第26話 そんなサラッとやってのけないでください、ときめいてしまいます。


 沙羅ちゃんに遠回しな絶交宣言をされた私はしょんぼりしていたが、そんな私の心中を無視して一学期を締めくくる期末テストがやって来た。

 超能力者の学校といえど、それだけではない。国の元作られたこの学校の学力レベルも高い。私はそのレベルを追いかけるのに必死で、テストの結果がわかるまでヒヤヒヤする毎日を送っていたが、配られた結果表を見てホッと一息。なんとか平均は超えられたようである。


 一応結果表の中に学年順位・クラス順位が記載されているので、自分の順位だけは確認できるが、誰がトップなのかはわからない仕組みだ。掲示板に順位表を張り出すこともしないようである。


 この学校は超能力の特殊な講義を組み込んでいるため、コマ数の関係で他の学校よりも夏休みは短く設定されているが、その夏休みの期間中に赤点の生徒が登校してきたりとかするのだろうか。留年制度はないみたいだけど、勉強がついていけてない生徒とはいえ、超能力者を放置できないもんね。


 夏休み……

 いつもは夏休みが来る度にワクワクしていた。友達と遊びに行く予定を嬉々として立てていたが、今年からは少々形が変わりそうだ。


 …私服姿で沙羅ちゃんと遊びに行ったりとかしてみたかったな。

 彩研究学園に来て初めての夏休みは、どんより曇り空な気分で始まったのである。



■□■



 夏休みに入って3日目。私は研究学園都市内にある図書館へやって来た。外出して気分転換をしたかったのもあるが、ここの図書館に少しばかり興味があったのだ。

 もちろん一番の目的は学校で出された課題を片付けるためであるが。


「…あれ? 日色君?」

「大武さん」


 図書館に入ってすぐに空いている勉強席をさがしていた私の目に見覚えのある人を見かけたのだ。私服だったので一瞬見落としそうになったが、ふと相手が顔を上げたタイミングで目がぱっちりあって、相手が日色君だと気づいた。


「大武さんも勉強しに来たの?」

「うん。部屋にこもって課題片付けていたらなんだか集中が途切れてきちゃって」


 気分転換に遊びに行くっていう手もあったけど、悲しいことに私には外に遊びに行こうぜ! って感じの親しい友達がいないのだ。一番の仲良しさんだと思っていた沙羅ちゃんには絶交されるし、ここへ来てボッチ逆戻りな心境である。


「よかったらここ座りなよ。この図書館早めに来ないと席が空いていないんだ」

「助かる、ありがとう」


 日色君が座っていた席にありがたく同席させてもらい、カバンから課題のテキストを取り出して早速課題を片付け始めた。

 そういえば、日色君が勉強している姿を見るのは初めてだ。私服も新鮮だし。同じクラスじゃないし、普段は制服姿しか見ないからな。


「…僕の顔、なんか付いてる?」


 私の視線に気づいた日色君は眉を八の字にさせて困った顔をしていた。

 物珍しくてついつい凝視してしまった。


「私服の日色君が新鮮だなと思って」

「そうかな? それを言うなら大武さんもだよ?」

「そうだね」


 私が笑うと、日色君はなんだか照れくさそうに笑って目をそらしていた。…私の私服おかしいかな? そんな露出してないはず…ノースリーブがまずかっただろうか。

 それはそうと彼の勉強の妨害をしてはいけないな。私も勉強に集中することにした。図書館の静寂の中で職員の声、誰かの咳払い、椅子を引く音が響いたが、不思議とその音が心地よくて私は勉強に集中できた。

 予定よりも先まで宿題を片付けられたのでちょっとうれしかった。図書館で勉強、これ良いかもしれないぞ。



 夕方前になるとちらほら帰宅する来館客が出てきた。私もお腹が空いてきて集中力が途切れてしまった。小腹を満たすおやつとか持ってきたら良かったな。ペンを動かす手を止めて伸びをする。

 そろそろ帰ろうかな……


「お腹すいたね、なにか食べて帰る?」

「いいね! あ、そうだこの間食堂でごちそうになった分私がおごるよ!」

「良いよ、そんなの気にしなくても」


 日色君に誘われて私は奢ると提案したけど、遠慮されてしまった。だけど奢るぞ! 私の気がすまないからね!

 一緒に図書館を出るとまだ明るい。夏休み期間中なので、街には同年代の学生たちが出歩いていた。


「あ、ここ。女の子に人気のお店なんだって」


 日色君が座っていたとあるお店を指差した。カントリー調の可愛らしいカフェだ。


「めぐみちゃんと一緒に来たことあるの?」


 女子に人気のお店を知ってると言うことは…つまりそういうことだろう……私が日色君を見てニヤニヤしていると「その顔やめて」と注意された。


「えー? だってさぁ、私この間めぐみちゃんに牽制されちゃったんだよ? 私の隆ちゃんに近づかないでーって」


 あれ、“私の”までは言っていなかったかな?

 愛されてるねぇフゥーッと冷やかすと、日色君はため息をついていた。


「めぐみがそんなことを…なんかごめんね」

「いやいやー」


 そんで進捗状況はどうなのよ、恋バナしようよと日色君を突いてみたけど、「なにもないよ」と彼らしくなくそっけなく返されちゃった。

 やっぱりあれかなぁ。近くにいすぎて逆に当たり前の存在になっているからときめきが生まれないみたいな。


「お次でお待ちのお客様どうぞー」


 女子に人気だというお店なので行列ができていたけど、おしゃべりをしている間に順番がやって来た。

 店内に入ると、コーヒーと甘い香りが充満していた。ほぼ席が埋まっていて、若い女性を中心に甘いものを楽しんでいた。しかしおしゃれなカフェだな。

 席に通されてメニュー表を開いてみて私はスゥーッと息を吸い込んだ。

 たっかい。

 予想の倍以上の金額だ。あれ、ここ高級店? 思わず店を見回してしまう。

 私は前回の金欠のことを思い出し、一番安いメニューを探した。…そうして見つけたのがバニラアイスクリーム税抜950円。…たっけぇなぁ。

 

「大武さん決めた?」

「えっと、このバニラアイスにしようかな」

「アイスだけでいいの? さっきこっちのメープルハニーナッツケーキ美味しそうって言っていたのに」

「うん、いいの」


 表の看板に新商品として写真と名前がドーンと飾られていて、美味しそうだなぁと思っていたのだけど、実際にメニュー表見たら単品で2200円とか書かれてるんだもん。高いよぉ…。これにドリンク付けたら……私の何日分の食費だ? って恐ろしくなってしまう。…飲み物も遠慮しておく。水でいいです。


「バニラアイスとメープルハニーナッツケーキ、それとコーヒーとオレンジジュースください」


 …ん?

 注文を聞いたウエイトレスさんがかしこまりましたと頭を下げて去っていく。

 今聴き間違いでなければ飲み物が二種類注文された気がするんだけど…


「なんだか僕、アイスが食べたい気分になってきたから、大武さんがケーキの方食べてくれる?」

「えっ?」

「飲み物は好きな方飲んでいいよ。心配しないで。僕の都合で交換してもらうから、代金は僕が払うよ」


 そういって微笑む日色君を見て私は衝撃を受けてしまった。

 そんなサラッと……なにこのイケメン……

 すごいレディ扱いを受けたみたいで身体がむず痒くなってきた。それはくすぐったいと言うかなんというか。照れくさい感情に似ていた。


「女の子に奢られるほど僕は困っていないから」


 どういう教育を受けたらそんな紳士になるの? 私びっくりしすぎて心臓がどきどきしてるよ。

 奢るつもりが結局奢られる形になった私はケーキを美味しく頂いた。

 うまうまとケーキを食べている私を日色君は優しい笑顔で見守っていた。その視線に気づいた私は急に恥ずかしくなって、ケーキを食べるのが下手くそになってしまった。手が震えてフォークの隙間からボロボロ崩れてしまうんだもの…。


 今度からお店に入る前に金額を確認してから入ろう。ボッタクリを疑うこんな怖い思いを二度としたくない。



「今日はありがとう。すっかりごちそうになっちゃって」

「どういたしまして」


 一緒にお茶した後は、女子寮前まで送ってもらった。明るいから大丈夫とは言ったんだけど、ここらへんで変質者の目撃情報が出ているから心配だって。

 ホント紳士だなぁ…


「また今度図書館で会えたら一緒に勉強しようね」


 いつ彼が図書館にいるのかはわかんないけど、また偶然居合わせたら一緒に勉強したいな。軽い気持ちで声を掛けたのだが、日色君は嬉しそうに笑っていた。

 その笑顔は夕日に照らされて赤く燃えるようであった。その笑顔を見ていると私まで嬉しくなって、笑い返した。


 

 その次、また次も図書館に行く度に私は彼の姿を探し、一緒に勉強した。

 どちらかが声をかけるわけでもなく、自然と同じ時間に落ち合うことが増えたのである。

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