第54話 雪だるま拉致事件勃発!


「私、このガールズバンドが好きなんだ」


 音楽雑誌の一部に私が応援しているガールズバンドのライブ情報が掲載されていたので、それを隆一郎君に見せると、彼は雑誌の記事に注目した。


「へぇ、きれいな人たちだね…バンドの名前、なんて読むのかな」

「フランス語でInvincibleアンヴァンシーブルだよ。外にいたときはライブにも行っていたんだ」


 受験が終わってやっとライブ参戦できると思ったのに残念だ。ここではCDやDVDでなければ彼女たちの活躍は見られないのだ。親や外の友人らに会えないのが一番つらいが、彼女たちのライブに行けないのも辛い。

 だけどそれをここの生活が長い彼の前で言ってはいけないな。


「隆一郎君は好きな歌手とか芸能人っている?」

「うーん…こっちには情報が遅れて入ってくるし、よくわかんないなぁ」

「そっかぁ」


 隆一郎君は芸能雑誌を一冊手にとってパラパラめくるも、首を傾げていた。

 ここにも芸能雑誌はあるし、CDも手に入る。観ようと思えば映画だって観れるけど、情報がある程度遮断されているので、外の人みたいに芸能人に夢中になるまでは行かないのかな。流行の移り変わりも早くてついていけないし……テレビもネットもないので、知らない芸能人の不倫だ結婚だ麻薬だと雑誌の中で騒がれても、他人事感が強すぎてあまり興味持てないのだろう。


 そこから離れて趣味教養コーナーに出向いた隆一郎君は「ジジくさいけど…」と言いながら、月刊将棋太郎と書かれた雑誌を手にとった。


「趣味といえば、将棋が好きかな。小さい頃、父に軽く教えてもらったことがあって…それからは独学で勉強しているんだ。いつか両親と再会できたら、一緒に将棋を楽しめたらいいなと思って」


 その言葉に私は何かがこみ上げてきそうだった。

 健気…! だよね、高校生とは言っても長いこと会えてないんだもの、いくつになっても親は親。会いたいに決まってる!


「きっとお父さん喜ぶよ! 将棋するのが楽しみだね」

「うん、ありがとう。ちょっとこの本買ってくるね」


 毎月購入している愛読書なのかな。…私も将棋の勉強しようかな。練習相手位にはなれるかもしれないぞ。

 レジでお会計する彼を少し離れた場所で眺めながら私はしんみりした。ここは成人するまでは出られない超能力者の卵たちの鳥かご。能力者を守るためとはいえ、親にすら会わせないその決まりごと…この辺本当にどうにかならないのだろうか……。

 いじらしい隆一郎君を撫で回したいが、嫌がられたら私が傷つくので、その衝動を抑え込んだ。



 その後、電気屋さんに入って最新家電を眺めたりした。購入する目的はなく、ただ冷やかしただけなのだが、それだけでも隆一郎君と一緒ってだけで楽しかった。

 隆一郎君は大学進学したら、寮を出て都市内のアパートを借りるつもりらしい。今のうちから家電を下見しているそうだ。

 私とかな~んにも考えてない。この学校に来てまだ一年も経たないからそれどころじゃなかったから……うん、彼のこと見習わなければ。

 ……しかし大学とか想像つかないな。そもそも超能力者は大学で何を学ぶのか。将来どんな職につくというのか。

 一人用ぽい冷蔵庫の扉をバコッと開けている彼の表情を盗み見して私は考えた。彼は将来何がしたいとかもう既に決めていたりするのだろうか…?



 家電量販店を出た後もお店をウロウロ見て回っていると、リーンゴーンとどこからか高らかに鐘が鳴り響いた。

 この周辺には時刻を知らせる鐘が鳴る施設があるみたいだ。時間はあっという間に過ぎていたようで、時刻は17時を指していた。

 外に出ると辺りは日が落ちかけて薄暗くなっていた。その音に反応した隆一郎君も空を見上げて言った。


「もうそろそろ帰ろうか。帰りは歩きになるから遅くなってしまうし」


 …もう帰らなきゃいけないのか。

 やだな、もう少し一緒にいたいな。


「……ねぇ」


 私は思い出した。

 学校近くの中心街でイルミネーションがきれいだと小鳥遊さんが話していたことを。


「あの、あのね、中心街に寄っていかない?」


 最後にイルミネーションを一緒に観に行こうよ、と言いかけた口はそこで止まった。

 なぜなら、私の身体は重力に逆らって宙へと浮いたからだ。


「…!?」

「藤ちゃん!?」


 下の方から隆一郎君の声が聞こえる。

 状況が判断できない。私の視界は空だ。日が沈みかけて夕焼け色の空が瞳に映っている。おかしいな。先程まで隆一郎君の顔を見ていたのに…


『フハハハ! 藤っちを返してほしくば、中央街広場まで来るがいい!!』


 ──スピーカー越しの声のように聞こえるそれは聞き覚えのある声だった。


「その声は澤口さん!? …待って! 藤ちゃんをどこに連れてくつもりだ!」

『ガハハハ! 早くこないと知らないよーん』


 ボイーンボイーン、とトランポリンに乗っているかのように身体が跳ねる。なんだ? 私はスーパーボールにでもなったのか…?

 身体をなにかに掬われているけど、拘束を受けているわけではない。自由に身体を自分の意志で動かせる。…ではなぜ……

 私が首を動かしてその謎の力の正体に目をやると……

 理解できなかった。

 そのフォルムは円を描いており、驚きの白さ。人参でできた鼻に、石ころでできた瞳、木の枝で形どられた口…どこからどう見ても雪だるまだ。

 典型的な雪だるまが巨大化して、木でできた腕で私をしっかり抱っこしたまま、地面をボイーンボイーンと飛び跳ねて移動しているのだ。


 私を呼ぶ隆一郎君の声がどんどん遠ざかっていく。

 地面との距離の遠さに私は気が遠くなりそうだった。これ、腕から落とされたら地面に叩きつけられるパターンじゃないですか…。グシャッてなるやつ…


 バリアー能力だって万能ではない。下手したら死ぬ。

 私は高所恐怖症ガール。

 謎の雪だるまによる拉致に怯え、震えながら事が落ち着くのをひたすら待った。




 ボイーンボイーンと雪だるまに揺らされて私はクリスマスの街を移動していた。通行人が「何だあれ、イベント?」と驚く声があちこちから聞こえてくる。イベントじゃありません、絶賛誘拐されてます。


 …なにこれ。そもそもどうして雪だるまが動いてるの!? これも超能力だって言いたいの? 雪だるまを動かせる能力者…ってなんだそれ!

 下は見ない。とにかく空を見上げるようにして、運ばれていた。雪だるまによる拉致行為が終わるのをひたすら待つ。


「ねぇ、聞こえる? もしもーし!」


 ……雪だるまに何度か話しかけたけど、応答がない。さっきのスピーカー越しの声は澤口さんだった。…澤口さんが私を拉致させた。彼女とは親しくしていると思っていたが、それは錯覚で、実は彼女、隆一郎君のことを狙っているとか…? 

 だから邪魔な私を引き離した……いや、もしそうなら、彼女はものすごい演技派だぞ。隆一郎君に恋心を抱いているようには思えなかったもの…。

 せっかくのクリスマスデートなのに想像できない展開である。本当になんでもありな超能力者の住まう街。「クリスマスの日、雪だるまに拉致されたんだ」と話しても外の世界の人には信じてもらえないだろうな……。


 ボヨンボヨンと雪だるまが跳ねると私の身体も跳ねる。考え事したいけどそのせいで気が散る。……気分はまるで某マリオのお姫様である。彼女もこんな気分で誘拐されてきたのであろうか…

 私は遠い目で暮れゆく夕日を眺めていたのだった。

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