第43話 あたたかいおひさまみたいに笑う君


「……君は、誰?」


 ぼろぼろと泣く私に向かって、ではなく、私の中にいる誰かに日色君が問いかけた。

 それに私の中にいる誰かがぎくりとしたのが伝わってきた。


「えっ…」

「大武さんはそんなことを言う子じゃない。…どうして君は彼女を操ろうとするの?」


 日色君は静かな声で問いかけた。私の中にいるなにかに気づいているようだ。

 私は彼がそれに気づいてくれたことが嬉しかった。口走った発言が私の本心じゃないとわかってくれたことが嬉しかった。

 だけどあいにく声が出ない。私はただ涙を流し続けるしか出来ない。


『見破られた…? どうして…!』


 動揺する声が私の脳内に響く。


 ねぇ、あなたはどうしてこんなことをするの?

 日色君の事が好きなんだよね? こんな事して日色君があなたを好きになってくれるかな?


 相手に訴えかけてみると、相手が苛立つ気配がした。私に対する悪意がじわじわ伝わってくる。……悪意と言うか、なんだろう。この間の2年女子みたいな…これは、嫉妬?


「……私、日色君のことが嫌いになったの!」


 怒鳴りつけるように私の口から私の声で飛び出してきた嘘。

 やめてよ! なんでそんな事言うの!? それで私が彼に嫌われたらどうしてくれるんだ!!


『ごちゃごちゃうるさいわね、せいぜい嫌われたらいいのよ!』


 やけくそのように怒鳴り返してきた“彼女”は日色君と私を仲違いさせたいようである。

 もしかしてだけど、さっき日色君に告白して振られた女の子かな? 告白の場に居合わせたことを逆恨みされたのだろうか。

 だけどこんな事しても日色君は……


「彼女の口でそんなこと言わせないでくれる?」

「嘘じゃないわ!」

 

 私の身体はあやつり人形のようにふわっと動いた。ベンチから立ち上がると、こちらを注視している日色君を見下ろす。私の中に入った人物は私の目を通してこの風景が見えているのだろうか。身体だけでなく精神までハッキングされた感覚が気持ち悪い。自分を取り戻そうと藻掻くが、鎖で全身を縛りつけられたかのように身動きが取れない。


「日色君なんか嫌い、大嫌い。私は戌井君と付き合いたいの」


 おい、嘘に嘘を重ねるんじゃないよ!

 もう日色君にはバレバレだってわかっているのにまだ足掻くのか!

 

「……嫌だ」


 日色君は一瞬、苦しそうに表情を歪めた。その顔があまりにも苦しそうで、私まで苦しくなってしまった。

 彼は座っていたベンチから腰を浮かすと、こちらに向かって腕を伸ばし……──ギュッ、と抱きしめてきた。

 私は他人によって身体を支配されているというのに、その状態でも日色君の腕の感触、彼の香りがダイレクトに伝わってくる。一瞬何が起きたのかわからなかったけど、理解した後すぐに顔に熱が集まってきた。


『あ…そんな…』


 私の中にいた“彼女”は…ひどくうろたえ、取り乱した様子に変わった。その直後、再び耳元にノイズ音みたいな音が入ってきて、私の身体はガクリと脱力した。


「!」

「大武さん!」


 倒れそうになった私を抱きかかえてくれた日色君と目が合う。


「…ひ、日色君」

「……大武さん?」


 私は日色君の腕の中で彼と見つめ合った。ようやく自分の体を取り戻したのだ。

 戻ったよ、ありがとうとお礼を言おうとしたが、彼の瞳を見ていたら言葉が出てこなかった。色素の薄いその瞳は光の反射で琥珀色に輝く。とても綺麗で、私は彼の瞳に見惚れてしまったのだ。


 ──ふわり、と羽が唇をかすった感触がした。


「……」


 ちがう、唇が当たったんだ。

 日色君の顔が近づき、私の唇に触れたのだ。

 柔らかい、その感触。くっついては再び触れるその唇を私は黙って受け入れた。


 3日で別れた元カレとした初キスよりもドキドキするのはなぜなのだろう。事故で起きたキスとも違う。いつの間にか目を閉じて、唇の感触を味わうように堪能していた。

 身体がふわふわして、なんだか夢心地で……


 ドッと身体が急に重くなって意識喪失したのはその直後であった。




 次に目覚めたのは学校の医務室で、私は憑依能力で身体を乗っ取られて操られた後遺症で気絶していたのだと保健室の先生に教えられた。

 ここまで日色君が運んでくれたそうだけど……私最近気絶してばかりじゃないか?


 ……あれ?


 私達、キスしていたよね……。

 キスしていたことは覚えているけど、それを改めて日色君に聞くのはどうなんだろうな。


 思い出すのは彼の唇の感触。抱きしめられたときの力の強さを今でも思い出せる。

 どきどきして、胸が苦しくて、彼のことばかり考えてしまう。

 ……なんだかおかしいぞ。

 なんだかまるで、私が彼に恋をしているみたいじゃないか。



■□■



 思わぬアクシデントが起きて、日色君にはまたまた迷惑をかけてしまった。せめてお礼だけでもと思って、S組にいる日色くんを呼び出してもらった。


「大武さん、もう起きても大丈夫なの?」


 私の顔を見た日色君は心配そうに表情を曇らせた。少しだるいけど、能力枯渇みたいなしんどさはないし、保健室の先生も大丈夫だろうと言っていたから問題ないよ。


「うん……あの、迷惑掛けてごめんね?」


 憑依能力、本当にあれは怖かった。日色君がいなければどうなっていたことか。

 この学校には私の知らない色んな能力があるんだなとむざむざと見せつけられた気がした。私のPKバリアーは四六時中発動しているわけじゃない。そして憑依というのは心身に干渉するものなので私の能力とは微妙に相性が悪いんだなぁ…


「…いや、僕もちょっと…冷静じゃなかった。ごめん」


 何かを思い出したようで日色君は顔を赤くすると私から目をそらした。それを見てしまったら、あれは現実なんだなと認めざるを得ない。キスをされたことに嫌悪感はない。あの瞬間、心に湧き上がってきた気持ちは歓喜である。

 

 あのキスは、憑依を解くためなのか、彼の本心なのかはわからない。

 私のことどう思ってるのかな、どうしてキスしたの? と問いかけたい気持ちはあったけど、場所が教室前だったのでそこでは抑えた。


「……日色君、文化祭の時さ、自由時間が合ったら一緒に見て回らない?」

「え…」

「もしも予定が空いていたらだけど」


 まだ文化祭の話し合いも何もしていないけど、先手必勝である。文化祭デートで距離を縮めよう。

 私がお誘いをすると彼は赤らんだ顔のまま、はにかみ笑いを浮かべていた。


「もちろん」


 優しいおひさまの笑顔。その笑顔を見ているだけで私の心はポカポカする。


 いつからなのかはわからないが、私は間違いなく彼に恋をしている。

 今はそれだけわかればいいや。


 私達は意味もなく、しばらく笑い合っていた。

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