七話 怪物と軍人

 リアンが先頭を歩き、次に少年、しんがりを倫。敵や獣が襲いかかってきても、少年を守れるようにするためだ。

 赤い軍服の背中を見ながら、少年は問いかけた。


「あの……二人は軍の人?」

「うん」とリアン。

「向こうの……玄の国の?」

「そうだ。僕たちは一般的な軍人とは少し違うが、大元は同じだからな」

「ちがう?」

「ああ……君はあの村に住んでいたから、警備部隊の軍人は見たことがあるんじゃないか?この村も一応玄の国の管轄だからな」


 少年はそれを聞いて思い出した。時折、黒い制服と制帽を身につけた者たちが、村の中を回って村長たちと話をしていた。銃剣を携えて歩くその姿を見て、憧れの目を向ける子もいれば、怯えて怖がる子もいた。


「あの黒い服の人たち?」

「黒いのがふつうの軍人、あたしたちみたいな派手な格好のはふつうじゃない軍人って覚えておけば、分かりやすいかもね」


 リアンは背後の少年を一瞥し、歩きながら両腕を広げてクルリと一回転した。

 たしかに、赤や緑の軍服を着た軍人を見かけたことはない。少年が村で見るのは、いつも黒い軍服だった。


「ふつうじゃないって、どういうこと?」

「僕たちは、さっき君を襲おうとしていたあの怪物を相手に戦う部隊に所属しているんだ。あれは人でもなければ、魔物の類でもない」

「あ、あの黒い怪物を……?」

「倫」


 リアンが振り返って倫に呼びかけた。表情は変わらず何を考えているのかわからない。だが、長い付き合いの倫にはその目が何か咎めるような色を含んでいることに気がついた。

 きっと、あの悲惨な目に遭ったばかりの子どもに、そんな話をするべきじゃないと言いたいのだろう。


「……この子が知りたがってる。それに、僕らが今ここで口を噤んだところで、いずれ知ることになるはずだ」

「ふーん……そうなの?」


 リアンは少年を見る。後ろを見ながら歩いていても、リアンは木にもぶつからないし足下の雑草につまずきさえしない。反対に少年は、足下を見ていても、枯れ草に足を取られそうなほど不安定だ。

 少年も顔を上げてリアンを見る。視線が合うと、何故か奥底まで見抜かれそうな気がして、すぐに目を逸らしてしまった。リアンの視線を頭頂部に感じながら、少年はゆっくりとうなずいた。


「ま、そういうことならいいんじゃない」


 怒ったようでもなく、呆れたわけでもなさそうな言い方だった。そういうことならそれでいい、という言葉通り以上の感情は無いようで、リアンは少年に訊き始めた。


「何を知りたいの?あの黒いののこと?」

「う、うん……」


 森の中が薄明るく照らされ始めた。夜が明けて、朝日が昇り始めたのだろう。

 向かう方向から光が差し込んでいる。前を歩くリアンは、眩しそうに軍帽を目深に被りなおした。少し振り返ると、倫も目を細めて眩しそうにしている。少年はリアンの影で日に当たることはなかった。


「あれはイデア。あたしたちはそう呼んでる」

「イ……デア?」


 なんとなく、聞いたことがある気がする。

 背後にいる倫が、感情を抑えたような声音で説明をする。


「魂の淀み、汚穢、死者の澱……そういう風にも呼ばれるが、僕たちはその名で教わった。正体不明の、この世界で暮らす生者を滅ぼそうとする怪物、それがイデアだ」

「どうしてそんなことをするの……?」

「わからない。過去約千年の間に、イデアと意思疎通できたことはないと記録されている。奴らは破壊のみを行う」

「そんなにも昔からいるの?」

「そうだ。奴らのせいで年々この世界の人口は減り続けている。そうして破壊すればするほど、死者が増えるほど、イデアは強くなっていくようなんだ」

「そんな……軍の人たちじゃ倒せないの?」

「いや、倒せるよ。僕たちの扱う武器は特殊なものなんだが、それを使うにも適性が必要になる。だから自然と、イデアと戦える者は少なくなってしまうんだ」

「誰でもいいわけじゃないんだ……」

「そ。まあ、雑魚ならふつうの武器でも倒せるけど、さっきのデッカい特殊型っていう奴は無理だね。どれだけ銃弾を撃とうが、刃で切りつけようが……いや、武器を使わなくても倒せる方法があったっけ……」


 リアンは溜息をつきながら、上着のポケットから携行食糧を取り出した。そして袋を開け、そのまま食べ始める。

 少年はその唐突な行動に、口を挟もうという発想すら浮かばなかった。あまりにも自然な流れで食事を始めたので、むしろそれを妨げることの方が悪いことのような気さえした。


「お前、せめてここを抜けてからにしたらどうなんだ」


 倫が呆れたように言うが、リアンは気にせずモリモリと頬張っている。

 あっという間に一つ完食し、ゴミは懐にしまった。


「今日はなかなか力を使わされたからね。適宜補給しておかなくちゃ、帰投する前に力尽きたら困る」

「……まあ、そうだな」


 倫は少年と共に先んじて戦線を離脱していたので、それ以上何かを言う気にはならなかった。それよりも、先ほどの再生能力を持つイデアについての報告を聞きたいところだったが、それこそ帰投してからするべきことだろう。何にせよ、今は通信機が使えない。本部への報告は後回しだ。

 今はこの生存者である少年を、しっかり保護して連れ帰ることに専念しよう。怪物殺しの専門家といえど、そればかりが仕事ではない。人命救助も仕事の内だ。


「そろそろ森を抜ける……ほら、救護班の待機場所だ」


 そう言ってリアンが指を差した方を見ると、軍の記章があしらわれたテントが立っていた。

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