第15回 同業作家陣との出会い

 2013年もいよいよ暮れが迫る頃。


 一通のメールが届いた。


 「電撃文庫・メディアワークス文庫編集部 “年忘れの宴”のお知らせ」


 出版社が開催する忘年会の案内である。


 もちろん、喜んで参加を表明した。それなりに社会人としての経験を積んだ身であるから、人脈作りが大事であることはわかっていたし、そういうことを抜きにしても純粋に楽しみな会だった。


 なお、具体的な時期や場所については、伏せさせてもらう。著名な作家陣も多く集まる場なので、情報の取り扱いについては慎重を期す必要があるからだ。


 さて、話を元に戻すと――


 当初、一人で行くつもりであったが、ある作家さんの誘いかけで、何人かでまとまって行くこととなった。


 小説家業というのは孤独な仕事だ。アシスタントがいるわけでもなく、一人でコツコツと執筆をしなければいけない。そうなると、ふとした時に、たまらなく寂しさを感じてしまう。だから、同業者と多く知り合いになれるというのは、とても嬉しいことだった。


 忘年会当日。早めの時間に集まって、みんなでファミレスに行った。


 集まったのは、主に同年にデビューした作家や、近い年にデビューした作家ばかりだった。自分も含めて10名。すでに過去の忘年会に出たことのある作家さんも混じっていたが、ほとんどが初めての忘年会だったので、みんなウキウキしてテンションが上がっていた。


 今でも親交のある作家、猪野志士さんや、美月りんさんとは、このファミレスで出会うこととなった。二人ともいまだにしっかりと商業で新作を出し続けていているので、実に素晴らしいと思う。自分の中では(勝手に)戦友と思っているが、今では差がついてきたなぁ、と感じたりもしている。


 ともあれ、この当時はまだ同じスタートラインに立っている身同士であったので、色々なことを共有し合った。自分が本当に書きたい作品の話や、打ち切られた時の話、プライベートの話……。


 そろそろ忘年会の時間が近づいてきたので、ファミレスを後にした。


 外に出たところで、後に戦友(と勝手に呼んでいる)となる作家、久楽美月さんと合流した。この時集まったメンバーで、スーツで忘年会に来ていたのは自分と久楽さんだけだったので、ちょっとからかわれたりもした。楽しい思い出の一つである。


 忘年会の会場に入った途端、熱気が押し寄せてきた。


 いったいどれだけの数いるのだろうか、見当もつかないほどの人数の作家さんや、イラストレーターさん達が、広い会場内に所狭しと集まっていた。


 立食のバイキング形式。寿司もあればローストビーフもある。一品一品が豪勢だ。自分の会社でも忘年会はあるが、規模がまるで違う。しかも無料で参加させてもらえている。これが電撃文庫の力か、と驚かされていた。


 忘年会が始まった。とりあえず自分達のテーブルを確保してから、食事を取りに行ったりする。少し飲食して落ち着いたところで、担当編集のところへ挨拶に行ったりした。ちなみに猪野さん、美月さん、久楽さんも、自分と同じ編集者が担当だったので、挨拶にはみんなでまとまって行った。


「次は必ずヒット作を出します!」


 酔いと、会場の熱気に当てられて、そんなことを宣言したりした。担当編集からエールの言葉をもらい、よし頑張って自作の企画を通すぞ、と気合いを入れ直した。


 自分達のテーブルに戻ってからふと、気になるものが見えた。


 基本的には立食形式なのだが、会場の正面前方のほうには、椅子のある円卓がいくつか並んでいる。


「あそこにいる人達は、なんなんですか?」


 忘年会経験のある作家さんに尋ねると、彼は笑いながら答えた。


「大御所の作家さん達ですよ。なかなか恐れ多くて近付けないですが」


 大御所――つまりは、アニメ化もされているようなラノベを世に出している、モンスター級のヒットメーカー達が、あそこに集まっている、ということだ。


 一方で、自分達は会場の隅のテーブルで、小さくまとまって飲み食いしている。


 いや、他の大多数の作家陣も、同じように立ちっぱなしでいる。何人かと名刺交換をしたが、正直、知らない名前の作家さんばかりだった。世に知られている作家はほんの一部……椅子に座っている人達くらいで、その陰には、いまこの会場の後方で立ちっぱなしでいる無名の作家が大勢いるのだ……自分も含めて……ということを、痛感させられた。


 自然と出来ているヒエラルキー。より多く作品が売れた者が強くて、偉くて、何よりも尊ばれる世界。弱肉強食。自分と、彼らとの差が、どのテーブルに着いているかでハッキリと明示されたような気がした。


(ちくしょう、なんだ偉そうに)


 内心、面白くなかった。売れれば正義、なのかもしれないが、いくら売れっ子作家とは言っても、やっている仕事は同じ作家業だ。そこに差があるとは自分としては思っていない。ヘコヘコと頭を下げて、挨拶しに行く気には、とてもなれなかった。


 自分は売れっ子になったとしても、あんな風に大御所ぶったりはしないぞ、と思ったりもした。


 だが、同時に、売れっ子になるには、この会場に大勢いる作家陣の中から頭一つ抜き出なければいけない、ということでもあった。それがどんなに大変なことか、わからない自分ではない。でも、やるしかない、自分なら出来る、と強く信じていた。


 そうこうしている内に、ビンゴ大会が始まった。景品は、海外旅行や、大型テレビなど、どれも豪華なものばかり。


(まるで『バクマン。』の世界だ)


 少年ジャンプで連載されていた、漫画家の世界を舞台にした人気漫画『バクマン。』。その作中に、忘年会の描写が出てくる。それとまったく似たような光景が、目の前で展開されている。


(ああ。自分は、プロの作家になったんだ)


 これまで、うだつの上がらないサラリーマンとして生きてきた自分が、ようやく掴んだ本当にやりたい仕事。仲間入りしたかった世界。そこに、やっと入ることが出来た。たくさんの同業作家陣に囲まれて、よりその思いが実感を伴って湧いてきていた。


(書くぞ! とびっきりの新作を!)


 打ち切られた『ファイティング☆ウィッチ』のことは、一旦忘れよう、と思った。この次こそ、大ヒット作を生み出してみせると、決意を新たにしていた。

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