第44話 水も滴るいい女…ってやかましいわ


「うちのクラスの出し物は修理屋で決定しました」


 教壇に立つ学級委員の発表にパラパラパラとまばらな拍手が鳴り響く。

 …文化祭で修理屋って…とは思ったが、ここは普通の学校じゃないんだよね、そうでした。そりゃ文化祭も変わっているよね。


 取り扱いは家電からおもちゃまで幅広く。機械に強い能力者を中心に修理を請け負うんだってさ。

 マシンテレパスを持つ溝口さんや、機械操作能力があるクラスメイト、単なる機械オタクもいるので彼らから軽く手ほどきを受ける。

 機械の不調であれば前者が超能力でチョチョイのちょいで治せるそうだが、断線などの不良故障になれば分解する必要が出てくる。

 うーん、超能力も万能ってわけじゃないんだな。

 

 私達は小さな物…例えば乾電池で動くおもちゃとか、電気スタンドとか木製品などの、単純な作りをした製品の修理方法を詳しく教えてもらった。

 中学の時に技術の授業でちょびっとだけ習ったけど……はんだごてとか糸ノコ…慣れないと扱いが怖いよねぇ。怪我しないようにしなきゃ。





 今日の昼食はうどんにした。丸天が乗ったうどんだ。この食堂で一番安い。なぜかって文化祭のときに金欠に陥って何も出来なかったら嫌だから今のうちから節約するのだ。


「藤ちゃんのクラスは何をするの?」


 お昼休みに食堂で落ち合った沙羅ちゃんに私のクラスの出し物を聞かれた。


「うちのクラスでは修理屋するんだ。壊れたものがあったら持ってきてよ」

「そうなの、なにかないか探してみるね。私のクラスは人形劇をするのよ。…とは言っても、人形を動かすのはドール使いの能力者で、私は役にアテレコするだけなんだけど」

「えぇっ!? 絶対に観に行くね!!」


 私が目を輝かせると、沙羅ちゃんは頬を赤らめて「自信がないから恥ずかしいわ」と照れていた。

 沙羅ちゃんならお姫様? お姫様だよね!? たとえ悪い魔女だとしても、沙羅ちゃんのアテレコ絶対に可愛いはず! 楽しみだなぁ!

 人形劇は子供向けなのかもしれないけど、人形遣いの操る劇は外の世界で見たものとは全く違う風に映るんだろうなぁ。文化祭は2日あるので、沙羅ちゃんとも回れたらいいな。


《お待たせいたしました。ご注文の品はお揃いですか?》

 

 ウィ、ウィーンと機械音を鳴らし、戻っていく配膳ロボ。

 今日も黙々と働く配膳ロボ。機械である彼らは調子が悪くなったりしないのだろうか。文化祭当日にうちのクラスに運び入れられたりして…


 バシャッ!

「……ん!? 冷たっ」


 背後から何かが降り掛かってきた。一拍置いて、襲ってきた冷たさに気づく。

 私が首を動かすと、そこにはセルフサービスの水を入れるためのコップを傾けてこちらを睨みつけるめぐみちゃんの姿があった。


「えっ…?」

「ちょっと狩野さん! 藤ちゃんになんてことをするの!?」


 状況を把握したのは沙羅ちゃんのほうが早かった。座っていた席を立ち上がった彼女は、不機嫌を隠さないめぐみちゃんを注意した。

 パタ、パタ、と髪や顔から伝う水滴がテーブルや床に滴り落ちる……


 えっ、なぜ私は水を掛けられたの?

 めぐみちゃんに嫌われているのは知っていたけどさ……突然の犯行すぎない?


 突然めぐみちゃんから水を引っ掛けられた私は言葉も出ずにポカーンとしていた。

 何やら彼女は私に腹を立てているようだが、何も言わずに水を掛けるという暴挙に出てきたので、なんとも……。めぐみちゃんは間に入ってきた沙羅ちゃんを鬱陶しそうに睨みつけていた。


「水月沙羅、あんたには関係ないわ。引っ込んでなさいよ」

「そうはいかないわ。この間から妙に藤ちゃんのこと敵対視して……失礼なことしている自覚はある?」


 めぐみちゃんの鋭い視線に怯みもせず、沙羅ちゃんは毅然とした態度で私を庇ってくれた。

 だめだ、ここは私がしっかりしなきゃと席を立つと、こっちに視線を戻しためぐみちゃんが私を見て鼻で笑っていた。


「普通クラスのポンコツにへりくだる必要なんてある? 元はと言えばこの女が悪いんじゃない」


 またポンコツ言った……。前にもバカにされた気がするぞ。まぁいい。それは置いといて……私が悪いとはどういうことだ?


「私と隆ちゃんは結婚の約束してるのよ! 警告したっていうのに馴れ馴れしく近づいて邪魔なのよ」


 言ってもわからないみたいだから、教えてあげようと思っただけ、といじめっ子みたいな発言をするめぐみちゃん。

 えぇ……そんな…。

 確かに、あの時は日色君を友人としか見ていなかった。めぐみちゃんから牽制掛けられても彼を冷やかすだけで終わったけど……想いを自覚した今は違う。

 めぐみちゃんには悪いけど、離れるのは無理だ。結婚の約束をしていると彼女は言うが、日色君には現在恋人がいない。彼と彼女は交際していないのだから結婚の約束もなにもないと思うのだ。

 そんな事言わないで、お互いに正々堂々と戦おうよ。同じ人を好きになったんだからさ。


「めぐみちゃん、ごめん。日色君に近づくなと言われてもそれは出来ない」


 私が反論してくるとは思わなかったのか、めぐみちゃんは一瞬目を大きく見開く。そして肩をこわばらせると、こちらを憎々しげに睨みつけてきた。


「…隆ちゃんをあんたなんかには渡さない」

「……決めるのは日色君だよ」


 めぐみちゃんにとって日色君は特別なんだろう。ずっとそばにいたんだもん……その期間の長さに、私は勝てない。

 …だけど、2人はあくまで幼馴染の間柄だ。仲がいいからってそれで諦めるほど私は弱虫じゃない。好きなものは好きなんだ。彼の側にいたいと思うその気持ちを大切にしたい。


「この間からめぐみちゃんは自分の事ばかりだね。日色君の気持ちは考えたことあるの?」


 好きな人を奪われたくないって思うのは当然のことだけど、まるで小姑みたいに日色君の付き合う人を選別しようとして、自分の思い通りに行くと言わんばかり。

 好きな人に対する態度と言うより、まるでわがままを言っている子どもみたいだ。


「なによ、あんたには何もわからないくせに! 隆ちゃんの秘密知ってる? 実は両利きなのよ。髪がくせっ毛だから朝ヘアセットにすごく時間がかかるの。未だにワサビが苦手なのよ! お寿司はいつもワサビ抜きを頼むの! すごく優しくて、何でも出来てカッコいいの。…それでいて鈍感で、いつになっても私の気持ちに気づいてくれないのよ…!」


 矢継ぎ早にずらずらずらと日色君の秘密(?)を暴露するめぐみちゃん。一緒にいた時間が段違いなので、めぐみちゃんのほうが彼のことをよく知っているだろう。悔しいけどそれは勝てない。

 めぐみちゃんは泣きそうな顔をしていた。口をへの字にさせて、決壊寸前なのを我慢している様子の彼女は顔をクシャッとさせて言った。


「…どうしてあんたなんかが、隆ちゃんにキスされるの?」


 悔しそうに紡がれたその言葉。

 その言葉に隣にいた沙羅ちゃんが私を見た気配がした。それだけじゃない。周りでお食事中だった生徒たちの視線も私に集まる。

 キスという単語。私に集まる視線。

 ブワッと一気に顔に熱が集まった。

 

 な、なんでそれをめぐみちゃんが知っているの…

 えっ日色君そういうのを暴露するタイプ? それともめぐみちゃんには遠くを覗ける千里眼の能力でも…?


 恥ずかしくて口元を隠した私は言葉が出てこなかった。なんと返せばいいのかわからない。

 たかがキス、されどキスだ。

 相手があの日色君。本人は大した人物じゃないと自分を過小評価しているが、彼は優等生のエリートだ。この学校では目立つ方にいる。

 そんな相手とキスしたどうのと騒がれたら目立つに決まっている。別に不貞じゃないし、まずいことはなにもないけど、全校生徒に知られるのは恥ずかしいだろう!


「大武さん!? どうしたの頭が濡れてるよ!?」


 そしてそこに噂の張本人が登場したら更に目立つと言うかー!!

 彼はこの変な空気を読まずにこちらに近づくと、ポケットから取り出したハンカチで濡れ鼠になった私の頭と顔を拭ってくれた。

 それに私はますます恥ずかしくなったけど、日色君はそんな事知らんとばかりに私のお世話をしてくれる。


 あっ、顔が近い……

 どうにも日色君の唇に目が行ってしまった私の顔はきっと茹でダコ状態のはず。ひとりでワタワタと挙動不審気味になっていた。


「り、隆ちゃん!」

「……めぐみ? ……まさか、大武さんに水をかけたのはめぐみなのか…?」


 日色君は今めぐみちゃんの存在に気づいたみたいだ。彼女の手にある空のコップを見て、すぐさま状況把握したようである。

 彼は信じられないものを見てしまったかのような顔をしていた。彼にとってめぐみちゃんは大切な妹みたいな存在。…人を害する子だとは思いたくなかったのだろう。


「なんでこんな事するんだ! めぐみのしていることは最低の行為だぞ!?」


 日色君はらしくなく声を荒げていた。それにはめぐみちゃんだけでなく、私までビクッとした。日色君ギャップ激しすぎる。

 失望の色が含まれたその声にめぐみちゃんは青ざめ、震えていた。


「だ、だって、隆ちゃん」

「だってじゃない、なにか理由があったにしても、手を上げたほうが悪くなるんだ。人に危害を加えてはいけない、僕はそう何度も言い聞かせたはずだぞ」


 日色君はめぐみちゃんの言葉に聞く耳持たない姿勢だ。言い訳しようにも、めぐみちゃんには先に手を上げてしまった事実がある。

 日色君の冷たい声にショックを受けためぐみちゃんのこらえていた涙が決壊した。


「どうしてその女なの? 私がずっとそばにいたのに! なんでそんな女庇うのよ!」

「話をすり替えるんじゃない。僕が今話しているのはめぐみが手を上げた事実についてだ」


 癇癪を起こした子供のように泣きわめくめぐみちゃんをピシャリと叱りつける日色君。

 彼はいつも優しいのに、怒るときは結構厳しいんだよねぇ…。なんか最近こんな風景ばかり見ているなぁ……

 いや、私と話し合いをしてめぐみちゃんが納得するならいいけどそうじゃないので、日色君が介入してくれたほうが助かるんだけど……でも泣かれると後味悪いな…


 これで私はめぐみちゃんのライバルに認定されたというわけだ。今度から顔を合わせるたびにケンカを売られるのかな……。

 出来れば私は平和にいきたい。


「めぐみ、こっちに来るんだ」

「…許さないから! 覚えてなさいよ!!」


 ここは食事をする場所だ。場所が悪いので、説教場所を変えるのだろう。日色君に腕を引っ張られているめぐみちゃんが私に向けて怒鳴りつけてきた。

 直後に「やめないか、めぐみ」と日色君に叱られていた。


 彼らは食堂から立ち去り、食堂には静けさだけが残されたのである。

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