子を見てみる。相変わらず目の前の作業に没頭していた。いつまで経っても動き出さない克也たちを見ると、だんだん腹が立ってきた。その感情をエネルギーに変えて燃え上がる闘志に注入する。良い感じに気持ちが昂って来ているのが分かる。すると、男達への恐怖心の様な物は消え、いつでも戦える状態に気持ちが切り替わった。麗奈を見ると目が合い頷いて来た。お互い戦う準備は整った。後はタイミングを待つだけだ。


 ターゲットにしている目出し帽の男が教室の扉の方を見ながら歩き始めた。麗奈と同時に立ち上がり、一気にターゲットとの距離を詰める。


「もう止めだっ。俺は自首する」


 ターゲットの目出し帽の男が突然走り出したと思ったら、教室から出て行ってしまった。教室の扉から廊下を警戒していた男達も走って行ってしまった。


「すまなかった」


 最後に残った目出し帽の男がうちらに一言謝ると、教室を出て行ってしまった。突然の出来事に唖然としていた麗奈が


「う~ん、どっか行っちゃったね」

「そっ、そうね。でも、今すっごい私モヤモヤしてるんだけど」


 麗奈が苦笑いを浮かべながら


「私だって不完全燃焼な気分よ」





「でもさあ、あの武装集団は何がしたかったんだろうね」


 文化祭が終わった次の週の昼休み、千春が私に問い掛けてきた


「なんかね、スマホから生徒の家族へ身代金の要求をしようって計画だったんだけど、みんなスマホ持ってなかったから計画がダメになって、頭が真っ白になっちゃってたみたいよ」


 机に頬杖をついたまま克也が


「ふ~ん、結局は身代金目的の犯行だったのか。でも、俺はタコ焼き作りに専念できたからけっこう楽しかったぜ」


 直樹が腕を組んだまま


「ただ、ナイフで襲ってきたり、あれ以上生徒に危害を加える素振りをみせてたら、すぐに対処してたけどな」


 苦笑いを浮かべながら麗奈が


「沙織ちゃんと私は、克也君と直樹君がすぐに武装集団を撃退してくれるって思ってたんですよ」

「そうよ、男子って「学校が謎の武装集団に占拠されちゃう」話しを、必ず一度は妄想してるんでしょ。だから、絶対にノリノリで動き出すって思ってたのよ」


 千春が眉間に皺を寄せながら


「確かにごく一部の男子はそんな感じの妄想をするかも知れないけれど、全ての男子がその妄想をするとは限らないよ。だって、僕はそんな妄想したことないもん」

「えっ、そうなの。男子はみんな妄想したりしないの」


 千春が呆れたような表情をすると、克也が鼻で笑いながら


「俺もしたことないなあ。直樹もしたことないんじゃないかなあ」


 直樹が腕を組んだまま頷く。


「そっかあ、私の勝手な思い込みだったのか」


 すると千春が


「でもさ、男子が頑張らなくたって、沙織ちゃんと麗奈ちゃんも格闘技やってて強いんだから、武装集団をやっつけられたんじゃないの」


 確かに、男子がいつまで経っても動き出さないから、麗奈と二人で撃退しようとやる気満々で準備をしていた。なのに、直前で逃げられちゃったのよね。あの時のモヤモヤした気持ちを思い出しているのか、隣で麗奈が苦笑していた。


 私はふと思い出したので


「ねえ千春。何で文化祭の期間中ずっとメイド服着て女装してたのよ。あんた前から女っぽく見られるのがイヤって言ってなかったっけ」

「普段の格好で女子と間違えられるのはイヤだけど、クラスで催し物の準備をしている時に、僕を女装させるって話しで盛り上がったんだよね。そんで、年に一度の文化祭だし、みんなが楽しめるんだったらオッケーかなって思ってね。それに良い思い出にもなりそうじゃん」


 なるほどね。でもまあ、今年の文化祭はそんなことをしなくったって、絶対に忘れられない思い出になったんだろうけどね。と思いつつ、これからもこのメンバーと沢山の思い出を作って行きたいな。と改めて強く感じた沙織であった。



<了>


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ねえ、男子って「学校が謎の武装集団に占拠された!」って話しを、必ず一度は妄想してたりするんでしょ? よりこ☆ @mesugorira1103

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