第9話「銃殺 姦淫 拒絶 簒奪」

 観測者交代、再演舞台上手かみて



 銃殺、そう銃殺だった。

 わたくしにとっての一年目1thは。

 お父様にとっての四年目4thは。

 そうして終わりを迎えた、だから次は。



 ――2015 右目 9/11 昼


 坑道トンネルを抜けたハンナ・Hと名付けられるまであと一時間。

 セルリアンはテレビでしか見なかった東京にいた。

 夜更けに着いてからもうすぐ太陽が真上を指す。

 それと共にヒトで溢れかえった街並みは。

 ゴスロリ青髪の自分を奇異の目で見ることはあっても。

 警察を呼ぶ訳でもなく通り過ぎていく。

 えんがなかった?

 いや手を伸ばす勇気がなかっただけ。


 『これから貴女は、過去に行くの。この先をまっすぐ進めば、そこに私達のお父さんに成るクジャクがいるから。』


 そう母は言った。

 けれどそこに広がていた日常は結び付かない。

 屋敷での襲撃とも毒ガステロとも。

 過去なのだから当たり前と安心するのが普通の感覚?

 むしろ未来も何も保証されていない事実に見えて。

 雑踏の中確かめるのが怖くて見上げた。


 「――ぁ。」


 だから見付けられた。

 東京の空を旋回する動物の孔雀を。

 気付いたのは自分だけなのだろうか。

 事実見計らったかのように旋回やめビルの谷間へ飛び去る。

 それが付いて来いと言っているみたいで。

 莫迦正直にも見上げたまま追い掛けて。

 現実はデタラメ同じ道も走らされ首が痛く成ったがオチ。

 それでもそこに感じた運命めいた物に縋って。

 再び見上げた時孔雀は空からいなく成っていた。

 代わりに少女の姿をした青髪の青い鳥の彼がいた。


 「お父、様……?」


 ビル屋上そのへりに降り立ち東京を俯瞰するクジャクは。

 母の最期と重なった。


 「……そんなことは、しないですわよね?」


 まだ一年足らずだけど既に一生分走ったつもりだった。

 なのに自分は走る。

 ビル入口から階段一直線駆け上がり屋上続く扉に手を掛け。

 開けると同時に背中を向ける彼目掛け。


 「あの!」


 声を掛けていた、彼は振り返る。

 どうしよう、どうしようじゃない。

 自己紹介なら考えたんだから。

 驚かさせないように息を整えて言うだけ。


 「初めまして。わたくしは未来から来ました、キングコブラお母様とクジャクお父様のせがれですわ。」

 「……は?」


 だけど端的に纏めたのが逆効果だったのか。

 彼を驚かせてしまいこんなことを言わせてしまう。


 「ハンナ?」

 「え?」


 知らない単語、知らなくても。

 失言だったと伝わる無言の間。

 何がいけなかった、なんて声を掛ける所?

 投げ掛けたのは彼だった。


 「あーいや……、お前は今日からハンナ・Hだ。」


 一年後の自分が聞いたら実に彼らしい不器用な誤魔化し方。

 その時の自分はパラダイムシフト級の気付きを受けていた。


 「わたくし、名前を貰うのは初めてですわ……。」


 それが当たり前の日常で生きて来た。

 彼は何か言おうとして話題を逸らした。


 「お前はその、つーかなんでそんな息切らしてんだ?」

 「なんでと言われましても。下からお父様が飛び降りるんじゃないかと、そう見えたらいても立ってもいられず。」

 「飛び降り? なんだそりゃ、クジャクだと知ってんなら飛べるって分かってただろ。」

 「笑いごとじゃありませんわ、確かにこの目で空から降り立つ所を見ましたけれど。」

 「だったら尚更――。」

 「わたくしは、お母様を撃ちました。」


 そんな風に現実逃避していた彼に突き付けてしまう。

 空気の読めない自分。


 「お母様が拳銃を握らせたんですの、それで握らせた手でそのまま引き金を引いて……。本当はわたくしが引き金を引いたのかもしれません、どちらにしてもわたくしには留められた筈だったとそう思わずには。」


 分からないを共有する。

 分からないを分かって欲しかった。

 そんな欲求を抱いていた。

 母の最期と同じ位身勝手な想い。


 「なんとか出来たかもしれないか、俺もよく考えるよ。でもそういうのはきっと無理だったんだと思うんだ、少なくともその時の自分には。だから気にするな、なんてあいつにフられたことを気にしてる俺が言えた立場じゃないけどさ。まぁあいつのことだから俺達のことを考えてなんだろう、……そうじゃなきゃここまで来た意味がない。」


 そう言う彼は納得してない。

 自分ではなく彼自身を納得させる為の言葉で。

 好きだから想い馳せて。

 好きだから納得出来ない。

 知りたいと思ったその感情を。

 きっとそれが自分の所謂いわゆる恋に落ちた瞬間だった。





 だけどわたくしに誰かを理解すること等出来なかった。



 姦淫、一年後わたくしなりにお父様を想った結果。

 二年目2thのわたくしは無理矢理犯した。

 三年目3thのお父様は望まぬ子を孕んだ。

 そうしてわたくしはお父様の元を離れ、再会する。



 ――2016 右目 9/11 朝


 朝靄の中石橋を渡ったのは憶えている。

 クジャクを置いて行ったのは種付けが済んだからとして。

 何故渡ったのかと言われると導かれるようにとしか。

 だけど事実そうしてハンナ・Hは時渡りタイムスリップした。

 何故分かったかと言われれば見初めるこの奥座敷が。

 何処の誰の物かそして自ずと自分の配役にも気付いたから。


 「いっ――?」


 ふとポケットに手を入れたらチクっと痛みが走った。

 ヨギったのは罪悪感なんて言葉。

 半分正解で半分間違い。

 確かにそれは東京虐殺で手に入れた物だったが。

 自分は殺した背景モブテクスチャに罪悪感等抱かない。

 この痛みは指を切った物。

 ポケットから出て来たのはナイフの刃。

 触手で摘み上げて見たけど最初はぎもんふ

 分かってしまえば指の傷さえ愛おしく成る。

 だってこれは彼が殺意あついしせんを向けてくれた時のナイフ。

 あの時へし折り無意識に持ち去った刃がこう繋がるなんて。

 ならやることは一つだった。


 「ショートのお父様は格好よかったですわね。」


 刃を摘まんだまま触手をうなじに回すと。

 母の教えで伸ばしていた青髪を躊躇いなくカットした。

 それもベリショと呼べるまで徹底的に。

 憧れた姿に、それも彼が断髪したその場所で近付く感慨。


 「まぁ束の間ではありますけど、急がなければ起きてしまいますもの。」


 頭部スカルプから無数の極細ごくさい触手を伸ばし青髪を覆い隠す。

 その触手は金色をしていた。

 血と体液匂うゴスロリも脱ぎ捨て極細触手で編み纏う。

 金髪に相応なジャケットにコブラフードを。

 仕上げに胸に触手を詰め込めば変身完了。

 尻尾はいらなかっただって母も産まれ付きなかったから。

 ……屋敷にいた母の正体は彼だった。

 当然浮上するパークにいたキングコブラの行方問題。

 ここには誰もいない、出栃でとちりでもなんでもなく。

 そもそも最初から存在しなかったとすれば凡て説明付く。

 縁側に出る。

 そこは彼が燃やした筈の孔雀茶屋の。

 その看板こそここが過去のパークである証明。

 ならそこで眠っているのは。

 ――生まれたばかりのクジャク。

 彼に掛ける自分の言葉は決まっていた。


 「おはよ。」


 それがキングコブラの台詞だから。


 「――クヮッ、」


 挨拶おはようという手順を踏むことで目覚めた彼に圧し倒される。

 予め知っていて驚くも何もない。


 「が食べたい?」


 落ち着いた声で問い掛ける。


 「これじゃぁ俺は獲物のお前に、……発情してるみたいじゃないか。」

 「大丈夫よ、性的に食べるとも言うんだから。」


 分からないと言う彼に求める言葉を与える。


 「……よく分からない、俺は雄じゃないのか?」

 「まだ分からなくていいわ、きっとこれからイヤに成る程分かるから考えなくたっていいの。」


 今まで理解出来なかった彼の衝動くるしみが分かったのは。


 「キングコブラはなんでも知ってるんだな。」

 「教えてもらったの昔、貴女に。」


 この名前も、だから。


 「それとわたしのことは、ハンナって呼んで。」


 そう名乗ったのはごく自然の成り行きだった。





 そんな恋の始まり、お父様にとっての。

 わたくしにとってのそれは一年前に遡るのは。

 既に語った通り。

 もって二年の命、一年と経たずして身体は崩れ始めた。



 ――2017 右目 9/10 夜


 「体調はその、大丈夫か? ハンナ。」


 ハンナ・Hの名前が呼ばれる。

 いやキングコブラの渾名あだなが呼ばれた。

 今日一日中付きっ切りでいてくれたクジャクの気遣いより。

 先にそこに反応してしまう罪深さ。

 そう名乗ってもう一年実質二年の癖に。

 この時代においてこれは自分だけの物という独占感に。


 「まぁ一年先は動ける位には元気よ、それよりデートプラン潰しちゃって悪かったわ。」


 もっと取り繕いようがあるだろうに。

 確実なことしか言えない性分。

 実際見た目を取り繕うので精一杯。

 でも取り繕えないのは彼もそう。

 孔雀茶屋の縁側隣に座る彼の顔を見れば。

 デートと聞いただけで赤く染めちゃって食べちゃいたい位。


 「別に、デートなんて大した物じゃない……。元々パークを巡ったって楽しくなかっただろうし、丁度よかったよ。」


 意地を張る彼、一年前ならそう間違えた所。

 予習カンニング済みの自分はそこに混ざる本音を言い当てる。


 「やっぱり、貴女の衝動を受け入れてくれるヒトにもフレンズとも出会えなかったのね。」

 「パークの外でなら出会えた、でもそれは結局俺がフレンズとして異物のけものである証明に他成らない。」


 それに対し理解者が一人でもいるならいいじゃないとか。

 そんなのは慰めに成らないから口にしない。

 彼は異物である事実に葛藤している。

 だけど世界は変えられない、彼自身が受け入れるしかない。


 「……言っとくけど何もかもがイヤに成ったんじゃないからな、それに取って置きのプランがまだ残ってる。」


 彼が立ち上がって見上げる空。

 森を抜けた先のセントラルからの打ち上げ花火が見えた。

 夏は過ぎたが季節外れでもない8月残る熱帯夜。

 どうだと言わんばかりに振り返って期待する眼差しの彼に。


 「まぁ、孔雀茶屋まで引火しないか心配ね。」

 「せめて綺麗とか言ってからにしてくれ、確かに気に成るけど対策位してるだろうからさ。」

 「別に燃えちゃってもいいのよ最初に言った通り、ここに縛られなくていいのだから。」


 彼の意志を尊重しているようでその実。

 彼が“ハンナ”から離れられないと知っての傲慢。

 あぁなんて酷い雌なのだろうか。

 分かっている、それでも彼を愛しているから。


 「それでも俺はお前のことが好きだ、だから――。」


 向かい合った彼が近付ける、身体を顔を。

 重ねようとする唇を衝動を。

 自分は手で押さえた。

 彼の告白をフった。


 「……なんで。」


 なんで、か。

 それはきっとこれから屋敷で母に成る貴女と同じ。

 未来を変えられないと知っても自らの意志を示した価値。

 今なら分かるよだから。

 この身体が雄であることを明かさない。

 そうして夢を壊さない為。

 喩えいつか覚める夢であっても。

 だから今だけは夢を見させる。


 「パークの外でハンナ・Hわたしが待ってるわ。」





 なんでやめろ殺して、そうお父様に思わこばまれようと。



 拒絶、三年目3thのわたくしが二年目2thのお父様と過ごした一年。

 本当の愛を知ることが叶った。

 残すは四年目4thのわたくしと一年目1thのお父様が出会うまでの。

 あとは愛を永遠にする、簒奪。



 ――2017 右目 9/11 朝


 はてさてはたまた次はどの時代の何処に飛ばされたのか。

 慣れとは味気ない物で。

 先程まで孔雀茶屋にてクジャクと劇的ドラマチックな別れをしたばかり。

 にも関わらず学習した脳は既に時間旅行気分。

 9/10の夜に毎度過去へ飛ばされていればそう成る。

 閑話休題、どうであれ今いる場所の把握が先決。

 ハンナ・Hは座っていた。

 玉座から見渡す柱が立ち並ぶ謁見室は廃墟で青天井。


 「……女王の間?」


 かつてセルリアンがセントラルを支配した頃のこと。

 ここを中心に女王は七体の音叉しもべと共鳴しバリアを張り。

 世界を永遠の保存ものとするセルハーモニーの寸前まで至った。

 パーク開園数年前の話なのに御伽噺のようで。

 セントラル解放後女王がいただけで汚染区域と怖れ。

 部屋フロア丸ごと山奥に投棄したのも頷ける。

 非科学的象徴的、だからここが選ばれたのだろう。

 想定より身体が動かず腰掛けられて助かるがそれ以上に。


 「わたくしは今、女王クイーンですら至らなかった永遠の最中にいますの……!」


 きっとセルリアンにしか共感されない恍惚。

 理屈を説明出来ずとも玉座に座るクイーンをナのるに値する偉業であり。

 永遠がなんであるか今なら分かる、それは予定調和ラプラス

 自由意志カオスを排除し未来を確定する理論。

 それで我々は明日世界が滅ばないとようやく安心出来る。

 だから寂しいとは思わない、寂しいとすれば。


 「お父様に会えないことでしょうか……。」


 それは一年後に成ると決められているから?

 そう分かっているなら寂しいなんてことはない筈なのに。

 考える時間なら一年もある。

 玉座に深く身体を預け起こされるのを待った。





 ――2018 右目 9/10 夜


 我ながら最悪な目覚めに成ると分かってよく待ったもので。

 ハンナ・Hは森の中で自虐した。

 予想してた通りパーク職員に女王の間にいるのがバレた。

 でなければロクに動かない身体で去ろうとはしない。

 それに逃げ切れると保証されてなければ。

 保証されているとしても肝を冷やしたのだから。

 でもお陰で迫害の立場を知れて。

 よりクジャクの衝動こころに近付けて。


 「わたし……、わたくしは。」


 記憶が混濁して足も一人称も覚束ない。

 だけど多人称だったから彼を理解出来た。

 一年目1th自分ナナシは享受するだけで考えもしなかった。

 二年目2th自分ハンナ・Hは理解しようとして結局叶わなかった。

 三年目3th自分ハンナはようやく彼のことを知ることが出来た。

 自分は彼とどう成りたい?


 「お父様に成りたい……。」


 愛する相手その物に成る。

 四年目4th自分クイーンがその答えに至るのは当然だった。

 そして自分はそのやり方を二年も前に知っていた。

 森が開ける。

 そこは彼が燃やす前の孔雀茶屋。

 そこに舞い降りたのは一羽の孔雀。

 フレンズに成る前の一年目1thの彼に今から自分は成り代わる。

 ――【テクスチャ】の輝きを奪うことで。

 そう、彼から輝きを奪ったセルリアンこそ四年目4th自分クイーン

 そうして今宵二年目2thのフレンズとしての彼が生まれ。

 彼の元に三年目3thのキングコブラとしての自分ハンナが現れ。

 今ここにいる自分は孔雀として東京の空旋回しさまよい

 やがて四年目4th自分クイーンの元に舞い降りて今宵の簒奪イベントを受ける。

 クジャクとしての生を受け一年目1th自分ナナシを産む為。

 それで凡て繋がる。

 衝動あいを知る彼と一つに成ることでこどくの自分は補完される。

 自分は孔雀に触手を伸ばす。

 永遠に保証あいしてくれる世界へ。





























 時間の矢は過去から未来へ一方通行。

 巻き戻ることはなく、だから君に追い付けた。





























 「――え?」


 ハンナ・Hが孔雀に手を掛ける寸前。

 誰かの手が触手を掴み遮った。


 「どうして――、」


 信じられない物を見た。

 だってそこにいたのは――。


 「どうしてお父様が、今この場所にいるのですか……。」


 在り得ない、だってクジャクはまだ存在しない。

 それ所か今まさに生まれるその時。

 この瞬間に揃う筈ないクジャクと孔雀、二人の彼がいて。

 タイムパラドックスの輪から外れたジャックは言う。


 「宿命プリデスティネーションを終わらせに来た。」


 永遠の愛の否定エンドを。

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