第27話 普通オブ普通、私は変わり者じゃない。


 早くも夏休みも終盤を迎えた。この学校の夏休みは1ヶ月弱。あっという間に終わりを告げそうである。


「…暑い」


 研究学園都市内も真夏の真っ盛りだ。例外なく暑い。

 この都市に住む人は長距離の移動は電車やバスを利用している。その分排気ガスが出ないので、もしかしたら外の世界よりは涼しいのかもしれない…変わらないかもしれないけど。

 車が少ない、なので外でもなかなかお目にかからない高級車がこの都市内で浮くのは当然のことで……

 目の前を黒塗りの高級車が停車した。私だけでなく、この都市の住人たちは物珍しそうに眺めている。車自体が少ないここで、その車は妙に目立っていた。


 車の後部座席に乗っていた人が車から降りてくる。その人は顔色が悪く、ひどく痩せていた。お付きの人に支えてもらいながら歩いている姿はとても辛そうに見える。

 

「誰だろうあれ…」


 近くにいた通行人が呟く声がした。

 私はその人の顔を見たことがある気がした。外の世界にいた頃、たまたま見ていたニュースでその人は映っていた。

 多くの黒尽くめが集まる国会議事堂と呼ばれる場所で、責任追及を受けていた政治家に似ていたのだ。


 この都市は、超能力者しか入れない。…ってことは、あの人は超能力者なのか…?

 疑問に思ったが、所詮は他人だ。そこで考えることをやめた私はその場を後にしたのである。



■□■



 今日も今日とて図書館で勉強した私は、一緒に勉強した日色君の腕を引っ張ってとあるファーストフード店にやって来た。


「なんでも頼んで! 今日の私はとてもリッチなの!」

 

 今月の支給金がチャージされていたからね! この間アホみたいに高いケーキを奢らせたお返しに今日は私がごちそうすると決めたのだ。

 とはいっても、普通クラスの私はそこまで贅沢できるわけじゃない。食費以外にも必要なものを購入しないといけないので、奢るものは限定させてもらうけど…


「そんなこといいのに…大武さんは律儀だね」


 日色君は私の懐を心配してか、アイスコーヒーを頼むだけであった。ポテトは? パイもあるよ? とすすめてみたけど、遠慮されちゃった。


「宿題どこまで進んだ?」

「あと英語の長文と、古典が残ってるかな」

「えっじゃあ数学関係終わってる!? あのさ、わかんない所あるんだけど…」


 ルームメイトの小鳥遊さんもわからないって首を傾げていて、私もお手上げなんだよね。私はカバンから課題のテキストを取り出し、わからない箇所を彼に聞いた。図書館内は原則私語禁止、聞くタイミングがなかったんだよね。

 日色君は問題をみると「あぁ」と頷いていた。


「これはね…」

 

 ただ問題の解き方を説明してくれているだけなんだど、日色君の穏やかな声が妙に引き寄せられる。

 いかんいかん、集中しなきゃ。

 私は日色君に言われるまま問題を解いた。


「あぁー! なるほど。じゃあこれは?」

「それは引っ掛け問題になってるんだ」


 他の問題も聞いてしまおうとページを捲ると、スルスル応えてしまう日色君。彼の成績は存じないが、間違いなく成績がいいはずである。エリートはどこまでもエリートである。

 私は彼のご指導ご鞭撻に集中しすぎていて、彼との距離感を誤っていたらしい。


 ──ゴチン!

「いて、」

「あいったぁ」


 私達は頭突き事故を起こしてしまった。

 

「ごめん! 問題に集中してて」

「いや、こちらこそ…」

 

 パッと顔を上げた先には至近距離に日色君の顔があって、あちらも私も驚いて固まってしまった。

 

 なめらかな肌は少し日に焼けて小麦色に変わっているが、シミひとつないきれいな肌だ。

 綺麗な形をした奥二重を飾るまつげは長く、瞳を飾る虹彩は色素が明るい。綺麗に鼻筋が通っていて、唇は血色がよく珊瑚色。薄く開かれた唇からは白い前歯が覗いている。

 男臭いわけでもなく、女っぽいわけじゃない。日色君の顔をこんなにも近くから眺めたのは初めてかもしれない。

 穏やかで柔和な雰囲気の彼の側は落ち着くはずなのに、私の心はざわついた。何故か彼から目が離せなかった。


 私達は何かを言うわけでもなく、お互いの顔を見つめ合っていた。


「なんでこの人といるの!?」


 そのため、突如として現れた第三者の介入にひどく驚いてしまった。ビクリと肩を揺らして振り返ると、そこにはめぐみちゃんがいた。


「め、めぐみ…?」


 日色君も同様で、めぐみちゃんの登場に驚いている様子。なぜかってめぐみちゃんは怒りを露わにしてこちらを睨みつけているからである。

 めぐみちゃんはつかつかとこちらに近づくと、私の腕を掴んだ。


「あなたなんなのよ! 隆ちゃんに近づかないでって言ったでしょ!」


 彼女は嫉妬に燃えていた。

 もしかしてだけど、私を恋の邪魔者のように見ているのであろうか…


「あなたは隆ちゃんの足枷になるの、普通クラスの女なんかふさわしくないの! 邪魔なのよ消えて!」

「えっと…」

「またそんなこと言って! 駆のことも怒らせただろう? 僕の友人にどうしてそんな暴言ばかり吐くんだ、めぐみはそんな人を傷つけるような子じゃないだろう?」


 私が言葉を失ってめぐみちゃんを呆然と見上げていると、日色君が彼女を叱っていた。

 彼の言い分だとめぐみちゃんは今までにも日色君の友人に文句をつけてきたらしい……叱られためぐみちゃんはぎくりと身をこわばらせ、ぐっと口をへの字にさせていた。

 

「だって…!」

「この間もめぐみが暴言を吐いて怒らせたから、駆は能力をコントロール出来ずに暴発させて、彼は反省房行きになったんだ。表向きは駆が悪いことになっているけど、あれはめぐみも悪いんだ。……僕は発言に気をつけろっていったよね?」


 いつも温和な日色君の顔が険しくなった。

 いくら優しい日色君でも、こうして交友関係を縛られるのは我慢ならないみたいで、怒りを露わにしている。だけど日色君が怒っているのはそれだけじゃない。

 

「僕たちは超能力を持っている、だからこそ行動と発言には気をつけなくてはならないんだ」


 その言葉の意味はとても重く、私も耳が痛くなりそうであった。私も当初は無鉄砲に戌井へ喧嘩を売りに行ったりして日色君にチクリと言われたんだよなぁ…あの時は本当にすまんかった。

 日色君の言葉にめぐみちゃんはその大きな瞳に涙を浮かべていた。ひぐひぐと今にも大泣きしてしまいそうだ。


「泣いても駄目だぞ。泣くことに逃げるな」


 日色君は結構シビアだな。泣く女の子に弱そうなのに、新たな発見……感心してないでこの空気を変えなきゃ。


「めぐみちゃん」


 私がそっと名前を呼ぶと、めぐみちゃんは涙の溜まった目でこちらをジロッと視線を向けてきた。

 その目には友好的な色はない。わかっていたけど。


「私と日色君は友達なんだ。この学校に来て初めての友達だからさ、近づくなとかそんな悲しいこと言わないでほしいな……」


 あなたの好きな人を奪おうとか考えてないからって言外に含めて言ったつもりなのだが、めぐみちゃんには伝わらなかったようだ。


「私アンタのこと嫌い!」


 嫌いって言われてしまった。

 ちょっと傷ついちゃったな…。いくらなんでもそんな…


「隆ちゃん、行こう!」

「めぐみ、いい加減にしないか!」


 あまりの態度に日色君はめぐみちゃんを叱っていた。

 私はしょんぼりと落ち込み、氷が溶けかけたドリンクをぼうっと眺めていた。初対面にも等しい子に嫌われることしたかなぁ…?


「なんだか、修羅場みたいね」

「……雲雀さん?」


 説教が行われている横から、ショップ袋を肩から提げたクラスメイトの雲雀さんが声を掛けてきた。お買い物の帰りであろうか。

 彼女は日色君とめぐみちゃん、そしてドヨンと落ち込む私を見て数秒考える仕草をしたのち、私の腕を引っ張ってきた。


「藤さんのことはこちらにおまかせを」

「え? あ、あぁ…うんヨロシクね……大武さん、本当にごめんね」


 説教の途中で声を掛けられた日色君は戸惑っていたが、雲雀さんの申し出にお礼を言っていた。

 めぐみちゃんは日色君の腕をポコポコ叩いてなにやらピーピー喚いていた。


 私は思った。…痴話喧嘩……いや、癇癪を起こした妹を言って聞かせる兄の図にも見える……と。

 私は雲雀さんに引っ張られるまま、ファーストフード店から退店した。



「災難だったわね」

「…災難、なのかな?」

「藤さんが日色さんと親しくなった時点で予想はしていたけどね」


 雲雀さんはそう言って肩を竦めていた。

 買い物を楽しんでいた時になんか面倒事に巻き込んで本当に申し訳ない。まさかあんな風になるとは思っていなかったから…


「あの2人は同じ時期に入学したのだけど、学年が違うのに2人はよく一緒にいたわ」


 何故そんなに知ってる風なのかと思えば、雲雀さんのほうが入学が早かったそうだ。


「あの子…狩野さんの能力については聞いてる?」

「ううん…なにも。Sクラスの生徒だってことは知っているけど」


 日色君も沙羅ちゃんも能力については何も言っていなかった。珍しく希少なものってのはわかるけどね…


「彼女の能力は人の記憶の一片を消し去る能力。トラウマになった人の一部の記憶を消して、心の傷に蓋をする能力ね」

「へぇ…すごい」


 その能力があれば、沢山の人の心を救えそうだ。

 私は感心したけど、雲雀さんの表情は曇っていた。


「彼女に限らず、この学校の人は大体幼いうちからこの学校に入れられる。そして彼女の場合、能力にもムラがあった」


 意を介さず能力を暴走させて、周りの人の記憶の一部を消して問題になったことも少なくないと。だけど入学したての小学生のすること。それは周りの教師たちが粘り強く指導したそうだ。

 彼女はその能力を暴走させぬよう隔離されていた時期もあったそうだ。そこへ日色君がこっそり会いに行っていたらしい。親切にしてくれる日色君に懐かないわけがなく、それが今に至り、今では少々依存気味になっているそう。

 恋愛感情もあるだろうけど、彼女のは依存も含まれているんじゃないかって雲雀さんは言っていた。


「日色さんに近づく女は狩野さんが牽制して追い払う。だから日色さんに近づく女子生徒は稀よ」


 Sクラスのエリートな上に、かわいい幼馴染が守っている。…そりゃあ勇気ある女子じゃなきゃチャレンジできないよね、わかる。

 ……日色君の鈍感にも理由があるんだな。

 これが日色君もまんざらじゃないならふたりともハッピーエンドなんだけど、そうでないなら日色君は大変だな……本当に好きな子ができた時が大変。相手に誤解されておしまいになりそうだ。


「…私はてっきり日色さんは情にほだされてあの子と付き合うと思ったのだけど…」


 雲雀さんのつぶやきが聞こえてきたので、私が彼女に視線を向けると、雲雀さんと目が合った。


「彼からしてみたら、藤さんの方が新鮮に見えたのかしらね」


 新鮮? フレッシュ? なに、何の話をしているの…?

 私がここには居ないタイプの変わり者みたいなニュアンスじゃない?


「…なに、私そんなに変わり者に見える?」

 

 日色君に悪影響を及ぼしてるみたいな言い方しないでおくれよ。

 私は至って普通の女子高生なんだぞ…大体この都市にいる人みんな変わり者だから、廻り廻って、私が普通だと思うんだ。


「藤さんは十分変わってるから大丈夫よ」


 そんなことないぞ。私は普通だ。

 むしろ害もなく、珍しくもないバリアー能力保持者の私は普通クラスの普通オブ普通なんだぞ。


 だけど雲雀さんはフフン、と鼻で笑って返すだけだった。

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