第6話 陛下への直訴

「ライオネル、其方からこの父に話があるとは珍しいな。用向きは何だ?」


国王であるヴィクトール・ナディールは政務が忙しく、なかなか会えないでいた第一王子のライオネルの方から、会いに来てくれた事に少し表情を緩ませた。


「陛下、エリザベートの『御身代』のマリエッタ嬢を『御身代』から解放してやることはできませんか?」


「なぜだ。その娘が気に入ったか?」


「そうではありません!マリエッタ嬢は、宮廷の音楽団でピアニストになることを夢に、今まで頑張っていたそうです。

それが『御身代』に急に任命され、夢を諦めきれず泣いておりました。」


「夢か・・・。それだけか?」


「・・・それと、彼女は、上聖女の可能性があります。

・・・彼女は、妖精をはっきりと見えるようで、妖精には様々な色があると申しておりました。そして妖精を手のひらにのせて遊んだりもしていました。」


「なに?」


あまり表情を変えないヴィクトールが、片方の眉を吊り上げた。

妖精をそこまではっきりと視認できるのならば、聖力がかなり高いと推測するに十分であった。


 上聖女とは聖力を持った聖女のことで、治癒の能力、祝福の能力、聖歌による導きの能力のいずれかの能力を持った者達の事を言う。


聖力を持つ者は大変希少で、民衆の支持も高い。爵位を継ぐ事の出来ない女性が、爵位と同等の地位を持つことができる。


因みに聖女の最上位は、『女神の代理人』と言われる大聖女で、全ての聖女の能力が使える以外に、特殊な能力も持っていると伝えられている。現在の大聖女は隣国のアデル聖国に一人いるだけだ。


「妖精の存在を捉える事の出来る其方の気持ちが傾いてしまうのは分かる。

しかし、マリエッタは何年も探してやっと見つけた、エリザベートと同じ髪色と瞳を持った娘だ。

代わりを見つけるのは容易ではない。」


 エリザベートと同じブロンドの髪色とエメラルド色の瞳を持つ者は、全くいない事はなかったが、同じ年頃の少女を探すとなると、マリエッタしか見つからなかった。


マリエッタの両親は、宮廷音楽団に勤めている関係で、社交の場の殆どが音楽を演奏する側におり、情報が全く流れて来なかった。そのため、ようやく見つけた人材だった。


 ライオネルは納得のいかない表情を浮かべ、こぶしを硬く握りしめた。


「この国の王族は、たった一人の少女の夢さえも犠牲にしなくては存続出来ないほど、脆弱な物なのでしょうか?」


「ライオネル、それは違う。逆だ。たった一人の少女の協力のおかげで、戦争や、内紛を避ける場合もあるんだ。

避ける事は無理だったとしても、少しでも犠牲者の少ない道を選ぶ事ができる。

我々王族は、国民の犠牲の基で成り立っている事に変わりはない。

ならばいかに犠牲を少なくするかを、考えるのも王族の使命だ。

マリエッタには気の毒だが、時間をかければ『御身代』であることを受け入れられる日が来るであろう。」


ライオネルは返す言葉がなかった。自身も同じ髪色と瞳を持った、遠縁のアントニオを『御身代』として側においている。

アントニオがもたらす安心感は何者にも代え難かった。


「分かったか?その娘が気に入ったのなら、エリザベートが婚姻を結んだ後にでも第二妃に迎えなさい。」


「私は妃にしたいと申している訳では・・・。」


「もうよい。行きなさい。」


「・・・失礼します。」


ヴィクトールは、ライオネルが退室するのを見届けると、側にいた王宮筆頭執事のベルナルドに声をかけた。


「ベルナルド、エリザベートの聖女の判定はいつだったかな?」


「三日後にございます。」


「マリエッタには聖女の判定は受けさせるな。」


「かしこまりました。」


ヴィクトールはマリエッタの聖力が明るみに出ることを阻止したのであった。


そして深く溜息をつきながら、「これでよい、これでよいのだ。上聖女が一人増える事よりも、エリザベートの安全の方が重要だ。」そう自分に言い聞かせるように呟いた。

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