第16回 一冊の本の企画を通すまで

 さて、一冊の本が出来るまでの工程は、一般的には、以下のような流れとなっている。


 ①企画(企画書)の提出

 ②プロットの提出

 ③執筆⇒原稿提出

 ④改稿⇒原稿提出

 ⑤校正(出版社側)

 ⑥校正(著者自身)

 ⑦最終稿完成


 この後は印刷業者とか、まだまだ色々あるのだけれど、とりあえず最終稿が出来るまではだいたいこんな感じだ。


 そして、多くの作家を悩ませるのが、①企画(企画書)の提出、である。


 ここでまず、担当編集から弾かれてしまうことが多い。出版社としては、どれだけ多くの読者を獲得できるか、あるいはシリーズ化して継続的に収益を上げられるか、といった視点で企画を見ているのであり、作者本人が「これは面白くなりそうだ」と考えているだけでは、企画は通らない。


 必要になってくるのは営業力だ。「このジャンルはこれだけの数ファン層がいるので確実にヒットを叩き出せます」と胸を張って言えるくらいでなければ、まず企画は通らないと思っていい。もちろん、それは私のようなへっぽこ作家に限った話であり、売れっ子作家ともなればまた別なのだろうが。あるいは担当編集がよほど変人であれば、どう考えても売れそうにない企画でも通してくれるのかもしれないが。


 とにかく、私は『ファイティング☆ウィッチ』の後、この①企画(企画書)の提出段階でつまづいていた。


 2008年に書いた『マッドバーナー』も、大幅にアレンジを加えて、試しに企画をまとめて出してみたりした。


 出したはいいが、「殺人鬼vs殺人鬼集団とか、誰得ですか」のひと言で一蹴されて終わってしまった。


 その他にも、「伝統的な遊戯を研究している部活動の青春物語」とかも企画を出してみたが、「それを面白く書ける自信はありますか?」と問われてしまい、この時の自分は『ファイティング☆ウィッチ』打ち切りのショックも残っていたので、「そうですね、難しいですね……」と大人しく引き下がってしまった。


 やがて、忘年会も終わり、年末になっても良案が浮かばず、ついに年を越して2014年となってしまった。


 いい加減、次の作品の企画を通さないと、という焦りを抱いていた、そんな私に対して、追い打ちをかけるような出来事が起こった。


 父が、急性白血病で入院してしまったのだ。


 年明けから顔や手足がむくんでおり、具合悪そうにしていたから、さすがに様子が変だと思った母が病院へ連れていったところ、発覚したのである。


 万が一、の可能性も非常に高いと聞かされ、ショックを受けるのとともに、せめて新作の企画が通ったことだけでも父に伝えておきたいと思った。


(やむを得ない……!)


 苦渋の決断だった。唯一、自分ならこれは面白く書ける、という自信を持っているネタがあった。しかし、どう考えてもデビュー作でコケた無名の作家である自分が出しても売れる内容ではなく、もっと売れっ子で有名になってからご褒美として書ける作品だと思っていたので、担当編集に持ちかけるのをためらっていた。だけど、ネタを温存しているような余裕のある状況ではなかった。


 さっそく企画書を作り、担当編集に以下のような文面でメールを送ってみた。


「今回のコンセプトは「美少女水滸伝」で作っております。知る限り、調べた限りでは、三国志の女体化バージョンの話や、戦国武将の女体化バージョンの話はありますが、水滸伝はまだだと思いますので、もし私が先に手がけられたら、という思いもあります。水滸伝は、学生時代に勉強・研究していた得意分野ですので、マニアが読んでも納得できる小ネタを織り交ぜる自信はありますが、ただ、ラノベ向きに、なるべくシンプルな内容にするよう注意します」


 ちなみに、企画書の一部を抜粋すると、以下のような内容である。


 ☆ ☆ ☆


【タイトル案】エデン・ゴッデス

【コンセプト】美少女水滸伝(チャイニーズファンタジー)

【物語の時期】中世中国(宋の時代。西暦1100年頃)ただしパラレルワールド的架空世界

【舞台】中国

【主要人物】

・主人公

1.燕青(えんせい) 二つ名:浪子(ろうし) 男 16歳  出番:多

……中性的美貌の持ち主。格闘術の心得はある。人懐っこく、愛嬌のある少年。一人称は「オレ」。気功術で、特殊な技を当てることによって相手の気を乱すことができる。


・ヒロインズ

2.林冲(りんちゅう) 二つ名:豹子頭(ひょうしとう) 宿星:「天雄星」 女 17歳  出番:多

……宋国禁軍の槍棒師範。クールで生真面目な性格から、常に眉間にしわを寄せているため、「豹子頭」と呼ばれている。槍の扱いについては右に出る者がいない。腹部に白色で「雄」の文字が浮き出ている。一人称は「私」。硬い口調。


3.魯智深(ろちしん) 二つ名:花和尚(かおしょう) 宿星:「天孤星」 女 18歳  出番:多

……かつては提轄をやっていたが、「仙姑狩り」に反発し殺人を犯したため、逃亡者となる。ほんの数日だけ仏門に入ったので僧侶の格好をしているが、破戒僧。重さ六十二斤の禅杖が武器。背中に白色で「孤」と文字。一人称は「俺」か「俺様」。


4.林小倩(りんしょうせん) 宿星:「天優星」 女 14歳  出番:中(中盤まで)

……林冲の妹。心優しい少女。本を読むのが好きで、いつか姉と一緒に国中を旅して回りたいと願っている。白い「優」の字が胸に入っている。一人称は「私」。


5.柴進(さいしん) 二つ名:小旋風(しょうせんぷう) 宿星:「天貴星」 女 20歳  出番:少(ただし重要)

……名門柴家の当主。高貴な雰囲気の漂う、おっとりとした礼儀正しい女性であるが、侠の者としての一面も持っている。燕青に道筋を指し示す。実は仙姑で、長髪で隠れてるうなじに白い字で「貴」と浮かんでいる。一人称は「わたくし」。常に敬語で喋る。


(中略)


・敵

7.高俅(こうきゅう) 男 32歳  出番:中(序盤は名前のみ、中盤、終盤活躍)

……蹴鞠を始めとする遊戯の才能を皇帝に買われて、太尉まで上り詰めた男。飄々とした性格。「仙姑」の存在を皇帝に教え、「仙姑狩り」をするように奨めた。


8.陸謙(りくけん) 男 18歳  出番:多(林冲の敵役)

……高衙内(こうがない)の腹心。撃剣の使い手。林冲とは良きライバルであったが、一方で、女のくせに自分と同じかそれ以上の力を持つ林冲に強い嫉妬の念を抱いていた。強烈な光を発する宝貝「太陽刀」を高俅より授かる。実は林冲に想いを寄せている。


9.高衙内(こうがない) 二つ名:花花太歳(かかたいさい) 14歳  出番:中(敵1。中盤と最後に登場)

……高俅に養子として迎えられた少年。本性は殺人鬼であり、特に美しい女性に目がない。その凶悪さを高俅に買われ、「仙姑狩り」の実行部隊の一員として暗躍している。妖術で地の底に潜り、敵を翻弄することができる。


10.富安(ふうあん) 二つ名:乾鳥頭(かんちょうとう) 20歳  出番:少(敵2。最後に登場)

……高俅のボディガードの一人。普段はガリガリに細いが、妖術で周りの水分を吸収し、一時的に全身をゴム毬のようにふくらませる。弾力のある突進で攻撃してくるパワーファイター。妖術発動時の掛け声は「肥肥(フェイフェイ)和和(ホーホー)、肥和和(フェイホーホー)♪」。


11.薛覇(せっぱ) 男 35歳  出番:少(終盤に一回)

……護送役人。家族を持つ普通の男。林冲を流刑地へと送る任を授かる。道中、陸謙の指示で、林冲の暗殺を命じられる。


12.董超(とうちょう) 男 36歳  出番:少(終盤に一回)

……護送役人。薛覇の相棒。独身。老いた母と一緒に暮らしている。薛覇と同じく、普通の男。林冲の暗殺を命じられる。


13.皇帝 男 19歳  出番:無(存在と特徴だけ語られる)

……兄の早逝により成り行きで皇帝になった男。第八代。芸術をこよなく愛し、詩歌や絵画、蹴鞠などの遊興を得意とする一方、政治のことを顧みない。国費を使って奇石を収集するなどの暗君ぶりで、国の滅亡を早めている。芸術家肌の変わり者。


(中略)


【ポイント】

・知る限りでは商業ベースではまだない(ただしイラスト本はある)「美少女水滸伝」物なので、古典をベースにした王道物語でありながら、目新しさはあると思われる。

・ただし課題は「最低でも108人以上の美少女(美女)を書き分ける」こと。

・「仙姑」と呼ばれる得意な能力を持つヒロインは「変身ヒロイン」的なノリを意識。

・「美少女水滸伝」ではあるが、なるべく「萌え」「エロ」路線では書かない。「かわいい女の子たち」ではなく「かっこいい女の子たち」を書く(ただし108人の書き分けのため、意図的にかわいい系の美少女キャラも出す必要はある)。

・テーマは「運命に立ち向かう」。原典である「水滸伝」に隠されたテーマに基づく。

・人は極力死なせない。どうしても死なせる場合、物語上印象的なものとして演出する。

・「宝貝」を始めとし、「封神演義」等の他の中国古典からも、ネタをどんどん取り込む。

・タイトルの「エデン・ゴッデス」は、「梁山泊」の英訳が「エデン」であることと、ヒロインたちに宿る魔星たちが天界(楽園)を追われた神々(堕天使のような存在)であることに由来。また、「○○水滸伝」というタイトルはありきたりで、漢字のタイトルも堅苦しいので、あえてカタカナのタイトル。


(後略)


 ☆ ☆ ☆


 さあ、どんな結果が出るか――と思っていたところに電話がかかってきた。


「いいと思います。「水滸伝」というと『幻想水滸伝』とかもありますし、知名度は十分ですから。これでいきましょう」


 まさかの一発OKだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る