第55話・最終話 君のいる虹色の世界

「藤っち、いらっしゃーい!」

「満身創痍じゃねぇか。やっぱその運び方まずかったんじゃねぇの?」


 そこに待ち構えていたのは見覚えのある人達ばかりだった。澤口さん、戌井、小鳥遊さんに、他にも同じ学年の生徒…

 キラキライルミネーションで輝く中央街に到着した頃には私はぐったりしていた。高所恐怖症とは別にジェットコースター酔いしたみたいに気分が悪くなったのだ。


「藤ちゃん、お水飲んで」

「……沙羅ちゃん、なんでここに…?」


 その上、中等部生の沙羅ちゃんまでここにいたのだ。彼女は奇跡の水と呼ばれる神水を生成させ、私に水の入ったコップを差し出してきた。

 ありがたくそれを頂くと、気持ち悪かった胸がすっとした。重だるかった身体も軽くなる。奇跡の水の無駄遣いである。


「先輩方に話を聞いて…私も協力しようと思って」

「……私の拉致に…!?」


 そんな、沙羅ちゃん…そんなことに協力しなくてもいいのよ。おい、あんたら後輩を変な道に誘うんじゃないよ! 沙羅ちゃんが不良になったらどうしてくれるんだ。


「藤っちを連れてくるのに協力してくれたのは、氷の能力者と物体を動かすテレキネシス能力者だよ」


 『色々貸しがあってね、協力してもらったんだ』

 あっけらかんと種明かしをする澤口さんには一切の悪気はない。へぇ、そっかコラボ技かぁ……ってそれで納得するわけ無いだろ。


「…それで、目的はなんなの?」

「あのヘタレにけじめを付けさせようと思ってね!」


 …ヘタレとは…?


「藤ちゃんっ!」


 私が澤口さんの発言に困惑して固まっていると、名前を呼ばれた。必死な声音をしたそれにぱっと振り返る。


「おーおー、思ったよりも早かったねぇ。…もしかして走ってきたのぉ?」


 そこには肩で息をしている隆一郎君の姿があった。苦しそうに表情をしかめてこちらを見ている。


「だけどまだ返してあげなーい」

「うわぁっ」


 いたずらに笑う澤口さんが誰かに合図をすると、再び私の身体が宙に浮いた。やっと地面に足をつけたと思ったのにまたか。雪だるまによって横抱きにされた私は再び固まった。ヒョッ…と息を呑む。

 なんなのだ。澤口さん並びに一行はなんの目的があってこんなことを…


「澤口さん…なんでこんな事…」

「隆、藤っちを返してほしくば、男らしく告白するんだよ」

「…え?」


 澤口さんの脅し文句に驚いたのは私だけじゃない。隆一郎君もだ。彼は目をテンにして呆然とした顔をしている。


「ほら、言うんだよ」

「いや、何を言って……」

「いい加減まどろっこしいんだよ! 見ている方がムズムズして仕方ないんだから早くくっついちゃってよぉ!」


 澤口さんは全身がむず痒いとばかりに地団駄を踏んでいた。その言い分だと、私と隆一郎君をくっつけようと…しているのかな?


「小鳥遊ちゃんに今日のデートプランをスパイもとい調査させて、他にも協力者を募ってきたんだ……今日という今日は男らしく決めてもらうよ!」


 ……なるほど、最近小鳥遊さんの様子がおかしかったのは、澤口さんに情報を流していたのか……。そんでもって今日のデートではスパイ班もいたらしい。全然気づかなかった…。


「隆! どうなの! 好きか嫌いか! 藤っちと付き合いたいかそうじゃないのかハッキリ言っちゃってよ!」


 そんな。

 そんな事言われても隆一郎君が困るだけでは……

 私はちらりと隆一郎君に視線を向けた。彼はまだ息が整わないようで、彼の口から漏れる吐息が白く色づいて宙へと霧散していた。

 ふと、彼と視線が合う。いつもの穏やかな眼差しとは違う、焦った色をした瞳。その目を直視した私の胸がドキリと跳ねた。


 なんと言われるんだろうかと、期待とほんの少しの不安。隆一郎君はこういう風に急かされるのはあまり好きそうじゃない。私だってそうだ。

 じれったいからってお節介したら、こじれたりするかもしれないのに……だけど知りたい。彼の本当の気持ちを。雪だるまに抱っこされたまま、息を呑んで彼の言葉を待つ。


「……だよ」

「はぁーい? 聞ーこーえーまーせーん」


 澤口さんが意地悪な小学生みたいなこと言ってる…。もっと大きな声で言えと囃し立てている。

 そんな事したら余計に萎縮すると思うんだけど…


「好きだよ! いい加減に藤ちゃんをおろせよ、彼女は高所恐怖症なんだ!」


 彼は顔を真っ赤にして怒鳴り気味に叫んだ。その声はイルミネーションを観に来た人たちにまで聞こえていたらしく、私達は一斉に注目を浴びた。

 澤口さんに背中を押される形とはいえ、今日この日に彼の気持ちを知れるとは思っていなかった。ゆっくりと巨大雪だるまが私を地面に下ろす。私の足はよろめいて、それを隆一郎君が支えてくれた。私は腕の中に包まれた状態で彼の顔を見上げる。


 はじめて出会った日から、春の日差しのように暖かく守ってくれる君は私の特別だったんだ。きっと気になる存在になるまでそう時間はかからなかったんじゃないかな。


「……藤ちゃん」

「…私も好きだよ。おひさまみたいな隆一郎君が好き」


 みんなの前で告白なんて恥ずかしいけど、今言わずにいつ言うのか。私が告白し返すと、隆一郎君は赤い顔を更に真っ赤にさせて、口元を手のひらで隠していた。

その顔が可愛くて、私は彼を思いっきり抱きしめたくなった。


「イェーイ! くっついたー!!」


 雰囲気をぶち壊すように澤口さんが雄叫びを上げた。他人の恋路を手助けするなんて彼女は変わった趣味を持っているのかな。自分のことのように喜んでいる。よっしゃあと何度もガッツポーズをとっている。


「藤ちゃんおめでとう!」


 沙羅ちゃんも一緒になってはしゃいで喜んでいた。色々言いたいことはあるけど、無邪気に喜ぶ沙羅ちゃんを見ていたら何も言えねぇや…


「澤口さん、応援してくれたのは嬉しいけど、高所恐怖症の人を乱暴なやり方で拉致したこととは話が別だよ?」

「やだぁ隆ったら怖い顔してぇ。今日はクリスマスだよ、特別な日なんだよ」

「俺は止めろと言ったんだぜ」

「駆も共犯だろ?」


 澤口さんを注意しようと隆一郎君が説教モードに入ろうとすると、茶化すように彼女はヘラヘラ笑っていた。戌井は自分だけ免れようとしているが、共犯認定されている。

 仲いいなぁ。ずっと同じクラスで仲間意識も強いんだろう。かなり羨ましい。


「……君たち、一体何をしているのかな?」


 私が仲良しS組トリオを羨ましく思っていると、背後から問いかけられた。


「教頭先生だ!」

「なんでいるんだよ!」


 振り返るとそこには高等部の教頭先生の姿。冬休み期間中の先生はいつものキッチリしたスーツ姿でなく、手作りっぽい若干ダサいセーターを着用してセカンドバックを脇に挟んだまま、こちらを渋い表情で睨みつけていた。

 彼の登場に私だけでなく、ワチャワチャしていたS組トリオも居住まいを正してぴしっと整列していた。

 

「この騒ぎの発端は?」


 教頭先生は私達の顔をじろりと見渡しながら、騒ぎの原因は誰か問いかけてきた。

 騒動の発端は誰か。……みんな一斉に澤口さんを指差した。

 彼女は「裏切り者!」と叫んでいたが、澤口さんは少々やりすぎだ。雪だるまで拉致とか二度としないで欲しい。


「…澤口君、明日、君は学校に出頭するように。詳しく話を聞かせてもらおうかな」

「そんな先生! 私はただ、友人たちの恋の成就を願って…」


 慈悲を求めるかのように、澤口さんは手を胸の前で組んで懇願していた。だけど教頭先生は教師として見逃せないようだ。彼女の言い分は一蹴されていた。


「日色君、君が付いていながら……いや君には暴れん坊の面倒を押し付け過ぎなのかもしれないな、君はもう帰っていいぞ」

「…すみません」


 優等生の隆一郎君はいつも暴れん坊たちの面倒を見る役を押し付けられているみたいだ。そういえば私が編入したときも案内役を押し付けられたと言っていたもんな。優等生も損な役回りだな…。


「ほらほら、他の人の迷惑になるから早く帰りなさい。あまり好き勝手してたら諸君らも学校に出頭させるからな」


 その言葉に蜘蛛の子を散らすように生徒たちが解散していく。教頭先生はそれを見送っていたが、何かを思い出したかのようにこちらに視線を向けてきた。


「節度ある男女交際をするんだぞ。先生は信じてるからな」


 その言葉に私は恥ずかしくなってしまった。

 ちらりと隣にいる隆一郎君を見上げると目が合って、更に恥ずかしくなって、もじもじしてしまった。

 そうか、男女交際…私は隆一郎君の彼女ってことだよね……


「…騒いで申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします」


 教頭先生に向けて優等生な謝罪をする彼に合わせて私も頭を下げる。

 罪を一身に背負わされた澤口さんからの「永遠に爆裂しろバカップルー!」という祝福(?)の言葉を受けながら、私は隆一郎君とともに帰途についたのである。


 緊張しすぎて話題が見つからず、私と隆一郎君は無言で帰宅した。それでもつないだ手は離さず、2人並んで歩く。見たいと思っていたイルミネーションを見る暇もなかったけど、一緒にいられるだけで嬉しいからもういいや。


「…じゃあ、また」


 女子寮前まで送ってもらったはいいが、隆一郎君はぎくしゃくとしてそのまま帰ろうとしていたので、私は彼の腕を掴んで引き止めた。


「キスしてくれないの?」


 私がそう尋ねると、隆一郎君は目を丸くして固まっていた。……こんな日なんだからキスの一つくらいいいでしょ?

 私はつま先立ちすると、彼の唇にちょんと軽い口づけを送った。彼はポカーンと固まっていたのだが、その様子が間抜けで隙だらけで…可愛かったので、もう一度キスする。

 目を開けると、こちらを呆然と見ている彼の目とぱっちり視線が合う。私は目を細めて笑った。今日は私からキスをしたけど、今度は君からキスしてほしいな。


「おやすみ、またね」

「…えっ、藤ちゃん!?」


 素早く彼から離れると、私は小走りで女子寮の門をくぐった。

 後ろで焦ってる声が聞こえてきたけど、今の私の顔はニヤけてひどい状態なので見せられなかったのだ。


 私の世界は4月のあの日、暴走車が突っ込んできたことから大きく変化した。

 馴染みのない超能力という不思議な能力に目覚めたあの日から、私の知らない不思議な研究都市に一人迷い込んだあの日から……

 最初から順調だったわけでない。いろんな事が起きすぎて、外にいたときよりも思い出が色濃く残り過ぎだけど、私はようやくこの学校に馴染めた。

 彼に出会って、超能力を持つ人々と関わって、私の価値観は大きく変わった。きっとまだまだ私の知らない世界が広がっているはずなんだ。



 ──彼に恋をして、私の世界は虹色に変わった。

 ならば、好きな人とお付き合いを始めた後は何色に変わるのだろう。明日からの生活が楽しみで仕方がない!

 私はスキップしそうになる足を抑えきれずに、そのままウキウキと帰寮したのである。



 拝啓、お父様お母様。

 藤は新しい学校でようやく馴染み、毎日楽しく過ごしております。

 そして好きな人と今宵お付き合いをはじめました!


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